砂ネズミの幻影
数日間、こいつらと依頼をこなしている。
正直バランスはいい。
ゴブリン程度なら討伐依頼も難なくこなせる。
強いって程じゃねえけどな……。
特にグロック。こいつは戦闘の感覚を持っている。
次にどう動くかを理解しているから、安定感がある。
「うおおおお!」
キャッシュの雄叫びが上がる。
あいつは声だけは一番だな……。
ほら、また外した。
当たれば即死級だが、外しすぎだ。
リアが細かく動いて回復させる。
もう誰も失わないという決意……いや、執念か。
「よし、今日の分は終わりだな」
声をかけるとキャッシュが走って来る。
「アイザックの兄貴、オイラどうだった?」
「お前はもっと冷静になれよ? グロック、今日も安定してたな」
「ありがとうございます」
少しの反省会をしながら、サントバールに戻る。
解散してから、馴染みの酒場に向かった。
カウンター席に座って、親父にモルトを頼んだ。
「はい、お待たせ」
親父がモルトとイモカタを俺の前に置いた。
イモカタを摘まみ、モルトで流し込む。
一人の時間を満喫していると、隣から聞き慣れた声がする。
「親父さん、こいつと同じものを」
「はいよ」
マックスか……最近ここでよく一緒になるな。
「どうだ? 新人は」
「悪くねぇ」
マックスの前にもイモカタとモルトが並んだ。
グラスを持ち上げたマックスが、こちらを見て笑ってやがる。
俺は仕方なく、グラスを重ねてやった。
「課題はキャッシュか?」
「いや、違うな」
摘んだイモカタを口に運ぶ。
「意外だな」
「アイツは伸びしろがあるからな」
「じゃあ……」
言うのをやめて、マックスはモルトを半分ほど飲む。
「じゃあ、課題は?」
「グロックだな」
俺もイモカタをモルトで流し込む。
「おかわりするかい?」
親父の声に人差し指を立てて、もう一杯と合図する。
「グロックに、何か問題が?」
マックスも人差し指を立てた。親父が頷く。
「ありゃ恐れてるな」
「恐れてる?」
新しいモルトに口つけてから続ける。
「冷静でなければならない……ずっと心の中でそう唱えてそうな、そんな動きだ」
マックスもモルトに口をつける。
「立ち直れるかな?」
「さあな」
溜め息をつくマックスの隣で、俺はこう言った。
「親父、シオマメあるか?」
翌日、ギルド本部に向かう。
依頼書を見に行くと、討伐依頼はまばらだった。
ゴブリン討伐か……。
受付に持っていき、依頼を受ける。
「今日は東方面だ」
「はい!」
サントバールを出て、東にある村へ向かった。
なんでも、村の貴重な収入源となる薬草が生える森にゴブリンが出て、死者まで出したらしい。
「今日はオイラが思いっきりゴブリンを切りつけてやるんだ!」
「お前はもっと冷静になれ」
キャッシュと話しながら、村に着いた。
「助けてー! 誰か」
少年が泣きながら走ってくる。
「あ? どうした?」
「姉ちゃんが、俺を庇ってゴブリンに捕まったんだ!」
少年の言葉を聞き終わるのを待たず、グロックが走り出す。
「ちっ、仕方ねえな」
走り出したグロックの後を追った。
森に入ると女の悲鳴が聞こえる。
悲鳴の方に向かって走ると、茂みの向こうに衣服を切り裂かれ、今まさにゴブリンに蹂躙されようとしている女が見えた。
「畜生がぁ!」
普段冷静なグロックが叫び声を上げてゴブリンに切りかかる。
一匹、また一匹と切り殺していく。
キャッシュも加勢して、あっという間にゴブリンを殲滅した。
しかし、何か妙だ……。
こんな村近くまで、少数で来るほどゴブリンは大胆ではない。
ゆらりと、茂みの向こうに大きな影が揺れた。
「気をつけろ! ホブゴブリンだ」
グロックたちの目の前に、大きなゴブリンが現れた。
「あ……ああ……」
ホブゴブリンを見たグロックは、固まってしまった。
グロックの体が小刻みに震えている。
前にも、後ろにも動こうとしない。
「くそっ、砂ネズミの幻影か……」
ホブゴブリンが近づくと、グロックはついに剣を落としてしまった。
地面に当たる金属の音が響く。
「グロック、下がれ!」
俺の声も届かねぇか……。
グロックの荒い息遣いが聞こえる。
ホブゴブリンが石斧を振り上げた。
間に合わねぇ――
俺より早く駆け出していたキャッシュが、グロックに飛びつく。
同時に石斧が振り下ろされる。
鈍い音がして、キャッシュとグロックが転がった。
「くそっ!」
俺は思いっきり、ホブゴブリンの顔に拳をめり込ませた。
ホブゴブリンの体がそり返る。
「キャッシュ!」
転がったまま震えているグロックの隣で、キャッシュは意識を失っていた。
「ああっ……」
キャッシュを見ながらグロックが嗚咽のような声を上げる。
落ちた剣を拾い、立ち上がった。
グロックの指先が震えてやがる……。
呼吸も整っていない。
いや、ここはコイツにやらせないといけない。
「ちくしょう……」
グロックがそう呟き、剣を高く振り上げた。
バランスが取れていない。
その刃先は震えていた。
「頭をぶち抜け!」
俺の声に合わせるように、グロックはホブゴブリンの頭を剣で貫いた。
返り血を浴びたグロックがよろめく。
震える体を剣で支えているグロックの横を、リアが走り抜けた。
「キャッシュ、死なないでよ!」
必死でヒールをかけるリア。
しばらくすると、キャッシュがゆっくり目を開けた。
「グ……グロックは?」
「ああ、無事だ」
キャッシュの眉が少しだけ下がる。
「あ、兄貴……オイラ、ちゃんとできたかな?」
「ああ、最高の判断だ」
そう言うとキャッシュは「へへっ」と笑って、再び意識を失った。
「キャッシュ!?」
「心配ない。骨は折れてるが、命に別状はなさそうだ」
俺がそう言っても、リアはヒールをかけ続ける。
まあ、当然だな……。
「すいません……すいません……」
跪き、グロックは謝罪を繰り返す。
「気にすんなとも、よくやったとも言えねぇ」
「はい……」
静寂が戻りかけ、木々のざわめきが聞こえた。
「だが、大きなやつにも勝てるってことはわかったよな?」
グロックが大きく息を吸い込む。
「……はい」
そう言ったグロックの頬を水滴が伝った。
いつもの酒場で、俺はモルト片手にシオマメをつついていた。
やつの気配に気づき、先手を打つ。
「よお」
「な、気づいてたのか。親父さん、俺にも同じものを」
「はいよ」
マックスが隣に座る。
一人の時間を楽しみたかったんだがな……。
「キャッシュ、大怪我してたじゃないか」
「まあな」
マックスが溜め息をついてから続ける。
「ヒナが回復させたから、すぐに動けるようになるよ」
「はっ!便利だな」
そう言うと、マックスが鼻で笑った。
「グロックはどうだ?」
「よくねぇな」
「そうか」
マックスの前にモルトが置かれた。
「よくねえが、見込みはある」
そう言って、二人でグラスを重ねた。




