終わりの王座
怖い、怖い、怖い。
冷たい鉄格子に囲まれ、自由を奪う金属の匂いが、盗賊たちに受けた辱めを思い出させる。
「助けて……」
私が呟くと、鉄格子の前にいる兵士がにやにやしている。
あの時、キャッシュさんが来てくれなかったら……。
私たちはもっと酷い目にあったかもしれない。
リアさんやニーナさんは殺されていたかもしれない。
感謝しても、足りないのに。
あの人は動かなくなってしまった……。
頬を伝う涙が冷たい。
廊下の向こうから、足音が近づいてくる。
やがて――あの男、ディーデリックが姿を見せた。
「お前は明日死刑が決まったぞ」
何かの腹いせのように、私に言い放った。
私も明日、死ぬのか……。
そう思うと、悔しくて涙が止まらない。
突然、外で大きな音が聞こえた。
「何の音だ? おい、見てこい」
ディーデリックに命令されて、兵士が走っていく。
「どうせ明日死ぬんだ、少しは楽しませろよ?」
ディーデリックの手が私の肌に伸びる。
「い、いや……」
全身が震える。
またあんな目に遭うのは絶対に嫌なのに……。
私が何をしたというの?
だんだん、何も考えられなくなっていく。
心が死にかけたその時だった。
「そこまでです」
ディーデリックの首元に光るナイフが現れた。
「ルーナさん!」
複雑な気持ちの中で、涙が止まらなかった。
広い廊下を進んでいく。
はじめは兵士たちが行く手を阻んだが、ミリアがアイススピアを打ち込むと、誰も近付かなくなった。
大きな扉がある。
豪華に作られた縁取り、重そうな扉。
王座の間であると主張するかのような構えだ。
……大層なことだ。
扉を蹴り開けて、中に進んでいく。
王座に座った男――あれがレグナートか。
その他にも重臣らしき身なりの男が十人。
王座の前で道を塞いでいる。
「み、見事な戦闘ですな」
重臣の一人が口を開いた。
「そうですとも! しかしここは王の御前――」
「王も其方に重臣として仕えて欲しいと――」
次々と飛び出す調子の良い言葉が、俺をイラつかせる。
「うるさい、黙れ」
「な、何と無礼な!」
そう言った男を睨むと、そいつは小さな悲鳴をあげて後ずさった。
「無礼だと? お前らが何をしたか、わかっていないようだな」
アヴェンジスケールを地面に突き立てた。
「解放」
アヴェンジスケールから赤黒い光が漏れて、部屋全体に広がっていく。
次の瞬間、
王以外の重臣たちの首が、まとめて地面に転がった。
血を吹き出した重臣たちの体が次々と倒れていく。
「ひぃぃぃ!」
レグナートの口から、情けない悲鳴が漏れた。
「きっ、貴様ら! 余を誰だと思っておる。レグナート五世であるぞ!」
ここにきて虚勢を張れるんだ? なかなか肝が据わってるのか?
「余の一言で、貴様らは明日にも死刑にできるのだ! 心得ておるのか?」
いや、ただの馬鹿なのかもしれん……。
「侵入を許しおって! 誰かおらぬか!」
血塗られた王座の間に、その言葉だけが響く。
「イーサン! イーサンはどこじゃ? こやつらを始末せい!」
へえ……さっきのイーサンってのは信頼されてるんだな。
その時、扉が開いた。
「おお! イーサン……」
しかし、そこに立っていたのはザックだった。
「イーサンってのは、これか?」
ザックが手に持っていたものをレグナートの前に投げた。
重い音を立ててイーサンの首が転がった。
「ひぃ! イーサン!」
震えながら、レグナートが続けた。
「いやっ、今回のことは……すべてディーデリックが単独でやったことだ」
「なんだと?」
「おお、そうなんじゃ。あやつめ、余に知らせず独断で先行しよって」
レグナートが自分も被害者だと訴えてくる。
「お主らの仲間も死んだと聞いた、ディーデリックは死刑にする。それで水に流してくれんか?」
その時、手を拘束されたディーデリックがルーナにナイフを突きつけられた状態で入ってきた。
「ディーデリック!」
レグナートは驚いて声を上げた。
「それは嘘だ! レグナート王の命令で動いたのだ!」
――自分は許してほしい。
そんな顔で、ディーデリックが必死に訴えてくる。
「救いようのない奴らだな」
俺がそう言うと、ザックが肩をすくめた。
「アイザックさん、キャッシュの敵はこいつです」
そう言ってルーナが、ディーデリックをザックの前に蹴倒した。
「お前が……」
ザックの顔つきが、豹変した。
俺ですら震えそうになる、冷たい目だった。
そのままザックは山穿を振り上げた。
「いえっ、私は王の命令で――」
言い終える前に、ディーデリックの体は、山穿に叩き潰された。
「ああ、ディーデリック……」
レグナートはその場に腰を抜かして座り込んだ。
震えて、声も出ない。そんな様子だ。
俺はゆっくりレグナートに近づく。
「最後に言い残したことは?」
レグナートの喉が、ひくりと震えた。
声にならないまま、口だけが動く。
涙や鼻水を拭うこともせず、失禁している。
完全に威厳をなくしたレグナートは、発せない言葉を、一つ一つ口の動きで伝えようとした。
「た」
「す」
「け」
「て」
俺は、アヴェンジスケールでレグナートの首を刎ねた。
これで、全てが終わった。
何だか、虚しい……。
キャッシュが喜んでくれるわけでもない。
それなのに――
俺の感情ひとつで、国を滅ぼしてしまった。
気が遠くなりそうになって、視線を泳がせると、ミリアが俺を見つめていた。
ミリアの目が訴えてくる。
私たちのギルドは正しいことをした。
アンタは自信を持ちなさい。
「まったく……ミリアは厳しいな」
そう言ってミリアの頭に手を置く。
ミリアはいつになく優しい笑顔を見せた。
「何のことかしら?」
それだけで、十分だった。




