信頼の代償(リライアンス)
「ちょっと! 遅いわよ! もっと早く歩きなさいよ」
「俺はお前と違って重い鎧を着てるんだ。そんなに早く歩けるわけないだろ?」
怒鳴り声を背中で受けながら、俺は溜息を飲み込んだ。
何だってこんなヤツについて来てしまったんだろう? 俺にだって選択肢はあったはずなんだ。
腕を組んでそっぽ向いてやがる。まあ、足を止める慎重さくらいは学んだようだな。
さっきはこいつがはしゃいで狼に囲まれた、俺が追いつかなかったらと思うとゾッとするぜ。
「あ、小屋があるわよ? 山に入る前に少し休みましょう」
「そうだな、そうしてくれると助かる」
「アンタがだらしないから仕方ないじゃない」
「……」
あー! ぶん殴ってやりたい! 可愛くないやつだ。まぁでも? 労わる気持ちがあるだけマシか?
小屋の扉を開けて中に入ると、埃の臭いが鼻につく。
「人が来た形跡がないな……、道は合ってんのか?」
「合ってるわよ、さっきから地図の通りに歩いてきてるわ」
まあ、こいつがそう言うなら大丈夫だろう。
「なあ」
「なによ?」
「サントバールまで後どれくらいなんだ?」
「山を二つ越えた先よ」
「うへ……」
コイツは大袈裟にため息をついて見せてから、こう言った。
「だらしないわね、ギルドを作ってからが本番なのよ?」
へいへい。
「と、とにかく。少し座ってなさいよ」
目を逸らしながら、椅子を引いてくれる。まあ、いいところもあるんだが。
昔からミリアの言う事には逆らえない。
伝説のウォーロックに憧れて、メイジ職を選んだ時も必死で止めた。
「じゃあ、アンタが私を守りなさいよ?」
そう言われて、他のやつに託すくらいなら俺が守るしかないと思った。
「ねえ」
まったく、なんでメイジ職なんかに……。
「ねえ! マックスってば!」
「なんだよ?」
「はは……、ウォルフの群れに囲まれてるわ」
ミリアは青い顔をして窓の外を見ていた。
一、二、三……七匹はいるな。
「俺が纏めるから、お前のファイアーボールを打ち込め」
「はあ? アンタ死にたいの?」
普通はファイアーボールなんかじゃ巻き込まれても死ぬことは無い。しかしこいつのは……。
「そんなこと言ってたら、二人とも死ぬぞ?」
「うう……、ちゃんと逃げなさいよね」
俺は小屋を飛び出し、落ちていた木の枝を拾ってウォルフに投げつけた。
興奮したウォルフがこちらに走ってくると、触発された他のウォルフも一斉に襲いかかってきた。
盾で防ぎながらウォルフを集めるように移動する。
「いくわよ! 伏せなさい!」
ミリアの声が聞こえたので慌てて伏せると、爆風に押され転がる。
耳鳴りがして熱が伝わってくる。
「あっち! クソ、どうなった?」
顔を上げるとウォルフだった物は塊となって転がり、獣の焦げる嫌な臭いがした。
小屋の方を向くと、ミリアが少しだけ震えた指でVサインを見せた。
ホッとしたその時、ミリアの後方の茂みが揺れる。これはーー間に合わない! 茂みから現れたウォルフがミリアに飛びかかった。
ウォルフの爪がミリアの肩を捉えたーー。
はずだった。
「あっ……!?」
衝撃でミリアの体が床に転がる。だが、彼女のローブは一筋も裂けていない。
代わりに。滑り込んだ俺の肩が、見えない刃に裂かれたように激しく弾けた。
飛びかかってきたウォルフを盾で押さえる。
獣臭のキツい荒い息に耐えながらミリアに声をかける。
「おい! 起きろ! ミリア!」
ミリアの表情が歪み、不満そうなのがわかる。
「いいから! 起きろ! こいつにとどめを刺せ!」
「とどめって、こっちは死にかけて……」
言いかけた言葉を飲み込んで不思議そうな顔で状況を把握しようとするミリア。
「巻き込まないやつで頼む」
「なっ! あーもう! わかったわよ!」
ミリアが杖を構えてウォルフに向けた。
「チルストライク」
大気から無数の氷の飛礫が現れウォルフに向かって飛んでいく。
冷気が伝わると同時に、ウォルフが悲鳴のような声をあげて倒れた。
「ふー、やったか?」
振り返るとミリアがまだ不思議そうな顔をしていた。
「俺が守ってやったんだ、感謝くらいしてくれよ?」
「いや、でも……」
まだ呆然、といった感じのミリアの目が突然見開く。
「アンタ! 何よその血!」
肩が熱い。流れ出る血を感じると戦闘中の興奮状態から覚めて、痛みで視界がチカチカしはじめる。
「ああ、まあ間に入ったからな」
「いや、でもタイミングがってそんな事はどうでもいいのよ!」
じゃあなんなんだよ?
「早く血を止めないと! アンタ死ぬわよ?」
まあ、お前が言いたい事もわかるぜ。
本来なら俺の怪我はあり得ない、ウォルフの一撃でお前が死んでいたのかも知れないからな。
驚くのも無理はない……。
ああ、確かに。これは血が出過ぎかもな。
意識が遠のく。真っ白に染まる視界の裏で、俺は昔のことを思い出していた。
人は子供の頃に、将来どの職に就くかを考えながら成長していく。
十歳と十六歳の二回、職業の適正検査をみんなが受ける。
俺は適正検査でウォーリアと診断された。
最初は武器屋にでもなろうと考えたが、こいつがメイジになるなんて言い出すから……。
まあ、仕方なく盾職を選んだ。
メイジになろうなんて物好きは少ない。
普通、メイジ適正が出たらギルド職員や公務に就いて高給取りを目指したり、道具屋を開いて一儲けしようとか考えるもんだ。
戦場での、メイジの生存率は一割に満たない。
メイジはその火力から、戦闘では花形として持て囃されるがそれ故にアサシンなどに狙われやすく、多くは若いうちに死んでしまうのだ。
しかし、付き合いで選んだ盾職が天職だと知った時は驚いた。育成ギルドのスキル適正で発覚した、世界で俺一人が持っているユニークスキル。
信頼の代償。
このスキルはなんと、守りたい相手の痛みや傷を肩代わりできてしまう。
この世界が俺に盾をやるしかないと突きつけてきたかと思えた。
はは……、俺はミリアの為に死ぬんだろうな。
「……なさいよ」
ん?ミリアか?何言ってるんだ?
「起きなさいよ」
まだ頭がボーッとする。もう少し寝かせてくれないかな?
「ねえ、起きてよ……」
ゆっくり目を開けると、不安そうな顔をしたミリアが目から涙を流していた。
「よお、起きたぞ」
そう言うとミリアは泣いていたことを誤魔化すようにローブの袖でゴシゴシと涙を拭いた。
「……アンタ、起きるのが遅いのよ。だいぶ遅れちゃったわ」
「悪かったよ、夜になるまでに次の村に辿り着けるか?」
ミリアは安心した笑顔を見せて頷いた。
……いい顔だ、お前はそうやって笑っていてくれ。何度でも身代わりになってやるさ。




