黒炎の丘
西の平原が見下ろせる丘に着いた。
「よし、ここでいいだろう」
馬車を止めて、ミリアと二人で降りる。
「クリス、ベルナップの軍勢はどこから現れる?」
「はっ、ベルナップ卿はこちらが打って出るとは考えないでしょう。街道を通って真っ直ぐこちらに来るかと」
数だけで言えば当然か。エギルに目をやると、頷いて見せた。
「わかった、兵士たちには周辺の警戒をさせてくれ」
「はっ……」
何か言いたそうだな……もうすぐわかるさ。
「ルーナ、偵察は来ているか?」
「はい、サントバールのスカウトが一人。それと、リライア東の街ハモンズから一人」
それを聞いたルーサーが口を挟む。
「クゥイントン卿ですか……この戦いで戦力を確認した後、城を攻める算段でしょう」
「なるほど、すぐに攻めて来るか?」
「ここでの戦い次第かと」
ふむ、こちらが消耗したのを確認してから、確実に落とそうって魂胆か。
「わかった、ここで迎える。兵を少なくしたのは正解だったな。早く着いたおかげで、調査に時間が割ける」
「はい、マスター。この戦いの後、どう動くかも決められますね」
エギルが満足そうに微笑んだ。
遠くで、土煙が上がっているのが見えた。
「よし。では作戦を開始する」
声を上げると、兵士たちの空気が一瞬で引き締まる。
西の平原に、戦いの気配が広がっていった。
レグナートへ続く街道を南下していた。
このまま、レグナート城に真っ直ぐ乗り込む。
兵力の差が大きい。それほど時間もかからないだろう。
「兄さん、レグナート西の平原で隊列を組み直さないか?」
「ああ、いい判断だ。編隊後、そのまま王城に攻め込む」
ロルフにそう答えると、黙って頷き伝令しに行った。
万に一つも負け筋はない。
ただ一人でも、死者を減らすために、念には念を入れて臨むだけだ。
編隊を済ませると、軍は再び前進をはじめた。
平原から丘が見えてきた。
ここまでリライアンス兵の気配はない。
「やはり籠城か。定石だな」
「それ以外の手を打っても、戦争にすらならないでしょう?」
ロルフのその一言で頬が緩む。
「まあな、ただ油断はしないことだ」
ロルフは静かに頷いて、隊に戻った。
前方の丘の上を見上げる位置まで前進した。
「ジル様、丘の上に女がいます」
「女?」
見上げると丘の上に女が立っていた。
腰に手を当てて、胸を張っている。
あの姿……メイジか?
「射殺せ」
弓兵が弓を構える。
風を切る音と共に、矢が放たれた。
丘の上の女に当たる直前、矢が何かに弾かれるように軌道を逸らした。
「なんだ……外したのか?」
「風……ですかね?」
風が吹いているようにも思えない、女は動かなかった。
「気味が悪い、確実に射殺せ」
弓兵たちが一斉に弓を引いた。
女の頭上から矢の雨が降り注ぐ。
「何よ! 失礼なやつらね!」
女の声が響いた。
「信じられん……生きているというのか?」
そう漏らした時、女の指輪が光るのが見えた。
黒く、小さな炎が現れた。
それは静かにこちらに近づいてくる。
あれはマズイ、本能的にそう思った。
「退け! 一度退くんだ!」
叫んでも、千の軍勢は素早く後退できない。
「早く退け! あれはマズイぞ!」
周りの兵は退こうとし始めるが、後ろに下がることはできなかった。
目の前を黒い炎が通り過ぎていく。
炎が軍の中央に達した瞬間――
記憶が途切れた。
ここはどこだ?
土煙が上がり、やけに強い風が吹いている。
俺たちはレグナートへ進軍していた。
確か……レグナート西の平原で隊列を整えて、丘の上に女が見えた。
しかしここは……見たことがない場所だ。
周りは岩だらけで……兵士たちもいない。
いや、あの岩の下。
兵士の死体が挟まっている……のか?
目が光に慣れるにつれ、だんだん周りが見えてきた。
山積みの岩、飛び散った血。
硝煙のように、辺りは焦げ臭い。
あの炎か?
あの黒い炎がこれを……?
そんなことがあるのか?
やっと頭が回り始めた。
「ロルフ! ロルフはどこだ?」
叫んでみても、思うように声は出ない。
しかしあれは、ロルフじゃないか?
体の感覚はない。
それでも立ち上がろうとして、足へ視線を落とした。
「足が……俺の足がない……」
足は太ももの辺りで潰されたようになっていた。
出血も酷い、しかし動かないロルフが心配で這って近づいていく。
「ロルフ! おお、体が埋まってしまっている」
なんとか、弟だけでも生きて帰らす。
それだけが俺の気力を持たせていた。
「今、そこから出してやるからな」
弟の肩を引き寄せようと手を伸ばした。
肩に手を置いたその時。
弟だったそれは、肩から上だけが崩れ――地面に転がった。
「ロルフ……ロルフ!」
辺りを見回しても、ロルフの肩から下が見つからない。
目の前が真っ暗になり、何も感じなくなった。
ただうわ言のように、ロルフの名前だけを繰り返し呼んでいた。
西の平原の戦いは、この瞬間に終わっていた。




