隠しきれない死の匂い
「うっ……痛っ」
寝返りを打った瞬間、肩に走った激痛で意識が強制浮上した。
「あら、起きたの?」
視界が開けると、ミリアがすぐそばで俺を覗き込んでいた。
やばい、出血がバレてしまう! 俺は反射的に、布団を被り直して肩を押さえる。
「ああ、血も止まってるみたいね」
何? そんなわけないだろ?――だが、幸いなことに、彼女にはシーツの端についたわずかな汚れしか見えていないようだった。
「朝か?」
「朝よ。さっさと準備しなさい、ご飯食べに行きましょう?」
「わかった、着替えるから先に降りててくれ」
ご機嫌な鼻歌を歌いながら部屋を出ていくミリアを見送り、ドアの鍵が閉まる音を確認する。
「……ふぅ、っ」
俺は脂汗を拭い、脂ぎった髪をかき上げてから包帯を外していく。
昨夜、包帯を巻いた上から吸水性の良い布を重ね、さらにその上からもう一度包帯を巻いた。
鎧を重ねても滲み出ないよう、細工しておいたのだ。
包帯の奥、傷口に癒着した布を剥がす瞬間――。
「……っが、あああ!!」
声を殺して叫び、俺は顔を歪めた。
剥がした布には、どろりと重い赤黒い塊が張り付いている。
傷口は塞がるどころか、一晩中ミリアの分の疲労まで吸い上げ続けたかのように熱を持っている。
階段を降りるとテーブルに着いていたミリアが手招きする。
「遅いわよ! 早く来ないとスープが冷めちゃうじゃない」
俺は椅子に座って硬いパンを齧る。
「なかなか悪くない味だわ、このスープ」
ミリアの目が「飲んでみなさいよ」と言っているので、スープを口に運んだ。
「ね、悪くないでしょ?」
肉の脂身が溶け出したスープは、いつもなら美味いと感じるだろう。
しかし、身体が拒絶反応を起こしているのか、一口飲むたびに胃の底から強烈な吐き気がせり上がってくる。
俺はそれを力ずくで押し戻し、一気にスープを掻き込んだ。
「……ふぅ。まあ、悪くないな」
「そんなにお腹空いてたの? 元気な証拠ね」
そう言ってミリアが、向日葵のような無垢な笑顔を見せる。
その光り輝く笑顔を汚さないためだけに、俺は喉元まで来ている酸っぱい塊を、意地でも飲み下した。
村を出発して数時間、遂に自由都市サントバールの外壁が見えた。
屈強な要塞のような外壁は、ここが戦争の中心地だったことをよく表している。
「ねえ! 見て! サントバールよ!」
はしゃいでいるミリアに笑ってみせるが、既に視界はチカチカしていた。
「そこの二人、サントバールへ入るならそこの列に並んで」
門番に言われた通り列に並ぶ、どうやら手続きが必要らしい。
「はい、次の人」
三十分ほど並ぶと、俺たちの番が来た。
「目的は?」
「ギルドよ!」
「どこのギルドだ?」
「わかんないの? 作るのよ」
手続きの担当者が俺達を値踏みするように視線を回した。
「他に仲間は?」
「いないわよ?」
ハァ……とため息をつくと、許可の判子を押した書類を渡してきた。
「通れ」
「あ、そう? ギルドを作成するにはどこに行けばいいの?」
「真ん中の通りを真っ直ぐだ、ギルド本部に行け」
「ありがとう」
俺たちは門を抜け、サントバールに入った。
中央通りは石畳で舗装してあり、歩きやすかった。しかし、振動が肩の傷に響く。
俺は表情を悟られないようにミリアの少し後ろを歩いた。
「マックス! 見て……あんなに大きな建物。あれがギルド本部に間違いないわね」
同感だが、初めて見る建物なのにどこからその自信が湧いてくるんだ?
振り向いたミリアに頷こうとした時、後ろから荒々しい集団が俺たちの間に割って入った。
「どけよ、田舎者が」
「邪魔なんだよ!」
ドッと、大きな衝撃。
荒くれ者がわざと肩をぶつけてくる。
普段なら、まあ大した問題じゃないが。この時は違った。
「……がっ、あああ!!」
ぶつかった瞬間、焼けた鉄棒で抉られたような衝撃が走った。
喉奥まで出かけた悲鳴を、舌を噛み切るほどの勢いで飲み込む。
視界が真っ赤に染まる。膝の力が抜け、崩れ落ちそうになるが――。
「ちょっと危ないじゃない!」
荒くれ者に食ってかかるミリアを守るように間に入る。
「なんだお前、フラフラじゃねえか」
その時、荒くれ者の首筋にナイフが突きつけられる。
「こんな所で騒がないでください」
ナイフを突きつけた小柄なスカウトが冷たい声でそう言った。
「じょ、冗談だよ……」
荒くれ者は後退りしながら退散していく。
スカウトがこちらを凝視している……。
何だよ? お礼とか言ったほうがいいのか?
頭で考えても痛みで声が出ない。
「この匂い……」
呟く声は予想よりも高い……女か?
「アナタはどうしてそこまで……」
その言葉に、ミリアが不思議そうに眉を寄せた。
やばい、これ以上喋らせるわけにはいかない。
「いや、大丈夫だ」
俺は声を絞り出し、彼女たちの間に強引に言葉を差し込んだ。
ミリアに悟らせないよう、必死で呼吸を整えながら。
スカウトはしばらく考えていたようだ。何かに気づいた様子で、
「失礼しました、アナタは何者ですか?」
「いや、ただの田舎者だよ」
と返すと、スカウトはため息を漏らした。
「もういいかしら? 私たちは今からギルドをつくるのよ」
「なるほど……そうでしたか」
何を納得したんだ?
「お邪魔をしました、それではまた」
また?またがあるのか?
「アナタが何をなさりたいのか、気になります」
スカウトが俺にだけ聞こえるように、小声で呟いた。
「よろしければ、ギルド名を教えていただけませんか?」
「ギルド名? そう言えば考えてなかったわね」
「そうですか……」
「マックス、そろそろ行くわよ」
ミリアが歩き出したので、それに続く。
スカウトが一礼したので頭を下げておいた。




