千と百
街の東西南北、すべての門から「首都レグナリス」の立て札が外された。
代わりに立てられた新しい札を見て、街の人々はこの国の変化を実感した。
「信都リライア」――この街の新しい名前に、これからの生活が不安になり、嘆く者も多かった。
「パレードは後だ。まずはベルナップ卿を叩く」
「はっ、軍勢はいかほど?」
クリスが言葉を選んでいる。
ベルナップ卿の軍勢はおよそ千だ。
「何かあった時のために、百名ほどを連れて行け」
「はっ? 百ですか?」
「そうだ、城を手薄にするわけにもいかないだろ?」
まあ、驚くのも無理はないか。
そうだ、この際だから四人とも連れて行くか。
「クリス、ジェラルド、ルーサー、ガイの四名は、この戦いを見ておけ。こちらの戦力を知っておくべきだ」
「はっ……かしこまりました」
動揺しているな。
ベルナップの軍勢は千。こちらは百しか連れて行かないんだからな。
城内の空気は凍りついている。
クリスも、ジェラルドも、ガイも言葉を失っているようだ。
リライアンスのメンバー以外は、皆俯いて暗い顔をしている。
まあ、これが普通の反応かな?
俺は王座から立ち上がる。
「よし――出るぞ!」
号令と共に、リライアンス守護主権国の初陣が静かに幕を開けた。
「リライアンス守護主権国だと?」
男は顔をしかめて、報告をしに来た兵士を睨んだ。
「はい、レグナート城は陥落。王は恐らく……」
男は舌打ちをすると、頬杖をついて考え込んだ。
「ベルナップ卿、このままでは……レグナートは崩壊してしまいます」
「そんなことはわかっておる」
ベルナップ卿と呼ばれた男は立ち上がり、窓の外を眺めた。
「ジルを呼べ。兵を挙げる」
「それでは!」
ベルナップ卿は溢れ出る興奮を抑えるように、深く息を吸った。
「陛下の弔いと、レグナリス奪還だ!」
それを聞いた兵士は、目を輝かせた。
窓に映ったベルナップ卿の顔は、不敵に笑っていた。
邸内は騒然としていた。
父さんの判断が間違ってるとは思えないが、嫌な予感がしていた。
「兄さん、出陣されるのですか?」
そう尋ねると、ジル兄さんは振り返った。
「ああ、ロルフも連れていく」
ジル兄さんは兵の指揮がうまく、戦場での勘も鋭い。
戦場では父さん以上に活躍している。
「ロルフ兄さんも出るなら、大丈夫だと思いますが……」
「ノアは心配症だな、相手の軍勢はこちらの半分にも満たない。何も心配ないよ」
そう言って笑うジル兄さんの顔は頼もしかった。
「でも、レグナリスを攻め落とした相手です。どうか気をつけてください」
「この戦いが終わったら、我らはレグナート城に引っ越すことになるぞ。準備しておけよ」
そう言って、館を出ていくジル兄さんの背中は広かった。だが――胸に何かつかえたような感覚があった。
「ジル兄さん……どうかご無事で」
ジル兄さんの背中を見送りながら、僕はそう呟いた。
馬の蹄の音が遠ざかっていく。
それが、ジル兄さんの最後の出陣になるとは――
この時の僕は思ってもいなかった。
「マスター、相手は千の軍勢です。どのように戦うおつもりですか?」
クリスが心配そうな顔で質問してきた。
「どのようにって……作戦というレベルの話じゃないからな」
「作戦が……ない?」
あーあ、クリスの顔が青くなっちゃったな。
それを見て、エギルとザックが笑いを堪えている。
「まあ、心配いらないさ」
「そんな……」
心配するクリスの肩にジェラルドが手を乗せた。
「クリス、レグナート城を落とした方々だぞ」
「ジェラルド。そうですが、兵の数が百とは……」
今まで黙って話を聞いていたガイが口を開いた。
「確かに、犬死にだ」
ガイの言葉を聞いて、クリスが縋るような視線を俺に向ける。
「ああ、安心して。兵士は周りの警戒をしてもらうだけだから」
「は?」
クリスが間の抜けた声を出した。
ジェラルドとガイも言葉を失っている。
「そろそろ騎乗してくれ」
そう言うと、彼らはそれぞれの馬のところへ向かった。
……マスターモードに切り替えるか。
一歩、前に出る。
白銀の鎧が太陽に照らされ、兵士たちは目を細めた。
真紅のマントをなびかせながら、声を張る前に深く息を吸う。
「これより、西の平原へ向かう」
兵士たちが応える声が、城門前に響き渡った。




