第7話「豊穣のヴァレーと、飯テロの食卓」
シルフィから譲り受けた月光草の効果は、絶大だった。
ハーブを煎じて飲ませると、高熱にうなされていた子供たちは、たちまち元気を取り戻した。村中が、歓喜の声に包まれた。
この一件をきっかけに、シルフィは時折、俺の領地に顔を見せてくれるようになった。
最初は警戒していた彼女も、俺が本当に植物を愛し、その声に耳を傾けていることを知ると、少しずつ心を開いてくれるようになった。
「アレン。この土には、もう少しカリウムが足りません。木の灰を混ぜるといいでしょう」
「このハーブと、あの野菜を一緒に植えると、互いの成長を助け合います。コンパニオンプランツ、というのですよ」
シルフィがもたらしてくれた薬草学と森林の知識は、俺の農業にさらなる深みを与えてくれた。
俺の前世のバイオテクノロジー、ガルガンの作る最高の農具、そしてシルフィの持つ自然との共存の知恵。
それらが融合し、俺の領地、『恵みの谷』は、驚異的な発展を遂げていく。
畑はさらに広がり、多種多様な作物が豊かに実った。
ジャガイモ、カブ、ニンジンといった根菜類。トマトやキュウリに似た果菜類。王国ではまだ珍しい、米や小麦といった穀物。そして、シルフィがもたらした様々な種類のハーブ。
俺のスキルによって、それらはすべて最高の品質と、体に良い特別な効果を持つようになった。
収穫量が増えれば、次に取り組むべきは加工品の開発だ。
生鮮食品は足が早い。加工して保存性を高め、付加価値をつけることで、より安定した収入が見込める。これもまた、前世の知識が活きる分野だ。
「よし、今日は新しい商品を作るぞ!」
俺は領民たちを集めて、高らかに宣言した。
まず手始めに作ったのは、大量に採れる黄金ポテトを使った『チップス』だ。
薄くスライスしたジャガイモを、購入した植物油でカリッと揚げる。仕上げに、岩塩と、シルフィが調合してくれた特製のハーブソルトを振りかければ完成だ。
「う、うめぇ……!なんだこの軽い食感と、絶妙な塩加減は!」
「手が止まらない!もう一枚、もう一枚だけ……!」
試食した村人たちは、その未知の味と食感に、完全にノックアウトされていた。
次に作ったのは、トマトを使った『トマトソース』だ。
湯むきしたトマトを煮込み、ハーブと香辛料で味を調える。パンに塗ってもよし、パスタに絡めてもよし。汎用性の高いこのソースは、特に女性たちから絶大な支持を得た。
さらに、キュウリやカブはピクルスに。果物はジャムに。小麦は、石臼で挽いてパンを焼いた。
俺の作る料理や加工品は、どれもこの世界の人々が食べたことのない、斬新で美味しいものばかり。
そして、何より素材がいい。俺の畑で採れた野菜は、それ自体が最高の調味料なのだ。
俺の領地の食卓は、日に日に豊かになっていった。
昼休みになると、村人たちが持ち寄った食材で、即席の料理大会が始まることも珍しくない。
「リリアナさん、このポテトグラタン、食べてみてください!アレン様に教えてもらったんです!」
「まあ、美味しそう!ガルガンさんもどうです?うちの畑で採れた豆のスープ、絶品ですよ」
「うむ。悪くないな」
「シルフィ様、こちらのハーブティーはいかがでしょう?あなたに教えていただいたブレンドです」
「……ありがとうございます。いい香りですね」
リリアナも、ガルガンも、そしてシルフィも、今ではすっかりこの領地の中心メンバーだ。
それぞれが自分の得意分野で力を発揮し、領地の発展に貢献してくれている。
そして何より、みんなで同じ釜の飯を食い、笑い合う。この時間が、俺にとっては一番の宝物だった。
***
夜になると、俺の家に仲間たちが集まって、ささやかな宴会を開くのが日課になっていた。
今日のメインディッシュは、俺の特製『恵みの谷カレー』だ。
何種類ものスパイスとハーブをブレンドし、じっくり煮込んだ野菜と、貴重な鳥肉が入った自信作。炊き立ての白いご飯との相性は、言うまでもなく最高だ。
「んん~~!このスパイシーな香りが食欲をそそるわね!」
「アレンの作る飯は、いつ食っても絶品だな!」
「この辛さの中に、野菜の甘みが溶け込んでいて……奥が深いです」
リリアナもガルガンもシルフィも、夢中でカレーを頬張っている。
その幸せそうな顔を見ているだけで、俺も幸せな気分になれる。
『ブラック企業で、カップ麺啜りながら徹夜してた頃が嘘みたいだ』
あの頃は、食事なんてただの栄養補給、作業でしかなかった。
美味しいものを、大切な仲間たちと、笑顔で食べる。
こんな当たり前の幸せを、俺は失っていたんだなと、今更ながらに思う。
「アレン、おかわり!」
「私も!」
「……私も、お願いします」
「はいはい、今よそうから、ちょっと待ってな」
鍋の前には、空になった皿を持った三人が、キラキラした目で俺を見ている。
その光景が、なんだか可笑しくて、俺は思わず笑ってしまった。
かつて「枯れ谷」と呼ばれた不毛の地は、今や豊かな作物が実り、人々の笑い声が絶えない『恵みの谷』となった。
俺が目指していたスローライフは、最高の仲間たちと、最高の食卓と共に、ここに実現したのだ。
しかし、この穏やかで幸せな日々が、永遠に続くわけではないことを、この時の俺はまだ知らなかった。
俺たちの成功は、静かに、しかし確実に、外部の世界の注目を集め始めていた。
そして、その中には、俺たちの豊かさを快く思わない者たちもいるということを……。
恵みの谷の上空に、忍び寄る暗い影。
俺たちの本当の戦いは、まだ始まったばかりだったのかもしれない。




