表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
職員室の四銃士  作者: 花曇り


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/22

春の嵐と桜色の栞

 四月。卯月。出会いと始まりの季節である。星ヶ丘中高一貫校の正門には、満開の桜が咲き誇り、真新しい制服に身を包んだ新入生たちが、期待と不安の入り混じった表情で校門をくぐっていく。しかし、職員室の中では、別の意味での「新しい戦い」が始まっていた。

『至急報。教頭がコーヒーを飲み終えた。カップを置く音を確認。機嫌は……「やや不良」と推測される』

パソコンのチャット画面に、そんなメッセージが表示された。送信者は、海田。受信者は、空木。空木は、目の前の書類の山から顔を上げずに、キーボードを叩いた。

『了解。こちら、呼吸を止めて気配を消滅中。……苦しい。酸素が欲しい』

三月の「卒業式・第二ボタン発砲事件」と「マツケンサンバ誤爆事件」のペナルティとして、今年度から「職員室の四銃士」の座席はバラバラに配置されていた。しかも、リーダーである空木の席は、あろうことか教頭先生の真正面、通称「教頭監視シート」である。  咳払い一つするのにも許可がいりそうな、息苦しい特等席だ。

『ボス、腹減ったっす。隠し持ってた大福、食べていいっすか?』  

川島からの通信だ。彼は部屋の隅っこ、窓際の席に追いやられている。

『バカ!今は我慢しろ!教頭のソナーは高性能だぞ!咀嚼音を探知されたら終わりだ!』  

空木が必死に入力する。

『ふふっ。僕の席は入り口近くだから、登校してくる女子生徒たちから一番よく見える位置ですよ。今日も視線が痛いなあ』  

羽上からの通信。彼は相変わらずだ。

『羽上、それは「あの先生、鏡ばっかり見てる」という冷ややかな視線です。自意識を修正してください』

海田の冷徹なレスが入る。物理的な距離は離れても、彼らのチャットグループ『地下組織・四銃士』は、今日もフル稼働していた。

        

 そんなある日の放課後。新入生の部活動勧誘期間が始まり、校内が賑わいを見せる中、空木は一人、中庭のベンチで項垂れていた。

「……はあ。またやってしまった……」

今日のホームルームでの出来事だ。新入生たちに「かっこいい先輩教師」としての威厳を見せつけようと張り切った空木は、教壇に上がる際につまずき、盛大にスライディング土下座を決めてしまったのだ。  

『先生、初対面で謝罪ですか?』

という生徒の純粋な質問が、今も胸に突き刺さっている。

「俺はいつになったら、頼れる先生になれるんだ……」

空木が溜め息をついたその時、植え込みの陰から、ガサゴソという音が聞こえた。

「ん?猫か?」

空木が覗き込むと、そこにいたのは猫ではなかった。一人の男子生徒だ。まだ糊のきいた、ぶかぶかの制服を着ている。中学一年生だろう。彼は地面に這いつくばって、必死に何かを探していた。

「おい、どうした?コンタクトでも落としたのか?」  

空木が声をかけると、生徒はビクッとして顔を上げた。眼鏡をかけた、おとなしそうな少年だ。目は真っ赤に充血し、涙で濡れていた。

「せ、先生……」

「そんなところで何してるんだ。もう下校時刻だぞ」

「あの……探してるんです……。大事なものを……」  

少年は震える声で言った。

「失くしちゃって……。どうしても見つからなくて……」

「大事なもの?財布か?スマホか?」

「……しおりです」

「しおり?」

「お祖母ちゃんがくれた、手作りの栞なんです。……僕、今日、この中庭で本を読んでて……風が吹いて……」  

少年はそこまで言うと、また涙を溢れさせた。

「お祖母ちゃん、先月亡くなったんです。あれがないと、僕……学校、頑張れないんです……」

空木の胸が締め付けられた。新しい環境への不安。それを支えていた唯一のお守り。それを失くした絶望感は、三十五歳の空木が「教頭の前で息が詰まる」悩みとは比べ物にならないほど深いだろう。

「よし!分かった!俺も一緒に探す!」  

空木は即座にジャケットを脱いだ。

「えっ、でも、先生……服が汚れます」

「気にするな!俺の服なんて、どうせ安物だ!それより、どんな栞だ?」

「桜の花びらの押し花が入った、ピンク色の……」

「よし、桜色だな! 任せろ!」

空木は植え込みの中に突撃した。しかし、時期は春。中庭の地面には、本物の桜の花びらが無数に散らばっている。「桜色の栞」を探すのは、砂浜で特定の砂粒を探すようなものだ。

「……ない。これもない。これもただの花びらだ……」  

空木は三十分ほど格闘したが、見つかるのはダンゴムシと空き缶のプルタブだけだった。日は暮れ始め、辺りは薄暗くなってくる。

「……先生、もういいです」  

少年が諦めたように言った。

「暗いし……見つからないと思います。……ありがとうございました」  

少年は深々と頭を下げ、トボトボと帰っていこうとした。

「待て!」  

空木が呼び止める。

「諦めるな!まだ終わってない!」

「でも……」

「俺一人じゃ無理でも、俺には『最強の探索チーム』がいるんだ。……ちょっと待ってろ」

空木はスマホを取り出し、チャットアプリを開いた。グループ名『地下組織・四銃士』。

『緊急招集。場所:中庭。ミッション:新入生の涙を止めること。報酬:俺の奢りで缶コーヒー』

送信ボタンを押してから、わずか三分後。中庭に、三つの影が現れた。

「ボス!事件っすか!カツ丼の無料券が風に飛ばされたんすか!」  

川島が息を切らして駆けつけてきた。手には食べかけのメロンパン。

「空木先生、定時後の呼び出しは残業代を請求しますよ。……と言いたいところですが、先生のそんな真剣な顔、久しぶりに見ましたね」  

海田が眼鏡の位置を直しながら現れる。手にはLEDライト。

「全く、僕のスキンケアタイムを邪魔するなんて。……で、どの子ですか?僕のサイン色紙で泣き止む子猫ちゃんは」  

羽上が髪をなびかせて登場する。

空木はニカっと笑った。

「役者は揃ったな。……事情を説明する。総員、戦闘配置につけ!」

        

 かくして、『オペレーション・サクラ・シオリ』が開始された。ターゲットは、縦五センチ、横二センチの小さな栞。範囲は、桜の花びらで埋め尽くされた中庭全域。

「海田、風向きの計算を頼む!栞が飛んだルートを予測しろ!」

「了解しました。今日の中庭の風速と、紙の質量から計算すると……南南東の植え込み付近が濃厚ですね」  

海田がスマホで気象データをチェックしながら指示を出す。

「川島、お前はその巨体を活かして、茂みをかき分けろ!ただし植物は踏むな!」

「了解っす!俺の目は食べこぼしを見つけるために進化してるっす!小さな異物も見逃さないっす!」  

川島が四つん這いになって進撃する。まるで巨大なブルドーザーだ。

「羽上、お前は……そのスマホのライトで照らせ!」

「えー、地味な役ですね。僕自身が輝いてるからライトいらないんじゃないですか?」

「うるさい!照らせ!」

少年は、呆然と四人の大人たちを見ていた。泥だらけになりながら地面を這いずり回る、ちょっと変な先生たち。

「あ、あった!」  

川島が叫んだ。

「これっすか!?」

少年が駆け寄る。 川島の手の中にあったのは……ピンク色の『蒲焼さん太郎』の袋の切れ端だった。

「違うっすね。紛らわしいゴミ捨てるなよなー」  

川島がパクっとそれを口に入れた。

「食うな!ゴミだぞ!」  

空木がツッコむ。

「こちら海田。……反応あり。これはどうですか」  

海田がピンセット(常に携帯している)で摘み上げたのは、桜の花びらに擬態していた『ピンク色のヘアピン』だった。

「違いますね。でも、これはこれで落とし物として職員室へ」

時間は過ぎていく。空は完全に暗くなり、月が出てきた。気温が下がり、春の夜特有の冷気が肌を刺す。

「……もう、いいです」  

少年が再度言った。

「先生たち、服も泥だらけだし……。僕のために、これ以上は……」

空木は顔についた泥を拭った。そして、少年の肩をガシッと掴んだ。

「いいか、少年。名前は?」

「……佐藤、です」

「佐藤くん。学校っていうのはな、勉強するだけの場所じゃないんだ」  

空木は少年の目を見て言った。

「失くしたものを、一緒に探してくれる仲間がいる場所なんだ。……俺たちは教師だ。生徒が大事なものを失くして泣いてるのに、『はいそうですか』って帰れるほど、器用な大人じゃないんだよ」

「ボス、かっこいいこと言ってるけど、鼻水出てますよ」  

川島が指摘する。

「うるさい!演出だ!」

「でも、先生の言う通りですよ」  

羽上が、汚れるのを嫌がっていたはずの高級スーツのまま、地面に座り込んでいた。

「僕たちは、君の笑顔が見たいんです。……まあ、僕の笑顔の次くらいにね」

「論理的に言えば、探す人数が四倍になれば、発見率は四倍です。諦める理由はありません」  

海田もまた、泥にまみれながらライトを動かし続けている。

佐藤くんの目から、また涙が溢れた。今度は、悲しみの涙ではなかった。

「……僕も、探します!」

五人は再び、地面に向き合った。

        

 それから一時間後。空腹と疲労が限界に達した頃。

「……あっ」

小さな声を上げたのは、空木だった。彼は、大きな桜の木の根元、木の皮の隙間に、何かが挟まっているのを見つけた。風に吹かれて、偶然そこに入り込んだのだろう。空木は震える指で、それをそっと引き抜いた。泥で少し汚れているが、ラミネート加工されたそれは、確かにピンク色の栞だった。中には、綺麗な桜の押し花が入っている。

「……佐藤くん」

空木が呼びかける。佐藤くんが振り返る。

「これか?」

ライトの光に照らされた栞を見た瞬間、佐藤くんの顔がくしゃくしゃになった。

「……っ!それ……それです!!」

「よかった……!本当によかった……!」  

空木が栞を渡そうとして、ハッと手を止めた。自分の手が泥だらけだったからだ。

「海田!ハンカチ!綺麗なハンカチ!」

「はい、どうぞ。シルク製です」  

海田が差し出したハンカチで、空木は丁寧に手を拭き、そして栞の泥を優しく拭き取った。

「はい。お祖母ちゃんの、大事なお守りだ」

佐藤くんは、両手で栞を受け取った。 そして、胸に抱きしめて、声を上げて泣いた。

「ありがとうございます……!うあぁぁぁぁ……!ありがとうございます……!」

その泣き声は、夜の校舎に響き渡った。 川島も貰い泣きして

「うおおおん!」

と号泣し、羽上も

「メイクが崩れる……」

と言いながら目頭を押さえた。海田だけは、満足そうに夜空を見上げていた。

        

 「さて、一件落着ですね」  

海田が時計を見た。

「現在、午後八時。……完全に不法侵入の時間帯ですが」

「細かいことは気にするな。今日は特別な夜だ」  

空木が笑う。その時、強い風が吹いた。  

ザザザザ……ッ。  

中庭の桜の木から、一斉に花びらが舞い散った。桜吹雪だ。月の光に照らされて、無数の花びらが雪のように舞う。幻想的な光景に、全員が言葉を失った。

「……綺麗っすね……」  

川島が呟く。

「ええ。まるで、お祖母ちゃんが『ありがとう』って言ってるみたいですね」  

羽上がキザなことを言ったが、今日ばかりは誰もツッコまなかった。

「佐藤くん」  

空木が言った。

「この桜みたいに、君の中学校生活も、きっといいことあるぞ。……まあ、たまに泥だらけになることもあるけどな」  

空木は自分の泥だらけのズボンを指差して笑った。佐藤くんは涙を拭いて、ニッコリと笑った。

「はい! ……僕、この学校に来てよかったです。先生たちがいてくれて、よかったです!」

その笑顔は、満開の桜にも負けないくらい輝いていた。空木は思った。(ああ、これだから教師はやめられないんだよな)教頭の監視も、書類の山も、全てはこの瞬間のためにあるのかもしれない。

        

 感動的なフィナーレ。……で終わればよかったのだが、ここは「職員室の四銃士」である。神様は彼らに、オチを用意していた。

カツカツカツ……!  

校舎の方から、怒りに満ちた足音が近づいてきた。

「こらあああ!誰ですか、こんな時間まで中庭で騒いでいるのは!」

懐中電灯の強烈な光。 現れたのは、見回りに来た教頭先生だった。

「ひいっ!教頭!」  

四人が固まる。

「む?空木先生?それに海田先生たち……。一体何をしているんですか?その泥だらけの格好は!」  

教頭が四人を照らす。泥まみれのスーツ、乱れた髪、そして号泣して顔がグチャグチャの川島。どう見ても不審者集団だ。

「あ、いや、これは……その……」  

空木が言い訳を探す。

「えーと、夜桜の下で……野外生態調査を……」

「生徒もいるじゃないですか!こんな時間まで残して!」  

教頭の視線が佐藤くんに向く。すると、佐藤くんが一歩前に出た。

「教頭先生! 先生たちは、僕のために……!」

佐藤くんが事情を説明しようとした、その時。  

グゥ〜〜〜〜〜〜ッ。  

雷鳴のような音が響き渡った。川島の腹の虫だ。空腹が限界を超えたのだ。

「……すんません。感動したら腹減っちゃって」  

川島がテヘッと笑う。

教頭は深く、深ーく溜め息をついた。

「……はぁ。まあ、いいでしょう。生徒が無事なら。……ただし!」  

教頭が指を突きつける。

「明日の朝、職員室の掃除当番は君たち四人です!あと、その泥だらけの服で職員室に入らないこと!廊下で着替えて帰りなさい!」

「ええっ!廊下で生着替えっすか!?」

「変態集団として通報されますよ!」

「問答無用! 解散!」

        

 帰り道。 佐藤くんを正門まで送り届けた後、四人は夜道を歩いていた。服は泥だらけだが、心は晴れやかだった。

「ボス、約束の缶コーヒー、忘れてないっすよね?」  

川島が催促する。

「ああ、分かってるよ。……今日は特別だ。ラーメンも奢ってやる」

「マジっすか!ボス、大好きっす!」

「ただし、替え玉は一回までだぞ」

「えー、ケチっすねー」

「空木先生」  

海田が隣を歩きながら言った。

「さっきの、『俺には最強の探索チームがいる』ってセリフ。……悪くなかったですよ」

「そうか?」  

空木が照れくさそうに鼻をこする。

「ええ。僕も、自分が『最強』の一部であることは否定しませんから」  

海田がフッと笑った。

「僕もですよ」

と羽上。

「僕という『華』がないと、チームは成立しませんからね」

空木は夜空を見上げた。月が綺麗だ。席が離れても、教頭に睨まれても、この絆がある限り大丈夫だ。

「よし!明日からも頑張るぞ!……まずは早朝の掃除当番からだけどな!」

「「「オーッ!!」」」

四人の笑い声が、夜桜に吸い込まれていく。春の嵐は過ぎ去り、温かい季節がやってくる。新学期もまた、彼らの騒がしい日々は続いていくのだ。佐藤くんが翌日、クラスで「先生たち、変だけどいい人だよ」と広めてくれたおかげで、空木のクラスの雰囲気が少しだけ良くなったのは、また別の話である。


(エピソード11・完)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ