第一話 開幕――デビューか、死か
「ついたぞ、ほら、あの建物だ」
「え……」
「仕事は覚えているな、余計な真似はするなよ」
「……はい」
「いいか、入ったらちょろちょろするんじゃねえぞ、カメラはお前が思っているよりも多いんだからな」
「それは、はい。でも……」
「でも、だと?!一次選考も通れないようならフリーターとして一人でステージに入るんだな!」
「……え、いやでも俺はただの下見役じゃ」
「なぁぁにが下見役、だ!銀行強盗でもつもりか貴様は。寝ぼけてんのか元々阿呆なのか知らんがさっさと書類をもって会場に行け、じゃあな!」
言い終わるや否や、凌空は相手に押され、無理やり車から降ろされてしまった。
振り返ってみるとすでに車は跡形もなく走り去っていた。
凌空は仕方なくため息をつく。
目覚めたばかりで何の記憶もない状態、相手が言う仕事だのカメラだのの意味もよく理解できず、何らかの業界用語だと思い込んでいたのだ。
そしてもし仕事が失敗したら死ぬ、とも。
しかし書類をもらった今の凌空からすれば、それはもはや自身の完璧なる勘違いということも理解できた。
車内で渡された書類の内容を思い出し、凌空は眉をひそめた。
少し長めの前髪の隙間から彼は目の前の巨大建造物を見上げる。巨大な塔と広告スクリーンが融合し、中華サイバー風の巨大建造物がそこにそびえ立っていた。
青空の下、様々なホバーカーが飛び交い、力強い男性の声が街に響き渡る――
「誰も生まれつき平凡なんかじゃない、誰でも輝く星になれるんだ!」
丁度凌空の目の前にあるバーチャルスクリーンに、一匹の怪物がカメラに向かって飛びかかる!
しかし次の瞬間、一筋の光線が怪物を瞬時に蒸発させる。煙を踏みしめながら現れたのは、きらびやかな衣装を纏った非常に顔が整っている青年だった。
足元の血で汚れた環境とは違い、彼は顔を上げるとすぐにアイドルたちによく見るさわやかスマイルを浮かべ、空いた左手を頬に当て、カメラに向かってハートのジェスチャーをした。
そして先ほどの男の声は続く:
「深淵からの影をまだ恐れているのか?
影を恐れるより、闇を突き破る光になれ
『IDOL or DIE』
運命を変えるチャンスを掴み取ろう!」
煽動的なその内容と口調は、まるで死と隣り合わせのサバイバル企画の紹介ではなく、普通のアイドルオーディションの企画を紹介しているかのようだ。
そう、彼は転生した。
しかも異世界転生どころか、凌空は漫画の中に転生してしまったのだ。
凌空の元の世界では、ショート動画の台頭により生活のリズムが速まり、伝統的な映像業界も冬の時代を迎えていた。
小説や漫画の原作を元にした短編ドラマが次々と登場し、短く爽快な作品が仕事で疲れた大多数を惹きつけていた。
なんせ一日中働いたり勉強したりした後じゃぁ、誰も難解なストーリーや苦しい人間ドラマを見たくはないだろう。短くてわかりやすいショート動画が、まさに彼らの求めるものだった。
それにより、もともと人手不足だった監督業はさらに厳しい状況になった。
伝統を守る同業者とは異なり、凌空は数本の大ヒット作を手掛けた新人監督ではあったが、自己満足に陥ることはなかった。
彼にとって、人々が喜ぶものこそ本当の芸術であり、エリート主義のためだけの作品や時代と乖離した空想ではなかった。
例えば伝統派は現代派を蔑み、芸術派も商業派を軽蔑する。簡単な話、凌空にとってはまた次の時代が来た、それだけのことだった。
そして丁度次の撮影の台本を探しているときに、凌空はこの漫画を見つけたのだ。
その漫画のタイトルも
――『輝け!アイドルたちのサバイバル企画』。
アイドルがダンジョンでモンスターを倒しながら歌って踊る、規格外の作品。
名前だけ見ればまるで寄せ集めの失敗作のように見えるが、実際は二年連続ランキング1位の大人気作。
十年前、物語の世界に【深淵】と呼ばれる異界の断片が出現した。
そこは現実とは異なる“歪んだルール”が支配する空間で、侵食が進むと都市すら飲み込まれる。
一度巻き込まれれば、生還率はわずか10%。
絶望に直面した人類は、ある事実に気づく。
——強烈な“集団感情エネルギー”は、深淵のルールを書き換える。
その力を抽出するため開発されたのが世界規模のネットワーク、
天幕
視聴、コメント、投票——
人々の“感情”を「輝光」へ変換し、挑戦者へ与えるシステム。
輝光が溜まればスキルや武器が解放され、生存率が上がる。
こうして“人々に希望を与える光”として、
アイドルがダンジョンに挑む時代が始まった。
企業はこぞってアイドルを量産し、危険なダンジョンを番組化。
逃げながらスポンサーの広告を叫び、笑顔を振りまき、ファンから輝光を受け取る。
その裏で、仲間の死を静かに見送る——。
それがこの世界での生き方。
そして、漫画の主人公たちは、この《IDOL or DIE》からデビューし、世界を救った。
だが——
凌空が乗っ取ってしまったこの体は主役でもなく主人公の周りにいる仲間でも何でもない、モブ中のモブ。
しかも漫画に一度だけ登場して、そのたったの一度で死んでしまう。
車の中で目覚めた瞬間、凌空は理解した。
これは夢でも妄想でもなく、リアルだ。
ファイルを開けば、外見の一覧以外何一つ一致していないプロフィールが凌空の目に映る。
性格欄には——
「明るい・天然・腹黒・努力家・食いしん坊」
と書かれていた。
——何だこの詰め放題は。矛盾だらけだろうに、いったい誰が考えたんだか。
凌空は苦笑しながらプロフィールが書かれた紙を丸め、ゴミ箱へ捨てる。
機械が作動し、粉々になる。
前の持ち主の記憶は何一つ残っていない。
ただ、ひどく怯えていた感情だけが薄く残っていた。
凌空は深呼吸し、心の中で呟く。
——ヘヴンズ・カーテン。
淡い青のパネルが目の前に展開する。
【名前:紫崎凌空】
【年齢:20】
【肩書:アイドル練習生】
【人気:Lv1(0/1000)】
【残り寿命:3日】
【外見:A−】
【歌唱:C】
【敏捷:C+】
【演技:D−】
【天賦:なし】
【スキル:なし】
【総合評価:D(アイドル適正ゼロ、転職を推奨)】
【システム通知:意識覚醒を確認。人気値システムを接続しました——】
人気値:読者からの好感情を数値化。
1000ごとに寿命が1日延び、レベルアップでステータス上昇。
「……三日。」
心臓が冷たく跳ねた。
まさに漫画で“前の持ち主”が死んだ日だ。
このままなら、凌空も同じ運命を辿る。
なら——やることは一つ。
生き残る。
人気を稼ぎ、寿命を延ばし、ステータスを強化し、
この世界の“真相”を掴む。
凌空は深呼吸し、建物の自動ドアへ歩き出す。
中へ足を踏み入れると、制服姿の受付が微笑みながら迎えた。
完璧すぎる企業スマイル。
「ようこそ《IDOL or DIE》へ!
新星の皆さまは虹彩認証を済ませ、右手側の『スターライトホール』へどうぞ。
専属スタッフが一次チェックをいたします。
ご商談のお客様は左手のVIPラウンジへ——」
主人公は決められたステージに入り、決められた役を演じながらクリアを目指さなければいけないので、ステージ一つ一つの話数は多めで、メインはステージの中の話で、現実のストーリーはあくまでも幕間のようになると思います




