その名はリライアンス
でかい建物の前に立つと、門番が声をかけてきた。
「ここはギルド本部だ、依頼か?」
ミリアがフフンと鼻を鳴らす。
「私たちはギルドを作りにきたのよ? そこを開けなさい」
またか。門番は怪訝な顔で、どうやら俺たちを値踏みしている。そりゃそうか。
「どちらがギルドマスターなんだ?」
「それは……」
ミリアが胸を張って名乗ろうとした時、俺の手が意識とは関係なく上がる。
「この方です」
さっきのスカウトが俺の腕を掴み、強引に跳ね上げた。
激痛が肩を突き抜け、目の前が真っ白になる。俺は奥歯を噛み締め、膝が折れるのを必死に堪えた。
「アンタ、何してんのよ!」
「この方が、ギルマスになるべきです」
スカウトは俺の影にサッと隠れ、涼しい顔で言い放つ。
いや、隠れるな。俺を盾にして、ミリアの殺気をやり過ごすのはやめてくれ。
「はあ? 何言ってんのよ!」
頼むから、俺を挟んでケンカしないでくれ。
「まあ、すぐにわかりますよ」
スカウトがそう言うと、ミリアは一層厳しい目つきで俺を睨んだ……。俺が何したってんだ?
「なるほど、そいつも仲間か?」
門番がやれやれと言った顔をしている。
「こんなやつ仲間じゃないわよ!」
「じゃあ、他の仲間は?」
「いないわよ!」
門番がため息をつく、すまんね。
「ギルド作成は最低三人必要だぞ?」
ミリアがキョトンとした顔をした。
「え、三人いないとダメなの?」
門番はコクリと頷いた。
「そこを何とか……、ならない?」
いや、ならないだろ……。
「ダメだね、規則なんだ」
「二人で三人分は余裕で働くわよ?」
「いや、俺に言われても変えられるわけないだろ?」
ミリアがガックリと肩を落とした。
「この方をギルマスにするなら、私が入ってもいいですよ? というか是非入れてくださいお願いします。」
急に早口だな……、何が狙いだ?
「アンタなんかお断りよ!」
「ええ! 何故ですか!」
スカウトはすごくショックを受けている。この人少し面白いな……。
「だってアンタ、マックスの腕を無理矢理上げたじゃない! 怪我してるのよ!」
スカウトはハッとした顔をして、こちらを振り向く。振り向き方がカラクリみたいにぎこちない。
「申し訳ございませんでした……。私みたいな気も使えない者が仲間になんて烏滸がましいですよね」
いや、そこまで落ち込まなくても……。
「そこまで言ってないわよ、アンタは何でこのギルドに入りたいの?」
「それは……」
スカウトが急にモジモジしはじめる。
「アンタ、まさかマックス目当てとか言わないわよね?」
殺気!?いや、怖い怖い!落ち着け!
「いえ、そうではなくてですね」
「じゃあ、何なのよ?」
「マックス様は仕えるべきお方です」
彼女はそう言い切った。
……は? 仕える?
俺は肩を抉られ、吐き気を堪えて立っているだけの、ただの男だぞ。
「なっ、何言ってんのよ! 意味わかんないわ!」
ミリアが顔を真っ赤にして叫ぶ。怒っているのか、それとも別の感情か。
門番が耳をほじりながら、面倒くさそうに口を挟んだ。
「……おい、仲間が決まったならさっさと入れ。後ろが詰まってるんだよ」
ギルド本部に入ると、他の冒険者が集まる大広間に通された。
冒険者といっても、全員が冒険をしているわけではない。
ギルドを作って仕事を受ける者の総称を、便宜上そう呼んでいるらしい。
「ギルドマスターはマックスでもいいわ」
「いいのか?」
「アタシたちのギルドだもの、どっちがマスターでもいいわよ」
ああ、なるほど。立場は一生こいつの方が上な気がする……。
「マックス様がギルドマスターになられるのであれば、是非私を加えてください! 絶対に役に立ちます、よろしくお願いします!」
スカウトが興奮気味に乗り出してくる。いや、早口になるのは何なんだろう?
「まあ、君が入らないとギルドにならないからね」
少し失礼な言い方をしたはずなのに、彼女は嬉しそうにしている……。何なんだ?
「ではマックス様、あちらが受付のようです」
「いやまてまて、そのマックス様ってのはやめないか?」
「え? では、何とお呼びすれば?」
「マックスでいいよ?」
「そう言うわけにはいきません!」
いや、こんな田舎者にそんなに敬意払わなくていいよ?
「では、マスターとお呼びしても?」
「マスターって……」
「いいんじゃない? ギルマスなんだし」
ミリアがそう言うとスカウトはミリアの手を取って喜んだ。
受付に行くと、真面目そうなお姉さんに用件を聞かれた。
「ギルドを作りたいんだ」
「お仲間は、こちらの二名でよろしいですか?」
「ああ」
「ではこちらにギルドマスターとお仲間の名前を記入してください」
俺はギルドマスターの欄にマクスウェルと記入した。
「家名などはありませんか?」
「田舎者だからね」
「では、対外的にはギルド名を家名として名乗る事をお勧めします」
なるほど、顧客に舐められないようにという事か。
メンバーの欄にミリアと書いてある事に気づいた。
「君は、名前なんだっけ?」
俺がそういうとスカウトが一礼をする。
「申し遅れました、私の名はルーナと申します」
「ルーナね、よし書けた」
筆を持つ手が痺れ、脂汗をかいている。
早く休めるところに行きたい。
「では、ギルドマスターはマクスウェル様。お仲間はミリア様、ルーナ様の合計三名でご登録します。お仲間を追加されたい場合は、こちらに届けてください」
ミリアがウンウン頷いている。まあ、やっとギルドが出来るからな。嬉しいんだろ。
「では、ギルド名をこちらに記入してください」
ギルド名!?そういえば忘れてたな……。
「ミリア、何か考えたか?」
「ふふん、偉大なる魔導士ミリアとその仲間たちっていうのは……」
「却下」
ミリアは何よ!と言いながら膨れている。
俺に家名としてそれを名乗れというのか?
「ルーナはどうだ?」
「マクスウェル一味……」
「却下だ」
ああ、この二人はダメだ。
ギルド名、何がいいだろう……。
他のやつが考えなくて、うちのギルド特有の何か……。
「あ、リライアンスって言うのはどうだ?」
「なるほど、信頼ですか」
「悪くないんじゃない? ありきたりだけど」
ミリアが笑う。
――ああ、お前がそうやって笑っていられるのは、俺がこの力を振るっているからだ。
それでいい。それで、構わない。
俺は震える手に渾身の力を込め、ギルド名に『リライアンス』と書き込んだ。
誰にも知られてはいけない、血塗られた信頼の証。
「……よし。これで、終わりだ」
書き終えた瞬間、張っていた糸が音を立てて切れる。
視界が急速にセピア色に染まり、受付嬢の呼ぶ声が、遠くの波音のように聞こえた。
「マックス! マクスウェル!」
……最後に聞こえたのは、俺を呼ぶミリアの悲鳴だった。お前、せっかくのギルド設立なんだから、そんな顔すんなよ……。
意識を保てず、俺の体はその場に崩れ落ちた。




