暗雲立ち込める
「王よ、王よ」
赤い絨毯の上を、パタパタと早足で進む男がいる。
「なんだ? 騒がしいぞ」
王と呼ばれた男が、王座から男を見下ろした。
「おお、王よ。至急お伝えしたい内容が――」
「ディーデリック、申してみよ」
ディーデリックと呼ばれた男が、胸に手を当てて深く頭を下げる。
「サントバールのギルド本部より報告がありました」
「ギルドか……我のギルド嫌いを知っておろう? 連中は許しもなく力を持つ」
王は不機嫌を隠さない顔で、鼻息を荒くした。
「もちろん、存じておりますが……」
「まあ良い、聞こう」
安心したのか、ディーデリックは深呼吸をした。
「砂ネズミの一味が討伐されました」
「ふむ。小物盗賊など、どうでも良いが……」
王が、「本題はそこではあるまい?」と言わんばかりの視線を向ける。
ディーデリックがニヤリと口元を緩め、俯く。
己の内心を悟られぬように。
「一味は寝床にしていた洞穴の中で焼死体として発見された模様でして」
「ほう、火でもつけたかの?」
ディーデリックが咳払いをして、ここからが本題と言わんばかりの表情を見せる。
「ウィート村からも盗賊討伐の報告が入っておりまして……」
「ウィートか、それで内容は?」
「討伐された盗賊は約三十名。そのうちの二十名程は炭の塊だったそうです」
王は表情を強張らせて、唾を飲み込む。
「炭……とな?」
「はい、しかも一人のメイジが放ったファイアーボールによって……」
「なに!? それはまことか?」
王が身を乗り出す。
「はい……」
「砂ネズミの一味もか……」
「左様で」
広い玉座の間に、静寂が漂っていた。
「そのメイジを使えば、ナイカリキンを抑える力になりましょう」
「うむ、我が国レグナートの兵器となろう」
王とディーデリックは視線を交えると頷き合った。
「して、そのメイジの名は?」
「それが、村人は名前を聞いておらず、ギルドに至っては報告の義務がないと……」
王の眉間に深い皺ができる。
「ギルドの名は?」
「リライアンスと申す新興ギルドです」
一瞬の間が空き、王がニヤリと笑った。
「見張らせておけ」
「はっ」
依頼をこなす日々が続いたある日のこと。
俺たちはエギルに集められた。
「マスター、みなさんお集まりでしょうか?」
ザックの方に視線を向けると、無言のまま頷いてきた。
「ああ、みんな揃っている」
キャッシュの怪我は治り、昨日から依頼にも出るようになった。
「目標金額に到達しました」
「え……早くないか?」
確かに頑張ってはいたが、まだそんなに貯まっていないはずだ。
「ヘルハウンド討伐依頼が貼り出されていたのをご存知でしたか?」
「ああ、確か……」
確かに高額の依頼が上がっていたが、まさか……。
「ご想像の通りでしょう。マスターとミリアさんが倒したヘルハウンドの群れが、討伐依頼のあった群れです」
みんなが驚きの声を上げた。
「え? でも倒したの結構前だが……」
「はい、骨しか残ってませんでした」
「それで依頼達成になるのか?」
エギルがゆっくり首を振りながら溜め息をついた。
「普通はなりませんよ」
「ならどうして?」
「ヘルハウンドは普通ではないのです」
普通ではない? どういう意味だ?
「ヘルハウンドが他の魔物に殺されることは、まあ無いと言っていいでしょう」
「そうなのか?」
エギルはコクリと頷いて、
「また群れが勝手に全滅するなんて有り得ません。骨だけでも、十分な達成の証拠になります」
「なるほど……」
聞くと、報酬はかなりの高額だった。
俺たちは三日後に出発することに決めた。
馬車を一台買い足して、食料を買いに市場に向かった。
人が行き交い、商人の声が響く。
食料品の店の前では香辛料の匂いが鼻をくすぐった。
「角肉の塩漬けと、旅の礫。それと煮凝り塊は必須ですね」
ルーナが必要な携帯食を選んでいる。
「旅の礫ってこの豆とかが入ってるやつでしょ?
煮凝り塊って何? 不味そうな響きだけど」
「煮凝り塊は、言わばスープの素ですね。このレグナートでは一般的な携帯食です」
ミリアが嬉しそうに、あれこれ質問している。
「おい、マックス」
「何だ?」
珍しく買い物に付いてきたザックを見る。
「モルト買うよな?」
ザックは嬉しそうに酒樽を選んでいた。
俺は出発前の少しの平穏に、頬を緩めてしまう。
「さっきから何見てやがる?」
ザックの声に驚いて振り向くと、商人風の男にザックが襟首を掴み、詰め寄っていた。
「どうしたんだ?」
「こいつ、さっきからジロジロ見てたんだ」
商人風の男は怯えた様子で、俺に助けを求めるような視線を送る。
「どうして見ていた?」
「へえ、気前が良さそうな方々だったので……」
ハァ……商人だからな。
「何を買ってもらえるのかと」
「チッ……紛らわしいな」
ザックが商人の襟首を離すと商人は小さな悲鳴を上げて後ずさった。
「すまんね」
俺が商人に謝罪すると、商人は首を振って引き攣った笑顔を見せた。
「まあ、落ち着けよ……モルト買うからさ」
「お、話がわかるじゃねえか」
そう言って次の買い物に向かう。
商人の目が、先ほどまでの怯えを消していたことに、俺たちは気づかなかった。




