メイガスの意思
俺たちはアストリッドに続いて、広く作られた小屋に入った。
並ぶ書棚。古びた魔法書の数々。
その中央に置かれていた一冊を、アストリッドは静かに手に取る。
「ミリア、これを」
渡されたのは、表紙が擦り切れた本。
「これは、ミュラーが書いた魔法書。あなた方の求めるものが、そして――世界がまだ知らないものが、ここにあります」
その一言で、空気が変わった。
「おばあちゃんの字……」
ページを開いたミリアの目に、涙が滲む。
「上級魔法一覧……?」
その先に書かれていたものを見て、ミリアが小さく息を呑んだ。
――これは、ただの魔法書ではない。
「すごい数の魔法……」
ミリアのページを開く速度が上がっていく。
「これは……」
あるページでミリアの手が止まった。
そこには爆裂魔法と書かれている。
「爆裂魔法なんて聞いたことないわ」
「その魔法は、魔力に愛されたミュラーでも使えなかった魔法です」
アストリッドがミリアの肩に手を置く。
「ミュラー曰く、地形を変えるほどの破壊力を持つと……」
アストリッドは、一瞬言葉を飲み込んだ。
「セージであるあなたなら、もしや」
その言葉にミリアは静かに頷いた。
「アストリッド、私ここにある魔法を全部覚えたいわ」
「しかし、その書物はエルフの財産。差し上げることはできませんよ?」
ミリアが俺の方を振り向く。
「マックス、時間をちょうだい!」
「しかし、そんなに長くは時間を取れないぞ?」
「二十日! 二十日ちょうだい」
真っ直ぐ俺を見つめるミリアに、何とかしてやりたくなってしまった。
「二十日なら問題ありませんよ。予定通り帰れるでしょう」
エギルのその言葉に、ミリアは飛び跳ねるようにして喜んだ。
その笑顔を見て、俺は何も言えなくなった。
地形を変える魔法。
その代償を払うのが誰になるのか――
俺は考えないことにした。
ミリアが本を読んでいる間、俺たちは武器の性能を試すことにした。
まず、ザックが山穿を岩に向かって振り下ろす。
岩は粉々に砕け、地面にヒビが入った。
「マスター、私に信頼の代償を」
ルーナに言われて、信頼の代償をかける。
「アイザックさん、私に斬りかかってください」
「おい、ルーナ」
何を言いだすんだ? もしアヴェンジスケールの効果が発動しなかったら……。
「安心してください、全てアヴェンジスケールが引き受けてくれます」
アストリッドの言葉で、俺は腹を括った。
ザックが山穿を振り上げる。
「大丈夫とわかっていても恐ろしいですね」
ルーナの足が震えている。
山穿が振り下ろされた瞬間、衝撃が空気を裂いた。
刃が触れる直前、赤く燃え上がったアヴェンジスケールが光を弾いた。
次の瞬間、俺の胸を内側から何かが叩きつけた。
息が止まる。
「これは……すごいな」
ダメージが襲ってこない感覚に思わず言葉が漏れた。
「アヴェンジスケールの本領はここからですよ」
アストリッドがそう言って微笑んだ。
近くの岩に向けて、俺はアヴェンジスケールを振り下ろす。
轟音が響いて、まるで山穿の打撃を再現するように岩が粉々に砕けた。
「すごい……」
ルーナの呟きとは違う、もっと重い感情が俺の中で渦巻いていた。
アヴェンジスケールに出会わなければ、いつかあの岩と同じように砕けていた。
それでも俺は、ミリアの隣にいただろう。
複雑な気分で岩を見つめる俺の背中を、ザックが叩いた。
「命拾いしたな」
言葉とは裏腹に、その視線には安堵の色があった。
十日目の朝早く、滞在用に借りた俺の部屋の扉が強くノックされた。
「マックス、起きなさい! 全部読んだわ」
ミリアの元気な声が聞こえてくる。
もう少し寝かせてくれよ……。
眠い目を擦りながらドアを開けると、ミリアに腕を引っ張られた。
言われるままに、演習場までついていく。
「さあ! はじめるわよ」
ミリアの勢いに押されるように、俺は信頼の代償を発動させた。
演習場にはニトが既に的を立てて待っていた。
「悪いね……付き合わせてしまって」
「いえ、とんでもない。ミリアさんの魔法を見れるんですから」
彼女の目が光っている。
……エルフって、やっぱり変わってる。
ミリアが指輪に集中する。
久しぶりに、わずかな疲労感が背中を撫でた。
思わず体が揺れた。
的に向かって、巨大な氷の矢が一直線に突っ込んでいく。
的が粉砕されるのを見て、ニトが跪き、祈るように目を輝かせた。
「アイススピアですね! さすがです」
アイススピア? 中級の魔法じゃないか……。
もう会得したのか?
それに……。
「ミリア、詠唱は?」
「びっくりしたでしょ? この指輪、詠唱いらないのよ」
「次は上級魔法いくわよ!」
身構える暇もなく、ミリアが指輪に集中し始める。
今度は、はっきりと疲労感を感じた。
さっきとは、明らかに違う……。




