第11話「新設農務大臣、誕生の瞬間」
国王陛下の鶴の一声により、俺、アレン・クローバーは、リーフランド王国の農業改革を主導する立場となった。
まず、国王が設立を宣言したのは、これまで王国には存在しなかった、新しい役職だった。
「アレン・クローバーを、我が国の初代『農務大臣』に任命する!」
玉座の間での、国王陛下の高らかな宣言。
農務大臣。それは、王国の食料生産に関する一切の権限を持つ、重要なポストだ。
一介の辺境貴族だった俺が、いきなり大臣に大抜擢。まさに異例中の異例の大出世だ。
貴族たちからは、驚きと、そして嫉妬の視線が突き刺さる。
中でも、失脚したバルカス侯爵の派閥だった者たちの視線は、殺意すらこもっているように感じた。
『やれやれ、前途多難だな……』
だが、引き受けたからには、やり遂げるしかない。
俺は、恭しくその任命を受け入れた。
農務大臣としての俺の最初の仕事は、現状の把握から始まった。
俺は、リリアナ、ガルガン、シルフィを、それぞれ顧問という形で側近に任命し、チームを結成した。
「リリアナには、王国全土の食料流通と、市場価格の調査を頼む。どこで、何が、どれくらい不足しているのか、正確なデータが欲しい」
「任せて。私の情報網を使えば、三日でまとめてみせるわ」
「ガルガンには、各地の農具の調査と、土壌サンプルの採取を。土地に合った農具の設計には、現地の情報が不可欠だ」
「うむ。ワシの目にかなう代物が、どれだけあるか、見させてもらおう」
「シルフィには、各地の植生と、利用可能な薬草、そして水源の調査をお願いしたい。持続可能な農業には、自然との調和が何よりも大切だから」
「わかりました、アレン。森の仲間たちの力も借りましょう」
俺たちは、王都に設けられた農務省の執務室を拠点に、それぞれの任務を開始した。
まさに、専門家集団による、国家再生プロジェクトだ。
数日後、集まってきた報告を見て、俺は改めて頭を抱えた。
状況は、俺が思っていた以上に深刻だった。
長年の杜撰な農業政策により、多くの農地は地力を失い、痩せ細っていた。農具は旧式で、効率が悪い。水路は整備されておらず、天水に頼りきりの農家がほとんど。
これでは、旱魃がなくても、いつ食糧危機が起きてもおかしくない状態だった。
「これは……思ったより、根が深い問題だな」
「ええ。小手先の改革じゃ、どうにもならないわね」
リリアナも、厳しい表情でうなずく。
俺は、一つの決断を下した。
「モデルケースを作るんだ。俺たちの『恵みの谷』で成功した農法を、まずは一つの地域で徹底的に実践し、成功例として示す。それが、一番の近道だ」
俺がモデル地区として選んだのは、王都に近く、そして旱魃の被害が最も深刻だった、中央平原の一角だった。
俺は、国王の許可を得て、その地域の農民たちを集めた。
彼らは、長年の凶作と旱魃で、すっかり希望を失っていた。その目は、濁り、生気がない。
「皆に、集まってもらったのは他でもない。今日から、君たちの農業のやり方を、根本から変えてもらう」
俺の宣言に、農民たちは訝しげな顔をするだけだ。
「どうせ、貴族様のお遊びだろう」
そんな空気が、場を支配していた。
俺は、言葉で説明するよりも、実践で示すことを選んだ。
まず、俺が持ち込んだのは、大量のコンポストだ。『恵みの谷』から、輸送部隊を編成して運んできたものだ。
「いいか、皆!豊かな作物は、豊かな土から生まれる!まずは、この死んだ土を、生き返らせるんだ!」
俺は自らクワを手に取り、コンポストを畑にすき込み始めた。
その姿を見て、最初は戸惑っていた農民たちも、一人、また一人と、作業に加わり始めた。
ガルガンが、この土地に合わせて改良した、新しい農具の切れ味に、彼らは驚きの声を上げた。
次に、シルフィが、近くの森からマメ科の植物の種を大量に集めてきた。
「この種を、畑に蒔いてください。彼らが、空気中から栄養を集め、土を肥やしてくれます」
いわゆる、緑肥農法だ。
農民たちは、半信半疑ながらも、シルフィの指示に従った。
そして、俺は最後の仕上げに取り掛かった。
俺が懐から取り出したのは、『恵みの谷』で品種改良を重ねた、旱魃に強い小麦の種だ。
「この種は、少ない水でも力強く育つ。君たちの希望の種だ」
俺は、植物と対話するスキルを使い、種たちに語りかけた。
『いいか、お前たち。ここは、お前たちの故郷よりも、少し過酷な環境だ。だが、負けるな。この土地に根を張り、黄金の穂を実らせて、人々を笑顔にするんだ』
『うん、アレン!まかせて!』
種たちから、力強い返事が返ってくる。
俺は、その種を、農民たち一人一人に、手渡した。
「信じて、育ててみてくれ。必ず、この畑は、黄金の輝きを取り戻す」
俺の真剣な目に、農民たちの心も、少しずつ動き始めているのがわかった。
それから、俺たちは、その村に泊まり込みで、農業指導を続けた。
朝は農民たちと共に畑に出て、昼はリリアナが考案した栄養満点の炊き出しを食べ、夜は今後の計画を練る。
泥と汗にまみれた、ハードな毎日。
だが、それは、俺が農務大臣として、どうしても成し遂げたかったことだった。
机の上で、偉そうに指示を出すだけの大臣には、なりたくなかったからだ。
数週間後。
俺たちの指導した畑に、奇跡が起きた。
周りの畑が、未だに枯れたままだというのに、俺たちの畑だけが、美しい緑の絨毯で覆われていたのだ。
マメ科の植物が大地を覆い、その間から、小麦の力強い芽が、天に向かって伸びている。
その光景を見た農民たちは、言葉を失い、やがて、その場にひざまずいて、泣き始めた。
それは、絶望の涙ではなかった。
希望の光を見出した、歓喜の涙だった。
「大臣様……!ありがとうございます……!」
彼らは、俺の手を取り、何度も何度も頭を下げた。
その時、俺は、この仕事の本当のやりがいを知った気がした。
この成功は、すぐに王国中に広まった。
『クローバー農法』と名付けられた俺たちのやり方を、教えてほしいという領主や農民が、各地から殺到した。
リーフランド王国に、農業革命の風が、吹き始めた瞬間だった。
もちろん、すべてが順調だったわけではない。
俺たちのやり方を快く思わない、保守的な貴族たちの妨害もあった。
だが、俺たちには、国王という強力な後ろ盾と、何よりも、『食』の力で国を救いたいという、強い意志があった。
俺は、執務室の窓から、活気を取り戻しつつある王都の街並みを眺めた。
道のりは、まだ長い。
だが、確かな手応えを感じていた。
この国は、変わる。
恵みの谷から始まった小さな一歩が、今、王国全体の未来を、豊かに実らせようとしていた。




