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第6話「森の賢者と癒やしのハーブ」

 ゴブリン鉱山での冒険は、正直に言って、死ぬかと思った。


 暗く、じめじめした坑道を進むと、案の定、数匹のゴブリンに遭遇した。緑色の醜い肌、鋭い牙を剥き出しにして襲いかかってくる。


 絶体絶命のピンチだったが、そこで俺のサバイバル知識が役に立った。


『そうだ、煙だ!』


 俺はとっさに、たいまつに湿った苔を押し付け、大量の煙を発生させた。


 視界を奪われ、咳き込むゴブリンたちの隙をついて、俺は坑道の奥へと必死に走った。


 追い詰められ、もうダメかと思ったその時、俺は坑道の壁に、キラリと輝くものを見つけた。


「これだ……!星屑鉄!」


 それは、ガルガンの言った通り、まるで夜空の星々を閉じ込めたかのように、青白い光を放つ鉱石だった。


 俺は最後の力を振り絞り、ツルハシで鉱石を壁から剥がす。そして、ゴブリンたちに見つからないよう、別の坑道を通って、命からがら鉱山から脱出したのだった。


 ***


 全身泥だらけ、傷だらけになりながらも、俺は星屑鉄をガルガンの元へと届けた。


 鉱石を見たガルガンの目は、まるで恋する乙女のように輝いていた。


「おお……おお!これだ、これこそが星屑鉄!小僧、よくやった!約束通り、お前に生涯最高の農具を作ってやろう!」


 それからのガルガンは、まさに鬼気迫る集中力で農具作りに没頭した。


 寝食も忘れ、工房に籠り、ただひたすらに槌を振るい続ける。


 そして数日後。


 完成した農具を見た俺は、その美しさに息をのんだ。


 星屑鉄で作られたスキの刃は、鏡のように磨き上げられ、青白い光を放っている。驚くほど軽いのに、その強度は鋼の比ではない。クワの刃先は、どんな硬い土でも切り裂けるように、鋭く研ぎ澄まされていた。


「こいつの名前は『ガイアの息吹』と『テラの爪』だ。さあ、持っていけ。こいつらで、最高の土を耕し、最高の作物を作ってみせろ!」


 ガルガンは、満足そうにそう言った。


 こうして、俺は伝説の職人が鍛え上げた、至高の農具を手に入れた。


 この日から、俺の領地の開拓スピードは、文字通り桁違いに跳ね上がった。


『ガイアの息吹』は、面白いように深く、そして効率的に土を耕し、『テラの爪』は、硬い岩盤さえも砕いて畑に変えていく。


 村人たちも、その魔法のような切れ味と軽さに驚き、作業効率は数倍にもなった。


 畑は急速に拡大し、収穫量も爆発的に増加した。リリアナが切り開いた王都への販路も軌道に乗り、俺の領地には、かつてないほどの富がもたらされた。


 ***


 順風満帆。まさにその言葉がふさわしい日々が続いていたある日、小さな事件が起きた。


 村の子供たち数人が、原因不明の熱病に倒れたのだ。


 高熱にうなされ、体には赤い発疹が出ている。村の薬師も匙を投げ、為す術がない状態だった。


「アレン様、どうか、あの子たちを助けてはいただけませんか」


 村人たちは、涙ながらに俺に助けを求めてきた。


 俺が作る野菜には回復効果がある。だが、それはあくまで滋養強壮の類であり、病気を直接治す力はない。


 どうしたものかと頭を抱えていた時、俺はふと、ある植物のことを思い出した。


 以前、森を散策していた時に、植物たちから噂を聞いたことがある。


 森の奥深くに、どんな病気も癒すという、不思議な光を放つハーブが生えている、と。


『そのハーブさえあれば、子供たちを救えるかもしれない』


 俺は意を決し、その光るハーブを探しに、一人で森の奥深くへと入っていくことにした。


 リリアナや村人たちは危険だと止めてくれたが、俺を信じてついてきてくれた領民たちを見捨てることなんてできなかった。


 森の植物たちに道を聞きながら、さらに奥へ、奥へと進んでいく。


 鬱蒼と茂る木々が太陽の光を遮り、辺りは薄暗い。不気味な獣の鳴き声が、時折響き渡る。


 何時間歩き続いただろうか。


 疲れ果てた俺の目の前に、突如として、信じられない光景が広がった。


 森の中に、そこだけぽっかりと開けた空間。


 中央には、巨大な一本の木がそびえ立ち、その周りには、色とりどりのハーブや薬草が、まるで手入れされた庭のように咲き乱れている。


 そして、その薬草園の中心で、一人の女性が静かに薬草を摘んでいた。


 腰まで伸びる、銀色の長い髪。尖った耳。人間離れした、神秘的な美しさ。


 エルフだ。


 物語でしか聞いたことのない、伝説の種族が、今、目の前にいる。


 俺の存在に気づいたのか、エルフの女性はゆっくりとこちらを振り向いた。


 その透き通るような翠色の瞳が、俺を射抜く。


「……人間?あなた、どうやってこの『癒やしの庭』にたどり着いたのですか?」


 その声は、まるで楽器のように美しく響いた。


 しかし、その表情には明らかな警戒の色が浮かんでいる。


「俺は、アレン・クローバー。この近くの領主です。村の子供たちが、病気で苦しんでいる。どんな病も癒すというハーブがここにあると聞いて、探しに来ました」


 俺が事情を説明すると、彼女の表情がわずかに和らいだ。


「……病気の子供たち、ですか」


 彼女はシルフィ・グリーンウィンドと名乗った。


 何百年もの間、この森で薬草を守りながら、一人で暮らしてきたらしい。


「あなたが探しているのは、おそらくこの『月光草』でしょう。確かに、このハーブには強い治癒の力があります。ですが、人間には渡せません」


「な、なぜですか!?」


「あなたたち人間は、いつもそうだ。自分たちの都合で、森を荒らし、植物たちの命を奪っていく。この庭は、そんな人間たちから植物たちを守るための、最後の聖域なのです」


 シルフィの言葉は、冷たく、そして悲しみに満ちていた。


 彼女は、人間を信用していなかった。


「お願いします!少しでいいんです!子供たちの命を救うためなんです!」


 俺は必死に頭を下げる。


 だが、シルフィは頑なに首を横に振るだけだった。


 万事休すか。そう思った時、俺は最後の手段に出ることにした。


 俺はシルフィの目の前で、地面に生えていた名もなき草に、そっと触れた。


 そして、心の中で、その草に話しかける。


『大丈夫かい?少し元気がないみたいだけど』


『……うん。昨日、大きな鹿さんに踏まれちゃって、ちょっと茎が痛いの』


『そうか。よし、少しだけ力を分けてあげるよ』


 俺はスキルを使い、自分の生命力をわずかに草へと注ぎ込んだ。


 すると、萎れていた草の葉が、みるみるうちにシャキッと元気を取り戻していく。


 その光景を、シルフィは信じられないといった表情で見ていた。


「今……あなた、何を?」


「言ったでしょ。俺は、植物と話ができるんだ」


 俺はシルフィの目を見て、はっきりと告げた。


「俺も、あなたと同じ。植物を愛し、彼らの声を聞くことができる人間なんです。だから、彼らを傷つけるようなことは、絶対にしない」


 俺の言葉と、今見せた不思議な力。


 シルフィはしばらくの間、驚きと混乱の入り混じった表情で俺を見つめていたが、やがて、ふっと、その険しい表情を解いた。


「……信じられません。人間に、あなたのような力を持つ者がいたなんて」


 彼女は、足元に咲いていた一輪の月光草を、優しく摘み取った。


 そして、それを俺に差し出した。


「……わかりました。あなたを信じましょう。これを持って、早く子供たちの元へ」


「シルフィさん……!ありがとうございます!」


 俺は月光草をありがたく受け取り、深々と頭を下げた。


「でも、一つだけ約束してください。この庭のことは、決して誰にも言わないで」


「はい、必ず」


 俺がうなずくと、シルフィはふわりと、儚げに微笑んだ。


 その笑顔は、今まで見たどんな花よりも美しいと、俺は思った。


 こうして、俺は森の賢者であるエルフのシルフィと出会い、子供たちを救うための薬草を手に入れることができた。


 この出会いが、俺の領地にさらなる恵みをもたらすことになる。


 薬草の知識、そして、これまで誰も知らなかった森の秘密。


 シルフィという新たな仲間は、俺の農業に、そして領地の未来に、無限の可能性を与えてくれる存在となるのだった。

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