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職員室の四銃士  作者: 花曇り


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13/22

わんこそばの死闘とカッパ捕獲作戦

 修学旅行の下見(実地踏査)二日目。早朝五時。南三陸のホテルの窓から差し込む朝日が、四人の男たちを照らし出した。

「……朝だ。生きて朝を迎えたぞ……」

空木が、充血した目で天井を見上げて呟いた。彼の隣では、海田が耳栓をしたまま眉間に皺を寄せて眠り、羽上はアイマスクと美顔マスクの二重装備でミイラのようになっている。そして、部屋の隅には、爆音の発生源である川島が、大の字になって寝ていた。

「グガアアア……! むにゃ……おかわり……」

空木は枕を投げつけた。

「起きろ川島!貴様のいびきのせいで、俺は一睡もできていない!震度3の揺れを六時間感じていた気分だ!」

「うへっ!?……あ、ボス、おはようございます。朝飯、もうできました?」  

川島が寝ぼけ眼で起き上がる。

「まだだ!というか、まず謝罪しろ!」

二日目の旅程はハードだ。ここから北上し、岩手県へ。世界遺産・平泉を見学した後、猊鼻渓での舟下り、盛岡での昼食わんこそば、そして遠野の山奥での農家民泊体験が待っている。

「いいですか皆さん。今日のテーマは『時間との戦い』です」  

海田が冷たい水で顔を洗い、眼鏡を装着しながら言った。

「特に昼食のわんこそば。あれはエンターテインメントですが、時間をかけすぎると午後のスケジュールが崩壊します。迅速かつ効率的に摂取してください」

「望むところだ。俺の蕎麦好きを舐めるなよ」

と空木。

「飲み物ですよね?秒で終わらせるっす」

と川島。

「僕は汁が服に跳ねないかだけが心配です」

と羽上。午前七時。四人を乗せたレンタカーは、岩手県へ向けて出発した。

        

 最初の目的地、平泉・中尊寺。平安時代の栄華を今に伝える、黄金の都である。杉木立に囲まれた月見坂を登っていく四人。

「はあ、はあ、はあ……。き、キツい……」  

開始五分で、川島が膝に手をついた。

「ボス……ここ、エスカレーターないんすか……?平安貴族は足腰強すぎっす……」

「甘えるな川島!義経も弁慶もこの道を歩いたんだ!歴史を踏みしめろ!」  

空木が励ますが、彼も息が上がっている。

「羽上先生、遅れてますよ。何してるんですか」  

海田が振り返る。羽上は、杉の木の陰でポーズを取っていた。

「この木漏れ日……。平安の雅と、平成生まれの僕のコラボレーション。一句詠めそうです」

「詠まなくていいから歩いてください。バスの時間に遅れます」

ようやく辿り着いた『金色堂こんじきどう』。ガラスケースの中に鎮座する、金箔に覆われた阿弥陀堂。その輝きは、数百年経った今も失われていない。

「おお……!すげえ……!キンキラキンだ!」  

空木がガラスに張り付く。

「これが極楽浄土か……。まぶしい……」

「ボス、これ全部金箔っすか?剥がして売ったらいくらになるっすかね?」  

川島が不謹慎な計算を始める。

「やめろ。バチが当たるぞ」

「五月雨の 降り残してや 光堂」  

空木が松尾芭蕉の句を口ずさむ。

「どうだ、風流だろう。俺たちの修学旅行も、生徒たちの心に光を残すものでありたいな」

「いいこと言いましたね」

と海田。

「でも空木先生、鼻毛出てますよ」

「えっ」 「光堂の輝きで、鼻毛が照らされてます」 「台無しだ!」

        

 続いて向かったのは、猊鼻渓。高い崖に囲まれた渓谷を、船頭さんの漕ぐ舟で下る、風流なスポットだ。しかし、ここで事件は起きた。空模様が怪しくなり、小雨が降り出したのだ。四人は、売店で売っていた簡易カッパ(緑色)を着て舟に乗り込んだ。

「雨の渓谷もオツなものですね」  

羽上がカッパ姿で髪をかき上げるが、ビニールフードのせいで台無しである。舟は静かに進む。川島は、船縁から身を乗り出して川面を見ていた。

「魚……魚いないかな……。鯉とか……」  

彼の食欲は留まることを知らない。

「お客様、あまり身を乗り出さないでくださいね。転覆しますよ」  

船頭さんが注意する。川島の体重移動に合わせて、舟がギシギシと傾いている。

「あ!ボス!あそこにデカイ魚が!」  

川島が指差して、さらに身を乗り出した瞬間。

ツルッ。

雨で濡れた床に足を取られた。  

ドボォォォォン!!

盛大な水柱が上がり、川島が川へと消えた。

「川島ァァァァ!!」  

空木が絶叫する。舟が大きく揺れ、羽上が

「ひいい!」

と海田にしがみつく。

「大丈夫ですか!?」  

船頭さんが竿を差し出す。水深はそれほど深くない。すぐに川島が顔を出した。頭には川藻が乗っかっている。緑色のカッパを着て、ずぶ濡れになった巨体が、ヌッと水面から現れる。その時、対岸を歩いていた観光客の子供が叫んだ。

「あーーーっ!!ママ見て!カッパだ!リアル・カッパがいるーー!!」

「え?」

と川島。子供たちが集まってくる。

「すげー!カッパだ!」

「キュウリ投げていい?」

「誰がカッパだ!俺は数学教師だ!」  

川島が叫ぶが、口から水鉄砲のように水が出て、余計に妖怪感が増す。

「……海田、写真撮れ」  

空木が震える声で言った。

「これは伝説になる。『遠野物語』の現代版だ」

「了解しました。タイトルは『猊鼻渓の主』で保存します」

結局、川島は船頭さんと空木たちによって引き上げられた。ずぶ濡れのまま震える川島。

「さ、寒いっす……。魚はいなかったっす……」

「当たり前だ!お前が飛び込んだ衝撃で、魚も気絶してるわ!」

        

 濡れた服を着替え(川島は予備のジャージ、しかもサイズが合わずピチピチ)、一行は盛岡市へ。時刻は正午。いよいよ、メインイベント『わんこそば対決』の時間がやってきた。老舗のわんこそば屋。四人は並んで座敷に座った。目の前には、空の椀と、薬味、そしてエプロンをつけた給仕のお姉さん。

「いいですか、男性の平均は六十杯です。百杯食べれば『手形』が貰えます」  

海田がルールを説明する。

「空木先生、無理はしないでくださいね。午後の視察に響きますから」

「ふん、六十杯? 余裕だ」  

空木が鼻を鳴らす。

「俺はバスケ部顧問だぞ。スポーツマンの胃袋を見せてやる!目標は百杯だ!」

「俺は……」  

川島が不敵に笑った。ピチピチのジャージが弾けそうだ。

「この店の記録を塗り替えるっす。三百杯、目指すっす」

「バカ言え!三百杯なんてフードファイターレベルだぞ!」

「では、始めます!はい、じゃんじゃん!はい、どんどん!」

ゴングが鳴った。給仕さんがリズミカルに蕎麦を椀に放り込む。

ズルッ!ズルッ!  

空木のスタートダッシュは良かった。

「うまい!喉越し最高!」  

五杯、十杯、二十杯……。順調に重ねていく。一方、川島は異次元だった。彼は「噛む」という行為を放棄していた。吸引。そう、ダイソンだ。  

シュゴオオオオ!  

椀に入った蕎麦が、一瞬で消滅する。

「はい、じゃんじゃん!……えっ、もうないの?」  

給仕さんの手が追いつかない。

「お姉さん、遅いっす!両手で入れてください!」  

川島が二刀流を要求する。羽上は優雅だった。

「うん、美味しいね。……あ、お姉さん、薬味の紅葉おろし、もう少し足してくれるかな?」  

彼は一杯ごとに味わい、四十杯目で

「もうお腹いっぱい。美しさを保つには腹八分目」

と言って蓋を閉じた。

「早いな! 戦力外か!」

海田は、自分のペースを崩さず、淡々と食べていた。

「六十五杯。平均を超えました。これで十分です」  

ピシャリと蓋を閉じる。合理的だ。

残るは、空木と川島の一騎打ち(?)だ。八十杯を超えたあたりで、空木の箸が止まった。

「うぐっ……。急に……蕎麦が重く……」  

胃袋の中で、蕎麦が膨張を始めている。

「ボス、どうしたんすか?まだ準備運動っすよ?」  

隣の川島は、すでに百五十杯を超えていた。お椀のタワーが、川島の顔を隠すほど積み上がっている。

「くそっ……!負けてたまるか!俺はリーダーだ!百杯の手形を持って帰るんだ!」  

空木は気合を入れた。ベルトを緩める。

「はい、どんどん!」  

九十杯。

「うっぷ……」  

九十五杯。

「……もう、見るのも嫌だ……」

九十九杯。あと一杯。 給仕さんが笑顔で蕎麦を入れる。

「はい、頑張って!」

空木がそれを口に入れた瞬間。脳内で警報が鳴り響いた。  

『緊急事態発生!胃袋キャパシティ、オーバーフロー!逆流防止弁、決壊寸前!』

「んぐぐぐぐ……!」  

空木は白目を剥いて飲み込んだ。そして、震える手で蓋を閉じた。

「ひゃ、百杯……達成……」

その横で、川島が叫んだ。

「三百杯目、いただきまーす!!」  

ズゾゾゾゾッ!プハァ!  

川島も蓋を閉じた。

「ごちそうさまっす!……あー、ちょっと小腹が満たされたっすね」

「小腹だと!?」  

店員さんたちがざわついている。

「あの人、人間か?」

「カッパの化身じゃないか?」

結果。空木、100杯(瀕死)。川島、305杯(歴代記録更新)。羽上、40杯。海田、65杯。店を出た時、空木は腹をさすりながら歩いていた。

「……苦しい。蕎麦が体内で増殖している気がする……」

「ボス、デザート行きましょうよ。ソフトクリーム食べたいっす」

「お前は置いていくぞ!!」

        

 午後のスケジュールは、車での移動がメインだ。向かうは『遠野とおの』。柳田國男の『遠野物語』で知られる、民話の里である。ここの山奥にある農家で、一泊の『民泊体験』をするのが今回の最重要ミッションだ。都会の生徒たちに、田舎の暮らしを体験させる。その安全確認と、プログラム内容のチェックである。車は山道を登っていく。どんどん道が狭くなり、舗装が途切れ、砂利道になる。

「……おい海田。この道で合ってるのか?」  

空木が不安そうに聞く。

「ナビ通りです。……ただ、ナビが『この先、道なき道です』と表示していますが」

「道なき道ってなんだよ!」

「圏外になりました」  

羽上がスマホを見て絶望的な声を上げる。

「僕のインスタ更新が!フォロワーたちが僕の安否を気遣って暴動を起こすかも!」

「起こさないから安心しろ」

ようやく辿り着いたのは、築百五十年という古民家だった。茅葺き屋根。囲炉裏の煙。庭にはニワトリが放し飼いにされている。

「よく来たねえ〜!待ってたよ〜!」  

出迎えてくれたのは、腰の曲がったお婆ちゃん、トメさんだった。笑顔が素敵だが、何を言っているのか半分くらい分からない。

「まんず、あがってけろ。へば、茶っこ飲むべ」

「あ、ありがとうございます。……えーと、お茶をいただけるということですね?」  

空木が通訳する。家の中は、タイムスリップしたような空間だった。黒光りする大黒柱。土間。そして、薄暗い照明。

「ひいっ!」  

羽上が悲鳴を上げた。

「む、虫!あそこに巨大な蛾が!」  

壁に止まっているのは、掌サイズのヤママユガだ。

「羽上、騒ぐな。田舎じゃ普通だ」

「無理です無理です!僕、足が四本以上ある生き物は生理的に無理なんです!」  

羽上は海田の背中に隠れる。

「トメさん、今日の体験プログラムは?」  

海田が尋ねる。

「んだな。まずは夕飯の準備だ。裏山で薪を割って、風呂を沸かしてけろ」

「薪割り……!」  

空木の目が輝いた。

「男のロマンだな!よし、俺が手本を見せてやる!」

        

 裏庭での薪割り体験。丸太を立て、斧を振り下ろす。

「ふんっ!」  

空木が斧を振るう。  

カーン!  

斧は丸太の端っこを掠め、空木は遠心力で一回転して尻餅をついた。

「いってぇぇぇ!腰が!わんこそばで膨れた腹が邪魔をした!」

「貸してください、ボス」  

ジャージ姿の川島まだピチピチが登場した。彼は斧を持たず、丸太の前に立った。

「……セイッ!」  

手刀一閃。  

パコーン!  

丸太が見事に真っ二つに割れた。

「……」

「……」

「……お前、人間やめる気か?」  

空木がドン引きする。

「斧より早いっすね。あ、でも手が痛いんで、次は斧使うっす」

薪割りの次は、風呂焚きだ。ここは伝統的な『五右衛門風呂』。鉄釜を下から薪で熱するタイプだ。

「羽上、火の番を頼む」

「えー、煙いですよー。服に匂いがつくー」  

羽上が文句を言いながら、うちわで仰ぐ。  

パチッ!  

火の粉が飛び、羽上の高級トレンチコート(なぜ脱がない)に小さな穴を開けた。

「ぎゃあああ!プラダが!僕のプラダが!」

「だから脱げと言っただろ!」

なんとかお湯が沸いた。一番風呂は、ジャンケンで負けた空木が入ることになった。

「熱い!熱いぞこれ!」  

空木が風呂場で叫ぶ。

「底板踏まないと足の裏が焼ける!これは入浴じゃない、調理だ!釜茹での刑だ!」

「空木先生、我慢してください。生徒が入る前の安全確認です」  

海田が外から声をかける。

「お前らも入れよ! 四人で入るには狭すぎるけどな!」

        

 夜。囲炉裏を囲んでの夕食。 メニューは、山菜の天ぷら、川魚の塩焼き、ひっつみ汁(すいとんのような郷土料理)。

「うめえええ!素朴な味が染みるっす!」  

川島がひっつみ汁を鍋ごと抱えて食べている。わんこそば300杯食べたとは思えない食欲だ。

「この山菜、苦味が大人の味ですね」  

羽上もおっかなびっくり食べていたが、味は気に入ったようだ。トメさんが、自家製のどぶろく(※今回は教育的視察なのでノンアルコールの甘酒)を出してくれた。

「先生たち、仲がいいねえ」  

トメさんがニコニコしながら言う。

「まるで兄弟みたいだ」

「兄弟……ですか」  

空木が甘酒を啜りながら、三人を見る。いびきがうるさい大食らいの弟(川島)。生意気で冷静な弟(海田)。手のかかるナルシストの弟(羽上)。

「まあ、出来の悪い弟たちを持って苦労してますよ」  

空木が言うと、三人が一斉に反論した。

「出来が悪いのは兄貴の方でしょう」

と海田。

「ボスが一番手がかかるっすよ」

と川島。

「僕は美しすぎる弟ですね」

と羽上。囲炉裏の火がパチパチと爆ぜる。外は満天の星空。 携帯の電波も届かない山奥で、四人は語り合った。

「……なあ」  

空木が真面目な顔で言った。

「今回の修学旅行、絶対に成功させような」

「もちろんです」  

海田が答える。

「この下見で、リスクはあらかた洗い出せました。……まあ、カッパが出るリスクと、わんこそばで食べ過ぎて動けなくなるリスクは、生徒には関係ないでしょうけど」

「あと、薪割りで手刀を使う生徒がいないか注意しないとっすね」  

川島が笑う。

「僕は、虫除けスプレーを大量持参することを生徒に推奨します」  

羽上が自分の顔の周りを飛ぶ羽虫を払いながら言う。

「明日は最終日だ。震災遺構を巡って、命の授業の準備をする。……気合入れていくぞ」

「「「オース!」」」

その夜。古民家の夜は静か……ではなかった。川島のいびきに加え、天井裏を走り回るネズミの音、そしてそれにビビって悲鳴を上げる羽上の声が、夜通し響き渡ったのだった。こうして、怒涛の二日目が終わった。四銃士の旅は、いよいよ最終章へ。 そこで彼らを待ち受けるのは、笑いだけではない、教師としての「使命」と向き合う時間だった。


(エピソード13・完) (続く)

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