騎士と魔女
「マックス、信頼の代償って何なの? 何で私に隠すの?」
ミリアが不安そうな顔で俺を見つめている。
「信頼の代償というのは……」
「アストリッド!」
説明を始めたアストリッドを止める。
アストリッドがこちらを見つめ、溜め息をついた。
「あなたがミリアを守りたい気持ちはわかります。しかし、あなたを失った後のミリアを思ったことがありますか?」
「いや、それは……」
考えないようにしていたことだ。
俺がミリアの代わりに死んだとして、その後ミリアがどうなるのかなんて……。
「きちんと話しておくべきです」
振り返るとミリアが俺を睨んでいた。
「マックス、死ぬってどういうこと?」
「いや、それは……」
ミリアが俺の襟首を掴んで引っ張った。
布が軋み音を立てる。
「言え!」
涙を浮かべたその目を見て、俺は腹を括った。
「わかった……話すよ」
俺がそう言うと、ミリアがゆっくり手を離した。
「死んだりしないわよね?」
「そうだな、死ぬ気はない」
こんな返事で安心できるわけないか……。
「信頼の代償というのは、俺のユニークスキルだ」
「ユニーク……スキル?」
ミリアは確かめるように、俺の言葉をなぞる。
「一人を対象として発動させた時、対象者が受けるダメージや疲労を肩代わりする」
ミリアが口を押さえて固まってしまう。
「激しい感情とかも流れ込むけど、全て把握してるわけじゃない」
そう言うと、ミリアが口を開いた。
「み、みんな……知ってたの?」
ルーナやヒナが無言で頷く。
ザックは居心地悪そうに頭を掻いている。
「待ってよ……知らなかったのは私だけ?」
「ミリア、落ち着け」
「落ち着けないわよ! アンタ……あの時も」
ミリアの手が震えている。
続けようとしているが、声が出てこないのがわかる。
ミリアの両目から、大粒の涙が零れ落ちる。
ぽたり、と床に落ちる音がした気がした。
震える肩が、小さく上下している。
「サントバールに……来る時も。と、盗賊を倒した時も……私のせいで大怪我したの?」
「それは違う」
「何が違うのよ! 魔法使っても疲れないのも……みんなアンタのおかげで、私だけそれを知らなくて」
「ミリア、違うんだ」
「違わないわ、何も違わない。私だけ何も知らずに、偉そうにして……バカみたい」
「ミリア……」
ミリアは視線を逸らし、黙ってしまった。
「ミリア、そのまま聞きなさい」
アストリッドが話はじめる。
「信頼の代償は、時代に選ばれた者が手にするスキルだと言われています」
「俺だけのユニークスキルじゃないのか?」
「いえ、今代の信頼の代償はあなただけのものです」
そう言ってアストリッドが微笑む。
「しかし、時代の表舞台に出てくることはありません」
「そうなのか?」
「ええ、誰がそんなスキルを使うと思いますか?」
……確かに。俺がおかしいのか?
「千年以上の時を生きる私ですら、信頼の代償を使用した者は二人しか知りません。――マックス、あなたを入れて二人です」
「俺を入れて……二人?」
静かに頷いたアストリッドが、ミリアに視線を向けた。
「前に使用したのは、ヘルフリート。ミリアの祖父です」
「わ、私の……おじいちゃん?」
涙声のミリアが尋ねた。
「ええ、ヘルフリートはミュラーの盾でしたから」
「おじいちゃんの話……聞いたことなかった」
アストリッドが微笑む。
「伝説のウォーロックの話を聞いたことは?」
「それなら……おばあちゃんから何度も」
そう言ったミリアが目を見開く。
「そう、お話に出てくる騎士はヘルフリートのことです」
「おじいちゃんが、騎士様」
一瞬だけ、ミリアの顔が明るくなったが、また暗くなる。
「騎士様は死んでしまうわ……」
「そうですね、ヘルフリートはミュラーを守りながら亡くなってしまいました」
ミリアが俺の方をチラッと見て、すぐに目を逸らした。
「ヘルフリートが守ったのは、ミュラーだけではなかったんですよ?」
「え……?」
「お腹にいた、ミュラーとヘルフリートの子を守ったのです」
「私のお母さん……」
優しい顔をしたアストリッドがミリアに近づく。
「あなたがここに来てくれて、本当に嬉しかったです。信頼の代償があなたに会わせてくれた」
そう言ってアストリッドはミリアを抱きしめた。
「あなたにも……騎士が現れたのですね」
その言葉は、祝福のようで。
祈りのようでもあった。
アストリッドがそう言うと、ミリアは声を上げて泣いた。
ミリアが少し落ち着いたところで、アストリッドは厳しい目で俺を見た。
「マックス、あなたの覚悟はもう伝わりました」
そう言った後、アストリッドは大きく溜め息をついた。
「異常です。本当によく生きてここまで辿り着きましたね」
「仲間に恵まれましたからね」
「普通、信頼の代償なんて使いません」
「いや、ミリアの祖父さんも使ってたんだろ?」
アストリッドは両手を上に向けて首を振った。
「ヘルフリートが信頼の代償を使っていたのは、ミュラーが作った特別な剣があったからです……」
「え? 特別な剣?」
頷いたアストリッドが合図をすると、奥から綺麗に装飾された鞘に収まった剣が運ばれてきた。
「我々は代償の剣と呼んでいますが、ミュラーがつけた名前は確か……」
アストリッドは頭を押さえて目を瞑る。
「アヴェンジスケール」
「アヴェンジスケール……?」
頷いたアストリッドが続ける。
「魔力に愛されたメイガスにしか作れない剣です。信頼の代償で肩代わりしたダメージを蓄積させ、敵に放出することのできる剣です」
「それは……」
無敵じゃないのか?
「無敵ではありませんよ? 蓄積できるのは信頼の代償で肩代わりしたダメージだけです」
「しかし、これは……」
顔を上げると、アストリッドがすぐ近くで俺を見ていた。
その笑顔が……怖い。
「普通、このくらいのアイテムがないと、信頼の代償なんて発動させません。あなたは異常ですよ?」
「いや、俺はただ……」
「ただ、何ですか? ミリアが大切だから死んでもいいと思った。とでも言う気ですか?」
ザックが口笛を吹いて冷やかす。
ミリアを見ると、真っ赤な顔をしていた。
「マックス、それは献身ではありません」
一拍置いて、アストリッドは続けた。
「あなたのエゴです。残される人のことも考えなさい」
「……はい」
アストリッドに怒られてしまった。
「その剣はあなたが持つ以外に価値はありません。それでミリアを守ってください」
アヴェンジスケールを受け取った。
「ミリア、これでいいですね?」
ミリアを見ると静かに頷いて、俺の腕をギュッと握った。
「悪かったよ。もう隠し事はしない」
「……絶対よ?」
その様子を見て、みんなの頬が緩むのがわかった。
「次はあなたね」
アストリッドがそう言ってザックに手招きをした。
「なるほど、あなたが剣ですね」
そう言われてザックが戸惑っている。
剣……どういう意味だ?
室内は静まり、アストリッドの次の言葉を待っていた。




