気づいてしまった者たち
ギルド本部に足を踏み入れた瞬間、空気が少しだけ重く感じられた。
騒がしいはずの広場で、視線だけがやけに静かに動いている。
ヒナの登録は、何事もなく終わった。
形式的な手続き、形だけの祝福。
「今日はこれにしましょう」
ミリアが、掲示板から薬草採集の依頼書を引き抜いた。声がいつもより少しだけ大きい。
ギルド本部を出る時、はっきりと分かった。
向けられている視線は、俺にじゃない。
それは、
危険を知っている者の視線だった。
「パッパと片付けて、美味しい物でも食べましょう!」
少しヤケクソ気味の明るさ。
ミリアは気づいていないふりが、昔から下手なんだよな……。
「ミリアさんの……」
ルーナが低く声を落とす。
「わかってる」
短くそう返して、歩調を早めた。
街を出て森に差し掛かった時、足を止める。
「おい、そろそろ出て来たらどうだ?」
これ以上進むと遮る物が多すぎるからな。
「気づいてるよな? そりゃ」
そう言って木の影から長身の男が現れる。
「どういうつもりだ?」
「構えろよ」
殺気を感じて腰を落とした。
「……っ! その構え方」
男は一歩、踏み出しかけて止まった。
まるで、殴りかかる距離を測るように。
「変わってねえな」
低く、懐かしさを噛み潰したような声だった。
「それ、誰に習った?」
「……何?」
問い返した瞬間、男の足が地面を蹴った。
盾で防ぐと火花が散った。
この重さ、俺は――知っている。
「硬ぇな!」
叫ぶようにそう言うと重い拳を連打してくる。
筋肉が軋む、腕を持っていかれそうだ。
しかもこの連打、尋常じゃないな……。
盾越しに衝撃が突き抜け、足が地面を削って後退した。
一撃一撃が、重さだけじゃない。
――狙いが、正確すぎる。
「ちっ、反応も変わってねえ……!」
男は舌打ちし、距離を詰める。
次の瞬間、拳がわずかに軌道を変えた。
防いだはずの盾の縁をかすめ、衝撃が腕に食い込む。
「……っ!」
ただの力任せじゃない。
“防御を削る”殴り方だ。
胸の奥で、嫌な既視感が疼いた。
男が距離を取った時、胸元に月の形をした痣が見えた。
あれは……!
「アンタ、その痣……」
ミリアが声をかけると、男は舌打ちをして胸元を隠す。
「俺は死ぬぞと警告したはずだ……」
男の声は、怒りよりも――後悔に近かった。
男は背を向けて歩きはじめた。
「おい! お前……」
一瞬。男の肩が跳ねたように見えたが、そのまま去ってしまった。
俺たちは男の背中が見えなくなるまで、その場を動けなかった。
「さ、さあ行くわよ! さっさと終わらせちゃいましょう」
努めて明るい声を出すミリアに続いて森に入る。
またウォルフにでも襲われるといけない。
そう思い、ミリアに信頼の代償をかけようとした。
「ヒナ、どうしました?」
ルーナの声で振り返ると、ヒナの肩が震えていた。
「い、いえ何でもありません」
震えた声でヒナが呟く、まだ依頼を受けるのは怖いのかもしれない。
あらためてミリアに信頼の代償をかける。
「あ、また……」
そう言いかけたヒナを見ると、視線を逸らした。あれ、俺が怖いのかな?
「少し休みませんか?」
薬草を集めて帰ろうとした時、ルーナに止められた。
見るとヒナが座り込んでいる。ルーナも少し肩で息をしていた。
「だらしないわね! 少しだけよ?」
腰に手を当てて、偉そうにしているが――
まあ、言うまい……。
明らかに様子のおかしいヒナが心配になったが、さっきから俺を避けている気がする……。
「もう終わったんですか? 早すぎません?」
受付嬢が驚いていた。森の中は危険なので薬草採集にも時間がかかるそうだ。
「あいつら何かやってんじゃねえか?」
そんな噂話をしている声も聞こえる。
報酬を受け取ったミリアは機嫌良さそうにギルド本部を出て行った。
その様子を見ていたヒナが、俺の方に振り返る。
「マスター、本当に守り切るつもりなんですか?」
何かを訴えるような目で、その唇は震えていた。
俺は静かに頷いた。




