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番外編「恵みの谷の、はじめての収穫祭」

 俺が農務大臣を辞して『恵みの谷』に帰ってきてから、数ヶ月が過ぎた。


 谷は、すっかり秋の色に染まっていた。


 畑には、黄金色の小麦の穂が垂れ、ずっしりと実ったカボチャが転がり、木々には、真っ赤なリンゴがたわわに実っている。


 一年で、最も豊かな季節の到来だ。


「よし、皆!今年も、あれをやりますか!」


 ある晴れた日、俺は村の広場に皆を集めて、高らかに宣言した。


『あれ』とは、昨年から始まった、この谷の新しい伝統。


『恵みの谷・大収穫祭』だ!


「「「おおーっ!!」」」


 村人たちから、地鳴りのような歓声が上がる。


 収穫祭は、一年の収穫を祝い、大地の恵みに感謝するための祭りだ。


 この日のために、皆、一年間、一生懸命働いてきたのだ。


 祭りの準備は、数日前から始まった。


 男たちは、祭りのメイン会場となる広場に、巨大な焚き火台や、テーブル、椅子を運び込み、飾り付けを行う。


 女たちは、収穫したばかりの新鮮な食材を使って、自慢の料理の腕を振るう。


 谷中が、どこか浮き足立ったような、わくわくした空気に包まれていた。


 そして、収穫祭当日。


 空は、雲一つない、完璧な秋晴れ。


 広場の中央には、巨大な鍋がいくつも据え付けられ、食欲をそそる湯気を立ち上らせている。


 一つは、ガルガン特製の『ドワーフ風ロック鳥の丸焼き』。岩塩とハーブをすり込んで、豪快に焼き上げた逸品だ。


 一つは、シルフィ監修の『森の恵みきのこスープ』。何種類もの珍しいきのこが入った、滋味深い味わい。


 そして、リリアナ率いる女性陣が作った、色とりどりのサラダやパイ、焼き菓子が、テーブルの上にずらりと並ぶ。


 もちろん、俺も腕を振るった。


 今年の新作、『超巨大カボチャグラタン』だ。畑で採れた、子供の背丈ほどもあるカボチャを丸ごと器にし、中に特製のホワイトソースと、たっぷりのチーズ、そして、この谷で採れた野菜を詰め込んで、じっくりとオーブンで焼き上げた、見た目も味もインパクト絶大な一品だ。


 祭りの始まりは、俺の乾杯の音頭だった。


「一年の恵みに感謝して……乾杯!」


「「「乾杯!」」」


 その声を合図に、人々は一斉に料理に殺到した。


 あちこちで、「うまい!」「最高だ!」という歓声が上がる。


 子供たちは、口の周りをソースだらけにしながら、夢中で料理を頬張り、大人たちは、今年収穫したブドウで作った葡萄酒を酌み交わし、大声で笑い合っている。


 俺も、仲間たちと共に、テーブルを囲んでいた。


「くぅ~!この肉の歯ごたえと、香ばしさ!やっぱり祭りはこうでなくっちゃな!」


 ガルガンは、巨大な鳥の脚にかぶりつきながら、満足そうにうなる。


「あら、アレン。このカボチャのグラタン、すごく美味しいわね!チーズとカボチャの甘みが絶妙じゃない!」


 リリアナが、目を輝かせながら言う。


「シルフィさんのきのこスープも、体が温まりますね。色々なきのこの食感が楽しいです」


「ふふ。アレンの野菜の力が、きのこの味をさらに引き立ててくれているのです」


 シルフィが、はにかむように微笑む。


 皆の笑顔を見ていると、俺の心も、温かいもので満たされていく。


 この光景が見たかったんだ。この笑顔を守るために、俺は頑張ってきたんだ。


 宴が盛り上がってきた頃、広場の中央に作られたやぐらの上で、村の楽団による音楽の演奏が始まった。


 軽快なフィドルの音色に誘われて、人々は自然と輪になり、ダンスを踊り始める。


 リリアナが、俺の手を引いた。


「さあ、アレンも踊るわよ!ぼーっとしてないで!」


「え、ちょ、俺は……」


「いいからいいから!」


 強引に輪の中に引きずり込まれ、俺は見よう見まねでステップを踏む。


 最初はぎこちなかったが、リリアナのリードと、祭りの陽気な雰囲気に後押しされて、次第に楽しくなってきた。


 隣では、ガルガンがシルフィを相手に、巨体に似合わず、軽やかなステップで踊っている。その光景が、なんとも微笑ましかった。


 ダンスで汗をかいた後は、祭りのクライマックス。


『豊穣の祈り』だ。


 俺たちは、今年収穫した作物の中から、一番出来の良かったものを一つずつ持ち寄り、広場の中央にある、小さな祠に供える。


 そして、来年の豊作と、谷の平和を願って、皆で静かに祈りを捧げるのだ。


 俺が供えたのは、黄金色に輝く、一番大きなジャガイモ。


 リリアナは、真っ赤に熟したトマト。


 ガルガンは、ずっしりと重い黒大豆。


 シルフィは、清らかな香りを放つ、一束のハーブ。


 皆の祈りが、夜空に吸い込まれていく。


 きっと、この祈りは、この谷を守る大地の精霊に、届いているはずだ。


 祈りが終わると、夜空に、大きな花火が打ち上げられた。


 赤、青、緑。色とりどりの光の花が、俺たちの頭上で咲いては、消えていく。


 それは、リリアナが、この日のために、王都の職人に特注してくれたものだった。


「……きれい」


 隣で、シルフィがぽつりとつぶやいた。


 その横顔は、花火の光に照らされて、いつもより少しだけ、幼く見えた。


 こうして、恵みの谷の、はじめての収穫祭は、大成功のうちに幕を閉じた。


 俺たちの笑い声と、幸せな記憶を、たくさん残して。


 祭りの後片付けをしながら、俺は、来年のことを考えていた。


 来年は、どんな新しい作物に挑戦しようか。


 どんな美味しい料理を、皆に食べさせてやろうか。


 この谷は、これからも、もっともっと豊かになっていく。


 俺と、俺の愛する仲間たちと共に。


 穏やかで、満ち足りた日常。


 これこそが、俺が本当に手に入れたかった、最高の宝物なのだ。


 俺は、澄み切った秋の夜空を見上げ、そっと微笑んだ。

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