第3話「黄金の恵みと、最初の領民」
ジャガイモくんたちを植えてから、数日が過ぎた。
俺の毎日は、水やりと畑の管理、そして食料探しに明け暮れた。
食料は、辺りの植物たちに聞き込み調査を行い、「これは食べられるよ」「こっちは苦いよ」という証言を元に、食べられる野草や木の根を採取して飢えをしのいだ。我ながら、サバイバル能力が日に日に向上しているのがわかる。
そして、俺が毎日愛情を込めて世話をした畑では、驚くべき変化が起きていた。
芽を出したジャガイモくんたちは、俺のスキルによる成長促進効果も相まって、凄まじい勢いで成長していく。青々とした葉を茂らせ、ぐんぐんツルを伸ばしていく姿は、見ていて壮観ですらあった。
『アレン!のどかわいたー!』
『もっとお日様にあたりたい!』
『隣のやつ、葉っぱがこっちに伸びてきて邪魔なんだけど!』
彼らのおしゃべりは実に賑やかで、まるで託児所の先生にでもなった気分だ。
俺は彼らの要求に一つ一つ応え、時にはツルを整理してやったり、時には余分な脇芽を摘んでやったりと、甲斐甲斐しく世話を焼いた。前世ではデータと睨めっこする毎日だったが、こうして直接生命と触れ合うのは、何倍も楽しい。
そして、植え付けから一ヶ月も経たないある日。
『アレン!もう、できたよ!』
『お腹パンパン!早く掘り出して!』
ジャガイモくんたちから、待ちに待った収穫の合図が届いた。
早すぎる!前世の常識では考えられない成長スピードだ。これがスキルの力か、それとも異世界のポテンシャルか。
俺は期待に胸を膨らませ、ツルを傷つけないように、慎重に畑の土を掘り返していく。
ふかふかに改良した土は、面白いように掘り進めることができた。
そして、土の中から現れたものを見て、俺は自分の目を疑った。
「でかっ……!?」
そこにあったのは、一つ一つが俺の拳よりも大きな、見事なジャガイモだった。
しかも、その表面はまるで黄金のようにキラキラと輝いている。
試しに一つ、掘り出した芋に触れてみると、生命力に満ち溢れた、力強い声が聞こえてきた。
『どうだ!俺様の力、すごいだろ!』
まるで筋肉を自慢するような、自信満々の声だ。
次々と芋を掘り出していくと、たった数株から、抱えきれないほどの量の黄金色のジャガイモが収穫できた。これは、大成功と言っていいだろう。
俺は早速、収穫したジャガイモを調理することにした。
火は、そこら辺の石を打ち付けて火花を出し、枯れ草に着火するという、原始的な方法で起こした。これも数日のサバイバル生活で習得したスキルだ。
焚き火の中に、泥で包んだジャガイモを放り込み、じっくりと蒸し焼きにする。
しばらくすると、香ばしい匂いが漂い始め、俺の腹の虫がぐぅ、と高らかに鳴いた。
焼き上がった芋の泥を払い、熱いのを我慢しながら二つに割る。
ほっこりとした湯気と共に現れたのは、黄金色に輝く、見るからに美味しそうな中身だった。
唾を飲み込み、大きく一口、頬張る。
「うっ……ま……!」
思わず、声が漏れた。
なんだこれは。信じられないくらい甘い。まるで上質な栗きんとんのようだ。
しかも、ただ美味しいだけじゃない。
一口食べるごとに、体の奥から力が湧き上がってくるのを感じる。疲労困憊だったはずの体が、みるみるうちに軽くなっていく。
『これ、ただのジャガイモじゃないぞ……』
おそらく、俺のスキルで成長を促進され、土の栄養を極限まで吸収した結果、特別な効果を持つようになったのだろう。ポーションも真っ青の、回復アイテムじゃないか。
俺は夢中でジャガイモを食べ続け、気づけば三つも平らげていた。
体は完全に回復し、むしろ以前よりも活力がみなぎっている。
「これなら、売れる!」
このジャガイモがあれば、金になる。金があれば、まともな道具が買える。道具があれば、もっと畑を大きくできる。
俺の脳内で、未来への希望に満ちたプランが急速に組み立てられていった。
***
その数日後。
俺は収穫したジャガイモを担いで、一番近くにあるという街を目指していた。
道は植物たちに教えてもらった。彼らのネットワークは、思ったよりも広範囲に及んでいるらしい。
半日ほど歩くと、ようやく粗末な木の柵で囲まれた、小さな村が見えてきた。
村というよりは、集落と言った方が近いかもしれない。人々は痩せて、その表情は一様に暗い。この辺りも、土地が痩せていて食料事情が良くないのだろう。
俺が村の入り口に立つと、見張りをしていたらしい、クワを持った一人の老人が、訝しげな顔で近づいてきた。
「あんた、旅人かい?残念だが、この村には食わせるもんは何もねえだよ」
老人の声は、諦めに満ちていた。
俺はにっこりと笑い、背負っていた袋から、黄金色に輝くジャガイモを一つ取り出して見せた。
「いや、俺は物売りでね。この芋、味見してみないかい?とびきり美味いぜ」
老人は、ジャガイモの異様な輝きに目を丸くした。
俺が手渡すと、恐る恐る受け取り、まじまじと眺めている。
「こ、こりゃあ……一体……」
「まあ、食べてみてくれよ。腹が減ってるんだろ?」
老人は半信半疑のまま、芋にかじりついた。
その瞬間、老人の顔が驚愕に染まる。
「なっ……なんじゃこりゃあ!?」
老人はガツガツと芋を食らい、あっという間に平らげてしまった。
そして、自分の体を見回し、驚きの声を上げた。
「お、おお……腰の痛みが……体が軽い……!?」
その様子を見て、遠巻きに見ていた他の村人たちが、ざわざわと集まってきた。
俺はチャンスとばかりに、声を張り上げた。
「さあさあ、見ての通り!この黄金ポテトは、美味いだけじゃない!食べた者の疲れを癒し、活力を与える魔法の芋だ!一つどうだい!?」
村人たちは、最初は疑っていたが、老人の変わりようを見て、少しずつ興味を示し始めた。
一人がおずおずと銅貨を差し出し、芋を買っていく。
その男も、食べた途端に「力がみなぎる!」と叫び出した。
それを見て、他の村人たちも我先にと芋を買い求め始めた。
俺の持ってきたジャガイモは、あっという間に売り切れた。
手には、ずっしりと重い銅貨の袋。これが、俺がこの世界で初めて稼いだ金だった。
芋を売った後、俺は村長だという老人の家に招かれた。
彼は、改めて深々と頭を下げた。
「旅のお方……いや、アレン様。本当に、ありがとうございました。この村は、長年の凶作で、皆、生きる気力すら失いかけておりました。しかし、あなたの芋が、我々に希望を与えてくれたのです」
話を聞くと、この村も枯れ谷と同じく、土地の問題でまともな作物が育たないらしい。
俺は少し考えた後、村長に一つの提案をした。
「だったら、俺がこの村で、作物が育つ畑の作り方を教えてやろうか?」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ。その代わり、少しだけ手伝ってほしいことがあるんだが」
俺の提案に、村長は二つ返事で了承した。
こうして俺は、この寂れた村で、本格的な農業指導を行うことになった。
そして、この村の村人たちが、俺の領地における、記念すべき最初の領民となったのである。
彼らと共に、この枯れ谷を、いや、この『恵みの谷』を、本物の豊穣の地へと変えていくのだ。
ポケットの中の銅貨を握りしめながら、俺は新たな決意を固めるのだった。




