視線と視線
コマキ村を出て十日。
毎日のようにあった宿場町も、次第に間隔が空き、野宿が増えていた。
疲労も溜まり、幌の中は汗を誤魔化すための香水の匂いがきつくなっていた。
辺りが暗くなり、馬の足取りも重い。
そろそろ野営しようかと思い、馬車を降りた。
火を焚いて、携帯食で簡素な食事を済ませた。
皆、口数も少なく、誰も動こうとしなかった。
焚き火が爆ぜる音だけが響いていた。
「見張られてるな」
ザックの一言で緊張感が走る。
確かに、俺も何やら視線を感じていた。
空気が変わり、気配が大胆に距離を詰めてくる。
先程までの視線の鋭さとの違いに違和感を感じていたが、今はそれどころではなかった。
「十人ほどか?」
「そうだな……」
声を落としてザックと確認し合う。
「盗賊か?」
ザックが大きな声で、暗闇に向かって言った。
茂みが揺れる音がして、気配が近づく。
もはや、隠そうという意思も感じない。
「そうだ、荷馬車と女を置いていけば……命は助けてやってもいい」
集団の後ろから声がする。
アイツが親玉か?
「ハハッ! どいつもこいつもにやけてやがるな」
ザックが勢いよく地面を蹴り、手前の集団に飛びかかる。
盗賊の顔に拳がめり込む。
殴られた盗賊が、血飛沫をあげて後ろに飛ぶ。
地面に武器が転がる音が響いた。
「てめえ! やっちま――」
「終わりですよ」
親玉の喉を、後ろからナイフが貫いていた。
親玉が倒れると、ルーナがナイフについた血を払うように振る。
払われた血を顔に浴びた盗賊たちが後ずさり、俺は急な倦怠感に襲われた。
氷の飛礫が盗賊たちにめり込む。
「ひっ! ひぃっ」
残り少なくなった盗賊たちが悲鳴を上げる。
「どうする? 討伐の証拠に連れて行くか?」
ザックが聞いてきたので、
「いや、邪魔になるよ。縛って転がしておこう」
「か、勘弁してください」
盗賊たちが武器を捨て、両手を上げた。
「死体を持って失せろ、次に見かけたら命はない」
そう言うと、盗賊たちは転がった死体を引きずって退散しようとした。
「待て。ここにいるのが全員か?」
「はいっ」
震えた声で返事をした盗賊たちを追い払った。
「場所を変えましょう」
エギルの提案で俺たちは野営の場所を変更した。
妙だ、最初に感じた視線は異質だった。
「なんか……妙だな」
「……気のせい、か?」
払拭できない不安に視線を合わせると、ザックも首を振ってみせた。
翌日、俺たちは国境の街ボーダーウェッジに着いた。
国境付近は兵士の数が多く、威圧的な雰囲気だ。
「お風呂! シャワー! 何でもいいわ。早く宿に行きましょう」
御者をする俺を、ミリアが後ろから急かす。
「わかったよ。少し待ってろ」
宿の近くで馬車を止め、部屋を取るとみんな風呂に向かった。
風呂から上がり、部屋に戻ろうとすると隣の部屋から声が聞こえた。
「マ、マックス! ちょっときて!」
ドアを開けるとミリアがタオルで肌を隠して部屋の隅にいた。
「なっ!? ちゃんと服着ろよ!」
「いいから! そ、そこ……」
視線の先には虫がいた。
何だ、虫かよ。こんなのは掴んで外に投げればいいのに……。
掴もうとすると、虫が跳ねる。
「キャア!」
悲鳴を上げてミリアが俺の腕にしがみついた時、
「あっ……」
タオルが床に落ちてしまった。
反射的に目を逸らしたが……いや、これは事故だ。仕方ない……よな?




