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第十話 リアルステージ

 ドカン——!


 雷が落ちたかのような衝撃とともに、群星殿はかつてないほどの騒然に包まれた。


「……リアル、ステージ?」


「うそだろ……今、そう言ったよな?」


「冗談だろ……命懸けじゃないか!」


「運営、正気か!?」


「死ぬぞ……本当に死ぬんだぞ……!」


「待て、今言ったよな? 輝光値グロウ……今この場で獲得できるって?」


「つまり、ステージ内で吸収できるってことか……?」


「じゃあ、条件さえ満たせば……」


「その場でスキル解放できるってことじゃないか!?」


「チャンスだ……これは、とんでもないチャンスだ!」


 恐怖、歓喜、疑念――

 理解しきれない感情が疫病のように人々の間を駆け巡り、

 さっきまで取り繕っていた笑顔は一瞬で剥がれ落ちた。


 だが、大手事務所出身で厳しい訓練を積んできた雲錦チームの面々は、

 誰一人として浮かれた様子を見せなかった。


 彼らの顔色は蒼白だった。


 輝光値の誘惑がどれほど甘くとも、

 今の実力で“リアルステージ”に踏み込めば、

 生存を保証できないことを、彼らは理解していた。


 夏樹の唇に浮かんでいた余裕の笑みも、

 この瞬間、完全に凍りついた。


 Dエリアの端。


 はるは困惑した表情で周囲を見回し、

 明らかに震えている仲間たちを見て、

 隣の練習生を軽くつついた。


「……Ringさん?が何か、おかしなこと言ってたっけ?」


 つつかれた練習生は、

 まるで驚いたウサギのように肩を跳ねさせ、

 信じられないものを見る目で彼を見た。


「お前……今、Ringが何を言ったか、聞いてなかったのか?」


「リアルステージだぞ? 脱落=死の!」


「今までのオーディション、見たことないのか?

 リアルステージが何を意味するか、分からないのか!?」


 陽はぱちりと瞬きをして、正直に答えた。


「うーん……分からない、かな。

 前に住んでたところ、電波があんまり良くなくて、

 こういう番組、ほとんど見られなかったんだ」


 彼が育ったのは、

 天幕ヘヴンズカーテンの電波すら途切れがちな貧民区。

 娯楽の噂よりも、怪異の影のほうが身近な場所だった。


「……電波、悪い?」


 練習生は思わず失笑した。

 その顔には呆れと、わずかな憐れみが混じっている。


「だったら尚更だ。

 今までは全部“安全なシミュレーション”だったんだ。

 失敗しても、死ぬことはなかった」


「でも今回は違う。

 これは本物の【深淵アビス】だ。

 入ったら、本当に死ぬ」


「脱落=死亡。

 それを分かってないのかよ!?」


「……死ぬの?」


 はるは頭をかき、

 なぜか恐怖ではなく、

 腑に落ちたような表情を浮かべた。


「でも……

 俺たち、いずれは入らなきゃいけないんでしょ?」


「だったら、早く入って、早く慣れたほうが……

 良くない?」


「……お前……」


 練習生は言葉を失った。

 喉元までせり上がった怒りと呆れを、

 歯を食いしばって抑え込む。


「リアルステージの平均死亡率、知ってるか?」


「三割だ。“最低”でも三割だ。

 それを“早く慣れる”だと?」


「……お前、頭、怪異にでも蹴られたのか?」


 だが次の瞬間、

 その少年は、

 心底不思議そうに聞き返した。


「……え?

 死亡率って、どうやって知ったの?」


「…………」


 練習生は完全に沈黙し、

 そのまま顔を背けた。


 これ以上、この命知らずと話す価値はない――

 そう判断したのだった。


 Aエリア。


 リアルステージの衝撃により、

 凌空の存在感は一気に薄れていた。


 大半の練習生は不安と動揺に囚われ、

 ただの“無謀な命知らずのDランク”など、

 もはや目に入っていなかった。


 そして、凌空は気づいていた。


 隣の人物――

 シリルの反応が、明らかに他と違っていたのだ。


 その視線に気づいたのか、

 シリルは逆に問いかけてきた。


「随分と落ち着いているな。

 事前に聞いていたのか?」


 凌空は眉をわずかに上げ、

 穏やかに返す。


「俺は小さな事務所の練習生ですよ。

 運営の内部事情なんて、知るわけがないでしょうに」


「……そうか。

 なら、我々全員、この“サプライズ”に

 足元をすくわれた、というわけだな」


 凌空は微笑み、

 それ以上は何も言わなかった。


 ――やはり、

 序盤の反派役は伊達じゃない。


 シリルは数百年続く名門一族の出身。

 その影響力は、

 番組の後ろ盾であるソリュー・エンターテインメントですら、

 無視できないほどだ。


 ステージの一部のルール、

 重点的に注目されている参加者、

 あるいは“水面下の配置”――

 彼が知らないはずがない。


 だが、それを公に語ることはない。


 その時。


 Ringの、空気を貫く声が再び響いた。


「――静かに!」


 見えない圧が降り注ぎ、

 場内のざわめきは瞬時に凍りついた。


 セイラが、

 その空気を引き取るように口を開く。


「ですが、運営は皆さんを

 無意味に死地へ送るつもりはありません」


「今、この場で――

 最後の選択肢が与えられます」


「棄権を選ぶ者は、

 今すぐ『IDOL or DIE』から退出可能です。

 命は保証されますが、

 アイドルになる資格は失われます」


「残る者は――

 【封塵座敷】へ足を踏み入れることになります」


「そこは、

 歌舞伎と能が交錯する“生の舞台”。

 死の縁に立ちながら、

 本物の偶像へと至る扉です」


「代償は――

 現実の“死”と、正面から向き合う覚悟」


 彼女は両腕を広げた。


「十秒以内に、選びなさい」


 セイラの言葉は頭上から振り注ぐ氷水のように、

 一部の者が最後まで縋っていた淡い希望を、無情に打ち消す。


 凌空の視界の端で、

 彼のすぐ下の席にいた一人が、

 突然、弾かれたように立ち上がる。


 顔面は蒼白だった。


「……や、やめます!

 俺、降ります! 収録もしません!」


 まるで運営に引き戻されるのを恐れるかのように、

 その男はほとんど転げるように出口へ向かって駆け出した。


 一人が逃げれば、連鎖は早い。


 恐怖に押し潰された数人が、

 次々と立ち上がり、

 振り返る余裕すらなく、会場を後にする。


 その背中は、あまりにも無様だった。


 凌空は、彼らが座っていた位置を静かに見比べる。


 ――全員、

 背後に事務所を持たない、いわゆる“個人参加者”。


 一攫千金を夢見て、

 番組の話題性に賭けただけの者たちだ。


 まさか本当に、

 命を差し出す覚悟まで求められるとは、

 思っていなかったのだろう。


 本来、予選を突破できた時点で、

 彼らの実力は決して低くない。


 だが――

 天幕都市に守られた生活に慣れすぎた結果、

 彼らは“アイドルの光”しか見てこなかった。


 その裏で、

 アイドルとは、

 怪異蠢くステージを渡り歩く、

 命懸けの存在であることを、

 忘れてしまっていた。


 それ以降、

 立ち上がる者はいなかった。


 百人を超えていた参加者は、

 わずかな時間のうちに――

 九十人へと減っていた。


「――タイムアップ」


 セイラの声は、

 相変わらず甘く澄んでいたが、

 一切の反論を許さぬ冷酷さを帯びていた。


「それでは、残った皆さん、

 おめでとうございます」


「あなた方は正式に、

 『IDOL or DIE』の参加者となりました」


「これより――

 生き残るために不可欠な

 【封塵座敷】のルールを説明します。

 どうか、よく聞いてください」


 逃げ出した者たちに、

 セイラも、Ringも、

 それ以上の視線を向けることはなかった。


 ――王冠を戴く者は、

 その重さを背負わねばならない。


 何の代償も払わずに、

 成功などあり得ない。


 その瞬間。


 参加者たちの前方にある巨大スクリーンのポスターが、

 音もなく拡大された。


 細部まで、はっきりと映し出される。


 剥がれ落ちた壁の漆喰うるしばみ

 色褪せた朱塗り(あかぬり)

 そして舞台上方に掲げられた一枚の額。


 ――【芸は命より重し】。


 ポスターの縁には、

 まるで血で書かれたかのような、

 歪んだ文字が滲み出る。


【ステージ名】:

 封塵座敷(Dランク)


【中核ルール】:

 入座・破妄にゅうざ・はもう


【クリア条件】:

 座敷が閉じるまで(48時間以内)に少なくとも一演目を最後まで演じ切り、“観客”の賞賛を得ること。


【失敗条件】:

 制限時間の終了;

 演者の全滅;

 演目の完全崩壊。

次章からステージに入ります

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