守ることの代償
馬車を放置できないので、そのまま村へ乗り入れる。息をしなくなった人が、血だまりの中に転がっている。老人も、子供も関係なく。
高く登った陽が、惨劇を光の下に映す。
馬車の車輪が血の線をつくる。
「ヒナ、回復を」
ヒナが生存者にヒールをかけはじめると、向こうから女性の悲鳴が聞こえた。
「ルーナ」
「はい」
ルーナがハイディングで姿を隠したのを確認してから、盗賊たちに切りかかる。
「何だ? お前ら……」
返事の代わりに、剣を振り下ろした。
ザックが飛び出す。鈍い音と共に盗賊の体が曲がり、崩れていく。
「貴様ら! この女がどうなっても……」
盗賊の声が途切れる。
ルーナのナイフが盗賊の首元を通過して、血が吹き出す。
「きゃぁぁ!」
捕えられていた女性が思わず、叫び声を上げた。
加勢に来た残りの盗賊たちに、ミリアが放った氷の飛礫が風穴を開けていく。
「ひ、ひぃぃ」
逃げ出そうとした盗賊の叫び声が途切れ、ザックの拳が盗賊たちの顎を砕いていた。
助けた女性が、声もなく膝から崩れ落ちる。
昼の風が、鉄錆の匂いを拾い上げる。
大切な人を失った泣き声や、助かったことへの歓喜の声が混ざる中、老紳士が話しかけてきた。
「この度はありがとうございました。町長のイランと申します」
何だか表情が硬いな……。救われたはずなのに、どこか怯えている。
「その……謝礼はいかほど差し上げれば……」
問題はそこか……。
俺は、言いかけた町長の言葉を手で制した。
「謝礼はいらない、討伐の依頼を受けてきたんだ」
「何と!? 左様でございますか」
村人たちが顔を見合わせて喜んでいる。
ミリアが得意げな顔をしているのを見て、何となく安心した。
「そういえば、アウロラとかいうギルドが来なかったか?」
「ああ、あの十人組の若者たちですか」
十人で来たのか、なら盗賊退治も終わってるかもな。
「しばらく前にこの村を出ましたが、戻って来ないことを考えると、もう……」
これは、気を引き締めてかからないとな……。
「盗賊は金品を奪って回ってるのか?」
「ええ、金品と若い女を……どうやら他国で売りに出しているようです」
その言葉にミリアの肩がわなわなと震える。
拳を握る音が聞こえてきそうだ。
「ゆるせないわ! 早くぶっ潰してやりましょう」
こいつはまた簡単に……。
「人質もいます。感情で動けば、犠牲が出ますよ?」
ルーナの言葉にミリアは少し落ち着きを取り戻した。
「盗賊の特徴はわかるか?」
「はい、大体が大人数で乗り込んできてあっという間に金品を奪うのですが……」
含みがあるな……。
「一人、大男がいまして。これがとんでもなく強いのです」
「はっ! じゃあそいつは俺がもらうぜ?」
ザックが嬉しそうに笑った。
「ここから、やつらの寝ぐらまではどれくらいかかる?」
「馬車で行けばすぐに着きます……」
よし、すぐに出たほうがいいな。
「待ってください、歩けばどれくらいかかりますか?」
ルーナが口を挟んだ。
「そうですな、半日ほどかと……」
「マスター。人質がいる以上、馬車の音を立てるのは危険です」
なるほどな……しかし、方法はある。
「あれを使えばいいんじゃないか?」
やつらが乗ってきたであろう、馬を指差すと。
「なるほど、名案です。しかし、やつらに見つかる可能性も」
「その時はその時だ。時間が惜しいんだ。」
そう言って、俺は迷いなく馬に跨った。
馬を飛ばして砂ネズミ一味の寝床に向かった。
近くに着くまで、誰も語ろうとしなかった。
「マスター、この辺りで」
ルーナの声を合図に馬を止め、静かに洞穴の入り口に向かう。
入り口から中を覗いて、息が止まった。
転がる五人の遺体。
あれは……アウロラのギルドマークだろうか?
その奥で、一人の冒険者が大男と戦っている。まるで見せ物でも見るように、囃し立てる盗賊たち。
さらに、その奥では冒険者らしき女性が二人、盗賊たちに組み伏せられていた。
裂けた衣服が散らばり、傷だらけの肌を晒して泣き叫んでいる……。
胸を貫かれた、エリナの顔が頭をよぎる。
「マスター、一番奥に人質がいます。私が縄を切ってきます」
そう言うとルーナはハイディングで姿を隠す。
震えるミリアの肩を押さえてから前に出る。
「そこまでだ!」
「何だてめえは?」
突っ込んできた大男の拳を盾で受け止める。
確かに重い、しかしこれは……。
「いい女がいるじゃねえか」
大男はミリアを見ると、ニヤけて舌舐めずりをする。
「下衆どもめ……」
視界が赤く染まる。
もう何も奪わせない――今度こそ!
「ザック、頼むぞ」
「おう!」
大男をザックに任せて奥に走り込むとミリアが叫んだ。
「伏せなさい!マックス!」
囃し立てていた盗賊の集団に氷の飛礫が突き刺さっていく。
盗賊の首元で引っかかった剣を力一杯振り抜く。
首が飛び、頬に血がかかる。
……拭う気にもならない。
顔を上げると、ルーナに助け出された女性たちが入り口に向かって走り抜ける。
俺とルーナもそれに続いた。
入り口付近でザックが大男の拳を受け止めて待っていた。
「もういいぞ、思いっきりやれ!」
俺の言葉と同時にザックの拳が大男にめり込む。
骨が砕ける鈍い音が、洞穴に響いた。
豪快に倒れる大男。
立ち上がれるはずがない……。
「すげぇパンチだな……。だが体は動く」
逃げ出した女性たちの顔から希望が奪われていく。
信じられない光景を見た。
砕かれた顎から血を流しながらも、大男はザックの腕を掴んだ。
「痛み? 気にしなきゃ何でもねぇ」
歪んだ顎で笑いながら、拳を振り上げる。
叩きつけられた拳をザックが受け止めた時、その体は入り口まで吹っ飛ばされる。
ザックを追っていた視線を大男に向けると、腕が垂れ下がっていた。
「折れたかな……? だが、お前らを殺すまでは殴り続けてやる」
大男が歩きながら、逆方向に曲がった腕を無理矢理はめ込むと嫌な音がした。
ゆっくり、大男が近づいてくる。
「下がって!」
ミリアが杖を構えた。
詠唱をはじめたミリアを、盗賊の一人が弓で狙う。
それに気づいたミリアが一瞬怯んだのがわかった。
「気にするな、吹き飛ばせ」
ミリアの強い怒りと、崩れ落ちそうになる程の疲労感が流れ込んでくる。
爆発音と共にミリアの魔法が発動する。
真っ直ぐ向かって来た矢は、ミリアの肩の辺りではじかれた。
次の瞬間、肩に突き抜けるような冷たい感覚と熱い血が吹き出すのを感じた。
声のしなくなった洞穴から、硝煙と人の焦げた嫌な匂いが漏れ出している。
こちらに振り向いたミリアが、俺の肩から流れる血を見て言葉を失う。
目が見開き、杖を持つ手が震えている。
「マックス……何それ?」
しまった……。
いや、隠し切れなかった。
立ちすくむミリアは、俺の答えを待っている。
何でもないさ……その一言が出て来なかった。
俺はミリアの肩に傷がない事を確認して、深く息を吐く。
少し足元を崩した俺を、静かにルーナが支えていた。




