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第1話「ブラック企業からの転生先は、不毛の領地でした」

【登場人物紹介】

◆アレン・クローバー

本作の主人公。ブラック企業で農業バイオの研究者として働いていたが過労死し、異世界の貧乏貴族の三男に転生した。不毛の領地「枯れ谷」を押し付けられるも、前世の農業知識と、植物と対話できるユニークスキル『プランツ・ウィスパー』を駆使して領地改革に乗り出す。温厚な性格だが、行動力と探究心は人一倍。仲間と美味しいものを食べるのが何よりの幸せ。


◆リリアナ・メープル

行商人の娘で、若くして卓越した商才を持つ少女。アレンが作った規格外の作物の価値を最初に見抜き、彼のビジネスパートナーとなる。明るく快活な性格で、その交渉術と算盤勘定は大人顔負け。枯れ谷の経済発展に大きく貢献する。美味しいものに目がなく、アレンの作る料理の虜。


◆ガルガン・ロックハンマー

伝説の鍛冶師の系譜を継ぐ、頑固で無骨なドワーフの職人。「土は裏切らない」が口癖で、最高の農具を作ることに情熱を燃やす。最初はアレンを若造と見くびっていたが、彼の土への真摯な姿勢と知識に感銘を受け、最高の相棒として特製の農具を提供してくれる。


◆シルフィ・グリーンウィンド

人里離れた森に住むエルフの薬草師。植物に関する深い知識を持ち、特に薬草やハーブの扱いは右に出る者はいない。アレンのスキルに興味を持ち、彼の領地で栽培される多種多様な植物の研究を手伝うようになる。物静かでミステリアスな雰囲気だが、心優しい女性。

『ああ、ダメだ。意識が……』


 朦朧とする意識の中、最後に目にしたのは、積み上げられた実験データと、モニターに映し出された遺伝子配列の羅列だった。


 俺、佐山健二は、農業バイオ系のブラック企業に勤めるしがない研究者だった。連日の徹夜と過酷なノルマの果てに、あっけなくその生涯の幕を閉じたらしい。享年30歳。我ながら、あまりにも報われない人生だった。


 次に目を開けた時、俺はふかふかのベッドの上にいた。見知らぬ天井、嗅いだことのない木の匂い。そして、自分の体が驚くほど小さくなっていることに気づいた。


「アレン様、お目覚めですか!」


 可愛らしいメイド服を着た少女が、心配そうに俺の顔をのぞき込んでいる。


 アレン?誰のことだ?


 混乱する俺の頭に、まるで洪水のように別の誰かの記憶が流れ込んできた。


 アレン・クローバー。リーフランド王国に仕えるクローバー子爵家の三男。病弱で、ずっと部屋に引きこもっていた少年。それが、今の俺らしい。


『マジかよ、異世界転生ってやつか……』


 ラノベや漫画で散々見た展開だが、まさか自分の身に起こるとは。


 しかも貴族の家に転生とは、これは勝ち組ルートか?ブラック企業での社畜人生とはおさらばして、悠々自適のスローライフが送れるかもしれない!


 そんな淡い期待は、数日後、父である子爵に呼び出されたことで、木っ端みじんに打ち砕かれた。


 ***


 書斎に呼び出された俺を待っていたのは、見るからに厳格そうな父と、意地の悪そうな笑みを浮かべる二人の兄だった。


「アレンよ。お前ももう15歳。いつまでも病弱を理由に、家に引きこもっているわけにはいかん」


 父は冷たい声でそう切り出した。


「つきましては、お前に新たな領地を与えることにした。本日付で、あの『枯れ谷』の領主となれ」


「枯れ谷?」


 聞き慣れない地名に、俺は思わずオウム返しにつぶやく。


 その瞬間、二人の兄がこらえきれないといった様子で吹き出した。


「ぷっ、父上!病み上がりのアレンに、あの『枯れ谷』はあんまりではありませんか!」


「まったくだ。岩と雑草しか生えぬ不毛の地。税収はゼロどころかマイナス。歴代の誰もが統治を諦めた呪われた土地……まさに厄介払いにはうってつけですな!」


 兄たちの嘲笑混じりの言葉で、俺はすべてを察した。


 要するに、これだ。


 病弱で何の役にも立たない三男坊を、体よく家から追い出すための口実。それが、この領地下賜の真相だった。


 なるほど、異世界もブラックなことに変わりはないらしい。


 ***


 数日後、俺は一頭の痩せた馬と、最低限の荷物だけを持たされ、文字通り一人で『枯れ谷』へと送り出された。


 見送りに来たのは、最初に対応してくれたメイドの少女だけ。彼女は涙を浮かべながら、手作りのサンドイッチを俺に握らせてくれた。


「アレン様、どうかご無事で……」


 その優しさだけが、今の俺の唯一の救いだった。


 馬に揺られて半日。目の前に広がる光景に、俺は言葉を失った。


 枯れ谷。その名は、あまりにも的確だった。


 ごつごつとした岩肌が剥き出しになった大地。生命力を感じさせない、茶色く枯れた雑草。乾いた風がヒューヒューと吹き荒れ、砂埃を舞い上げる。


 これが、俺の領地。


 どこを見渡しても、畑になりそうな土地は見当たらない。人も住んでいる気配すらない。あるのは絶望的なまでの荒野だけだ。


「はは……こりゃひどい。ブラック企業の方がまだマシだったかもな……」


 乾いた笑いが漏れる。


 食料はメイドさんがくれたサンドイッチだけ。水も残りわずか。このままでは、過労死の次は餓死エンドが待っている。


 途方に暮れて、俺はその場にへたり込んだ。


『どうすりゃいいんだよ、こんな状況……』


 前世の知識が頭をよぎる。


 農業バイオの研究者として、俺はありとあらゆる植物の生態や土壌について学んできた。痩せた土地を蘇らせる技術だって知っている。


 だが、それはあくまで設備や資材があっての話だ。今の俺にあるのは、この体一つ。あまりにも無力だ。


 その時だった。


 ふと、足元の雑草に目が留まった。


 枯れているように見えて、よく見ると根元にほんの少しだけ緑色が残っている。必死に生きようとしている、小さな命。


『お前も、大変なんだな……』


 無意識に、そっと雑草に手を伸ばす。


 指先が触れた瞬間、脳内に直接、声が響いた。


『……水……みずが、ほしい……おなかが、すいた……』


「うおっ!?」


 あまりの驚きに、俺は飛び上がった。


 今のは何だ?幻聴か?


 恐る恐る、もう一度雑草に触れてみる。


『ひかり……もっと、おひさまのひかりが……』


 間違いない。この雑草が、俺に話しかけてきている。


 まさか。いや、でも。


 俺はゴクリと唾を飲み込み、おそるおそる心の中で問いかけた。


『お前、喋れるのか?』


『……?しゃべるって、なあに?でも、あったかい……きもちい……』


 通じた!


 なんだ、これ。なんだこの能力は!


 これが、異世界転生におけるチートスキルというやつか!?


 俺は興奮して、辺りの植物に片っ端から触れて回った。


 岩の隙間に生える、か細い草。枯れ木のように見える低木。そのすべてが、俺に話しかけてきた。


 彼らの声は、どれもか細く、苦しそうだった。水が足りない、栄養が足りない、土が硬い。悲痛な叫びが、俺の心に直接響いてくる。


『そうか……お前たちも、苦しんでたんだな』


 植物たちの声を聞いているうちに、不思議と心が落ち着いてきた。


 絶望的な状況は変わらない。だが、独りではない。この荒野で、必死に生きようとしている仲間たちがいる。


 そして、彼らの苦しみを取り除けるのは、世界でただ一人、俺だけなのかもしれない。


 俺の胸に、ふつふつと何かが込み上げてきた。


 それは、研究者としての探究心であり、前世では感じたことのなかった、使命感のようなものだった。


「よし」


 俺は立ち上がり、力強く拳を握った。


 枯れ谷、上等だ。


 不毛の地、望むところだ。


 俺の農業知識と、この『プランツ・ウィスパー』とでも名付けるべきスキルがあれば、きっとこの土地を蘇らせることができる。


 ブラック企業で培った知識と経験、そして異世界で手に入れたチート能力。


 それらを総動員して、この最悪の環境で、最高の農地を作り上げてやる。


 俺の異世界でのセカンドライフは、餓死寸前のどん底からのスタートとなった。


 だが、不思議と心は晴れやかだった。


 目の前に広がる荒野が、無限の可能性を秘めた実験場に見えてきたからだ。


「まずは……飲み水の確保と、寝床の確保だな」


 やるべきことは山積みだ。


 俺は空を見上げ、ニヤリと笑った。


 かつて「枯れ谷」と呼ばれたこの土地が、やがて王国中の人々から「恵みの谷」と呼ばれるようになる。


 そんな未来を、この時の俺はまだ知る由もなかった。

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