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職員室の四銃士  作者: 花曇り


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18/22

決戦のオープンキャンパスと迷走する人虎伝

 九月上旬。夏休みの気配がまだ色濃く残る、残暑厳しいある日の午後。星ヶ丘中高一貫校の職員室に、教頭先生の非常招集ラッパ(比喩ではなく、実際に防災訓練用のメガホンを使ったサイレン音)が鳴り響いた。

「総員、第一会議室へ集結せよ!これは訓練ではない!繰り返す、これは訓練ではない!」

空木、海田、川島、そして羽上。通称「職員室の四銃士」の四人は、食べかけの弁当や採点中の答案を放り出し、会議室へと走った。

会議室の扉を開けると、そこにはホワイトボードの前に仁王立ちする教頭先生と、沈痛な面持ちで座る校長先生の姿があった。ホワイトボードには、赤い太字でデカデカとこう書かれていた。

『緊急事態!受験者数を倍増せよ!〜オペレーション・オープンキャンパス〜』

「……また面倒な予感がするな」  

空木が小声で呟く。

「諸君!」  

教頭が指示棒でホワイトボードを叩いた。

「知っての通り、来週は本校の『オープンキャンパス(学校説明会)』である。少子化の波が押し寄せる今、ここでどれだけの中学生とその保護者の心を掴めるかが、来年度の学校経営、ひいては我々のボーナスにかかっているのだ!」

『ボーナス』という単語が出た瞬間、四人の目の色が変わった。特に川島は、目が¥マーク(あるいは肉マーク)になった。

「そこでだ。今年から新たな試みとして、若手教員による『名物パフォーマンス』を導入することにした」

「め、名物パフォーマンス……?」  

嫌な予感が確信に変わる。

「そうだ。君たち四人には、それぞれの持ち場において『伝説』を残してもらう。来場者が『この先生に習いたい!』『この学校に入れば人生バラ色だ!』と錯覚……いや、確信するような、魂のプレゼンテーションをしてくれたまえ!」

教頭が四人を指差した。

「空木先生!君は国語の『模擬授業』だ。ただし、ただの授業ではない。感動と衝撃を与えるエンターテインメント授業だ!」

「エ、エンタメ授業!?」

「海田先生!君は『学校紹介プレゼン』だ。最新データを駆使し、保護者の不安を消し去る完璧なロジックを展開せよ!」

「了解です。洗脳……いえ、説得はお任せを」

「羽上先生!君は『校内キャンパスツアー』のガイドだ。その無駄に整った顔面とトーク力で、女子中学生とお母様方をメロメロにしろ!」

「任せてください。僕自身が観光名所になります」

「そして川島先生!君は『学食体験コーナー』だ。本校の学食がいかに美味で、かつボリューミーであるかを、君自身の食べっぷりで証明せよ!」

「マジっすか!食べるだけでいいんすか!天職っす!」

「失敗は許されない。もし来場者アンケートの満足度が低かった場合……君たちの席を、職員室ではなく屋上の給水塔の横に移動させる!」

「ひいいい!それだけは!」

こうして、学校の命運と自分たちの居場所をかけた、過酷な一週間が始まった。

        

 準備期間。放課後の職員室。 四人はそれぞれの課題に取り組んでいたが、進捗は芳しくなかった。

まずはリーダーの空木。 彼は模擬授業の題材選びで迷走していた。

「感動と衝撃……。やはり『走れメロス』か?いや、あれはこの前ICTで失敗したしな……」  

空木が頭を抱える。

「ここは一つ、高校国語の定番にして最高難易度の『山月記さんげつき』で行くか!」

『山月記』。エリートだった男・李徴りちょうが、プライドの高さゆえに虎になってしまうという、中島敦の名作である。

「よし、俺が李徴になりきるんだ!『臆病な自尊心』と『尊大な羞恥心』……。これこそ俺の三十五年の人生そのものではないか!」  

妙なところで共感してしまった。

「海田、羽上、川島!手伝ってくれ!俺が虎になるための演出が必要だ!」

「虎ですか……」  

海田がパソコンから顔を上げる。

「論理的に考えて、ただ朗読するだけではインパクトに欠けますね。プロジェクションマッピングでも使いますか?」

「予算がない!アナログで勝負だ!」

「じゃあ、僕がメイクしましょうか?」  

羽上が化粧ポーチを取り出す。

「劇団四季の『キャッツ』みたいなメイクならできますよ。僕の顔で練習済みですから」

「お前、夜な夜な何やってるんだ……」

「ボス!俺、虎の着ぐるみならドンキで見たことあるっすよ!」  

川島が提案する。

「いや、着ぐるみは暑いし動きにくい。……そうだ!小道具だ!草むらとか、岩とかを作って、教室をジャングルにするんだ!」

方向性がどんどんズレていく中、空木の熱意だけは空回りしつつ加速していった。一方、海田のプレゼン準備も難航していた。

「……ダメだ。データが正直すぎる」  

海田がモニターを睨む。グラフには『生徒の遅刻率上昇』『学食のカロリー過多』『教員の未婚率(主に四銃士)』などのネガティブデータが並んでいる。

「これをどうやって『自由な校風』『充実した食生活』『情熱的な独身教師』と言い換えるか……。レトリックの魔術が必要ですね」

羽上は、ツアーコースの下見をしていたが、最大の敵は「鏡」だった。

「あ、ここの踊り場、自然光がいい感じ。自撮りチャンス!」  

五メートル進むごとに自撮りをするため、所要時間が通常の三倍かかっていた。

「当日はスマホ没収だな」

と海田に釘を刺される。そして川島。彼は家庭科室で、試食用の『星ヶ丘特製カレー』の試作をしていた。

「味はいい……。でも、何かが足りない……。インパクトだ!」  

彼は、隠し味にプロテイン、トッピングに唐揚げ、ハンバーグ、エビフライ、そしてなぜか大福を乗せた『わんぱく全部乗せカレー』を開発してしまった。

「これなら中学生男子のハートを鷲掴みっす!」

「胃袋を破壊する気か!」

と空木に却下された。

        

 そして迎えた、オープンキャンパス当日。快晴。気温三十度超え。正門には『ようこそ星ヶ丘へ!』のアーチがかかり、朝から多くの中学生と保護者が詰めかけていた。職員室では、四人が円陣を組んでいた。

「いいか、お前たち!今日が勝負だ!屋上の給水塔横に行きたくなければ、死ぬ気でやれ!」  

空木が檄を飛ばす。

「了解です。僕の完璧なプレゼンで、保護者の財布の紐を緩めてみせます」  

海田が眼鏡を光らせる。

「僕の美しさで、女子中学生を入学予約させてみせますよ」  

羽上が髪をかき上げる。

「俺の食いっぷりで、学食の在庫を空にしてみせるっす!」  

川島が鼻息を荒くする。

「よし、散れ!健闘を祈る!」

四人はそれぞれの戦場へと向かった。

        

 【戦場1:視聴覚室 〜海田のデータ・マジック〜】

 数百人の保護者で埋め尽くされた視聴覚室。 海田はステージの中央に立ち、レーザーポインターを構えた。スクリーンには、複雑怪奇なグラフが投影されている。

「えー、本校の偏差値推移ですが、ご覧の通り、一見すると横ばいに見えます。しかし!」  

海田がポインターを振る。

「このグラフを対数変換し、さらに三次元回転させると……なんと、右肩上がりに見える角度が存在するのです!」

会場がざわつく。

「え?どういうこと?」

「騙されてない?」

「さらに、本校の進学実績。東大合格者はゼロですが、その代わり、『東京に行きたいと願う生徒』の割合は100%です!志の高さは日本一と言えるでしょう!」  

詭弁だ。完全なる詭弁だ。 しかし、海田の自信満々な態度と、無駄にイケメンなビジュアルに、保護者たちは

「な、なるほど……」

と頷き始めていた。

 【戦場2:校内通路 〜羽上のハーメルン・ツアー〜】

 「さあ、可愛い子猫ちゃんたち、僕についておいで!」  

羽上が旗を振ると、女子中学生の集団が「キャーッ!」と歓声を上げてついていく。その後ろを、不安そうな男子生徒と保護者がトボトボと歩く。

「ここが図書室です。窓際で読書をすれば、まるでドラマの主人公。……ちなみに、僕のおすすめポーズはこれです」  

羽上が窓枠に肘をついてキメ顔をする。  

パシャパシャ!  

中学生たちがスマホで撮影会を始める。

「先生、図書館の本の蔵書数は?」  

真面目な保護者が質問する。

「え?数? ……星の数ほどありますよ。ロマンチックでしょう?」

「適当すぎるわ!」

羽上は施設の解説をほとんどせず、自分の映えスポット紹介に終始していたが、なぜかアンケート評価は高かった。

『先生がイケメンだった』

という理由だけで。

 【戦場3:学生食堂 〜川島のフードファイト〜】

 食堂は戦場と化していた。試食コーナーには長蛇の列。そしてその中心に、川島がいた。

「はい、カレーお待ち!大盛りサービスっす!」  

川島が、洗面器のような皿にご飯を山盛りにし、

その上からカレールーをダム決壊の如く注ぐ。

「ひえっ……。こんなに食べられないよ……」  

小柄な中学一年生が怯える。

「大丈夫っす!男ならこれくらいペロリっす!俺を見てろ!」  

川島は自分の分の「特大カレー(総重量2キロ)」をスプーンで掬い、一口で飲み込んだ。  

ゴクンッ。

「す、すげえ……!噛んでない!」  

中学生たちが目を輝かせる。

「食べることは生きることっす!この学校に入れば、君も俺みたいなボディになれるっすよ!」

「それはちょっと……」

と保護者が引く。しかし、川島の豪快な食べっぷりは一種のショーとして成立しており、食堂は異常な盛り上がりを見せていた。

        ◇

 そして、メインイベント。

 

 【戦場4:特別教室 〜空木の山月記・オン・ステージ〜】

 教室は満員だった。 五十人ほどの中学生と保護者が、固唾を飲んで待っている。

キーンコーンカーンコーン……。  

チャイムが鳴った。

ガラッ!  

教室の扉が勢いよく開いた。

「我は……李徴なりぃぃぃ!!」

飛び込んできたのは、空木だった。しかし、その姿は異様だった。顔には、羽上にメイクされた『劇団四季風・リアル猫メイク』。  体には、川島がドンキで買ってきた『虎柄の全身タイツ(ピチピチ)』。そして手には、段ボールで作った『爪』。教室が静まり返った。恐怖ではない。ドン引きによる静寂だ。

「えー、あー、コホン」  

空木が咳払いをする。

「これより、模擬授業『山月記』を始める。……笑うなよ。笑ったら噛みつくぞ」

空木は教卓に飛び乗った。  

ドンッ!  

教卓がミシッと悲鳴を上げる。

「その声は、我が友、李徴子りちょうしではないか……?」  

空木が朗読を始める。声は良かった。さすが国語教師、抑揚のつけ方はプロだ。しかし、見た目が完全に「関西のオバチャン」か「売れない芸人」なのだ。最前列に座っていた男子生徒が、我慢できずにプッと吹き出した。

「誰だ!今笑ったのは!」  

空木が虎の動きで生徒に近づく。

「貴様か!……いい度胸だ。貴様には、袁傪えんさん役をやってもらおう!」

「えっ?俺?」

「そうだ!この草むら(緑色のビニール紐の束)の向こうから、俺に話しかけるんだ!」

巻き込み型授業だ。空木は教室中を走り回り、生徒たちを次々と物語の世界(という名のコント)に引き込んでいった。

「そこで吠える!ガオオオ!」

「君は月だ!椅子の上に立って照らせ!」

「お母さん、あなたは草むらの虫の声をお願いします!リーンリーン!」

最初は戸惑っていた参加者たちも、空木の必死すぎる、そして汗だくの熱演に、次第に心を動かされ(あるいは毒され)ていった。

クライマックス。  

李徴が虎になって山へ帰っていくシーン。

「……己のたまに非ざることを悟れるが故に……!」  

空木が窓際に立つ。ここからが最大の見せ場だ。窓枠に足をかけ、月に向かって吠える。

「我は、虎になるのだぁぁぁぁ!!」

空木がジャンプした。その瞬間。

ビリッ!!

不吉な音が響いた。全身タイツの股の部分が、限界を迎えて裂けたのだ。

「あ……」

空木が空中で固まる。 着地。

ドスン。  

教室の中央で、虎(空木)が四つん這いになっていた。お尻の部分から、白いパンツ(勝負下着)がコンニチハしている。

シーン……。

三秒後。  

ドッカァァァァン!!  

教室中が爆笑の渦に包まれた。

「パンツ!虎のパンツ!」

「先生、虎柄じゃないんかい!」

「最高!この先生、面白すぎる!」

空木は顔を真っ赤にしてうずくまった。(終わった……。俺の教師生命、また終わった……)しかし、拍手が起きた。最初はパラパラと。やがて、割れんばかりの大拍手に変わった。

「先生、感動したよ!」

「体張ってるねえ!」

「この学校に入ったら、毎日楽しそう!」

空木は顔を上げた。恥ずかしさで涙目になっていたが、生徒たちの笑顔を見て、開き直った。

「……そうだ!これが星ヶ丘だ!失敗を恐れず、パンツを見せてでも伝えたい情熱があるんだ!待ってるぞ、若者たちよ!」

最後はスタンディングオベーションだった。 空木は破れたタイツを手で隠しながら、深々と一礼した。

        

 夕方。全てのプログラムが終了し、来場者が帰った後の職員室。四銃士は、ボロ雑巾のようになって集結していた。

「……燃え尽きた……。真っ白な灰になった……」  

空木がデスクに突っ伏している。タイツはジャージに着替えたが、顔の猫メイクはそのままだ。

「僕もです……。喉が枯れました。説明しすぎて酸欠です」  

海田がのど飴を舐めている。

「足が棒っす……。立ちっぱなしでカレーをよそい続けたっす……」  

川島が腕をさする。腱鞘炎になりそうだ。

「顔の筋肉が痛いです……。笑顔を作りすぎて痙攣してます」  

羽上が顔をマッサージしている。そこへ、教頭先生が入ってきた。手には、集計されたアンケートの束を持っている。表情は……読めない。

「……諸君。お疲れ様でした」

四人がビクッとして立ち上がる。屋上行きか、残留か。運命の審判だ。

「アンケートの結果が出ました」

教頭がアンケート用紙を一枚ずつ読み上げる。

『説明が論理的すぎて逆に怪しかったが、熱意は伝わった(海田先生)』

『ガイドの先生がナルシストすぎて引いたが、面白かった(羽上先生)』

『カレーの人が凄かった。フードファイター養成校かと思った(川島先生)』

「……そして、空木先生」

教頭が空木を見る。

『パンツは見たくなかったが、一番心に残った。あの先生に国語を習いたい』 『山月記があんなに面白い話だとは思わなかった』

『先生の一生懸命な姿に、勇気をもらいました』

教頭が眼鏡を外した。

「……総合評価、Aランクです。昨年比、来場者の満足度120%アップ。受験希望者数、過去最高」

「おおおおっ!!」  

四人が歓声を上げる。

「やった!屋上回避だ!」

「ボーナス査定アップっすか!?」

教頭がニッコリと笑った……ように見えたが、すぐに鬼の形相に戻った。

「ただし!空木先生の『公然わいせつ未遂(パンツ露出)』については、始末書を提出すること!それと、川島先生!君が余らせたカレー百人前、どうするつもりですか!」

「えっ……。責任を持って、俺が食べるっす!」

「食費として給料から天引きします!」

        

 その夜。四人は家庭科室で、余ったカレー百人前の処理班として活動していた。

「くっそー……。なんで俺たちばっかり……」  

空木がスプーンを動かす。

「でも、成功してよかったじゃないですか」  

海田がサラダを食べながら言う。

「そうっすね!俺たちの伝説、また一つ増えたっす!」  

川島は幸せそうにカレーを飲んでいる。

「僕のファンも増えたし、結果オーライですね」  

羽上がスマホで『星ヶ丘のイケメン先生』というハッシュタグを検索してニヤついている。

空木は、窓の外を見た。 夜空に月が出ている。今日の授業で吠えた月だ。

「……なあ、みんな」

「なんですか?」

「俺たち、いいチームだな」

「今更なに言ってるんですか。気持ち悪い」

「照れ隠しっすか?」

「でも、まあ、否定はしませんよ」

笑い声が夜の校舎に響く。来年の春、今日のオープンキャンパスに来た生徒たちが、この校門をくぐる日が楽しみだ。その時まで、彼らはまた、この騒がしい職員室で戦い続けるのだろう。空木は、破れたタイツを縫いながら思った。  

「次はもっと丈夫な生地を買おう」

と。  

懲りない男たちである。


(エピソード18・完)

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