第49話:バベルの混乱と女騎士の檄
本格的な「首都建設編」がスタートです! タケルの煙で進化したオーク、リザードマン、ドライアド……。 最強の素材(人材)は揃いましたが、種族が違いすぎて現場はまさかのカオス状態に?
今回は、今まで少し影が薄かった(?)あの「元・王女」が輝く回です。
「……おいおい、デジャヴかよ」
翌朝。 俺は拠点の洞窟から出て、建設予定地に集まった新入りたちを見て、またしても絶句していた。
昨晩は、新たに加わったオーク、リザードマン、ドライアドたちの歓迎会(という名の焼肉パーティー)を開いた。 俺は彼らに「名付け」をし、最高の肉を振る舞い、そして気前よく紫煙を燻らせたわけだが……。
「おはようございます、マイロード(我が王)。今日も筋肉の調子がすこぶる良い」
爽やかなバリトンボイスで挨拶してきたのは、身長二メートル半はある巨漢だ。 昨日まで泥まみれの豚顔だったオークの族長ブドン。 今の彼は、褐色の肌につやつやの剛毛、そして突き出た牙さえもアクセサリーのように見える、威風堂々たる**『オーク・ロード(豚の王)』**へと進化していた。 他のオークたちも、ただのデブではない。全員がプロレスラーとボディビルダーを足して割らないような、美しい筋肉の鎧を纏っている。
「水も澄んでおります。感謝を」
涼やかに告げたのは、リザードマンの族長ザッハ。 昨日までは沼地のトカゲといった風貌だったが、今は全身の鱗がサファイアのように青く輝き、背筋がピンと伸びた**『ドラゴニュート(竜人)』**のような精悍な戦士になっていた。
「あらタケル様、ご機嫌よう♡」
ドライアドの長老リーフに至っては、もはや発光していた。 身体を覆っていた葉っぱや蔦が、オートクチュールのドレスのように洗練され、頭に咲いた花からは甘い香りが漂う**『ハイ・ドライアド(大樹の精霊)』**へ。
「……なんで俺の周りは、どいつもこいつも美男美女になるんだ?」
俺は朝のコーヒーを啜りながら、少しだけ遠い目をした。 まあ、汚いよりはいい。それにこのオーラ、戦力としても申し分ないだろう。 だが、問題は――。
「…………」
広場の隅で、体育座りをしている集団がいた。 ガレイス卿率いる、元オーレリア王国の騎士や冒険者たちだ。 彼らは、キラキラと輝く進化した魔物たちを見上げ、完全に自信を喪失していた。
「勝てるわけがない……」 「あいつら、丸太を片手で回してやがる……」 「魔法も使えて、力もあって、顔もいい……俺たち人間は、一体何のためにここに……」
お通夜のような空気だ。 そんな波乱含みの空気の中、ついに我々の国――まだ名もなき首都の建設初日が始まった。
案の定、現場は開始十分で地獄と化した。
***
「おいコラ! そこは直角だと言ってるだろ! 直角の意味がわかんねぇのか木偶の坊!」 「なんですと!? 我々は『風の意思』に従って柱を立てているのです! 直角なんて風情がありませんわ!」
ドワーフの親方ガルドと、ドライアドのリーフが図面を挟んで怒鳴り合っている。 ドワーフは「ミリ単位の精密建築」を求め、ドライアドは「感覚的な自然建築」を主張し、話が平行線どころかねじれの位置にある。
「どいてくれ! 通るぞ!」
そこへ、巨大な石材を五つまとめて抱えたオーク・ロードのブドンが突っ込んでくる。
「危ない! ストップだ!」 「ぬ? なぜ止める。私は一度に運んだほうが効率が良いと……」 「重すぎて地面が沈んでるだろ! 配管が割れる!」
リザードマンのザッハが慌てて止めるが、オークの怪力による慣性は止まらない。 ズドン! と石材が落下し、せっかく掘った水路が埋まる。
「あーっ! 私の水路がーっ!?」 「す、すまない……」 「ええい邪魔だ! どけ! ドワーフ様のお通りだ!」
怒号。破壊。衝突。 種族ごとの「常識」と「能力」が違いすぎて、現場は完全にカオスだった。 高い能力を持つ者同士が、互いの足を引っ張り合っている。これぞまさに『バベルの塔』状態。
「あわわ……ど、どうしましょう……」 「ひぃッ、オークとぶつかったら死ぬぞ……」
人間の騎士たちは、飛び交う巨石と怒号に怯え、右往左往するばかり。 少し離れた丘の上で、俺はその惨状を眺めていた。
「主よ……止めなくてよろしいのですか? このままでは首都完成の前に、死人が出ます(主に胃痛による私の死が)」
隣でヴァイスがこめかみを押さえている。 俺は携帯灰皿でタバコの灰を落とし、悠然と笑った。
「いいや。現場には優秀な**『指揮官』**がいるだろ? 俺が出るまでもないさ」 「指揮官、とは……まさか」
俺は肺いっぱいに吸い込んだ紫煙を、ふぅーっと戦場の中心へ向けて吐き出した。 風に乗った煙は、混乱の渦中で呆然と立ち尽くす、金髪の女性へと流れていく。
発動するのは**《煙霧変調》――『拡声』および『王の威圧』**。 今日の主役を照らす、最強のスポットライトだ。
***
現場の中心。 元オーレリア王女、クラウディアは震えていた。 彼女が纏っているのは、いつもの優雅なドレスではない。シルヴィに頼んで仕立ててもらった、動きやすい丈夫な作業着だ。袖をまくり上げ、やる気は十分だったはずなのに。 現実は、ただ立ち尽くすことしかできていない。
(このままでは、私たちはただの『お荷物』になってしまう……!)
その時。 ふわり、と紫煙の香りが彼女を包み込んだ。 タケルの匂いだ。 顔を上げると、丘の上から彼がカップを掲げているのが見えた。 ――任せたぞ。 その目が、そう語っていた。
瞬間、クラウディアの腹の底から熱いものが込み上げてきた。 彼女は近くにあった資材の山に駆け上がると、金髪をなびかせ、戦場全体に響き渡る声で叫んだ。
「――静まれェェェいッ!!」
ビリビリと空気が震えた。 タケルの煙で増幅されたその声は、暴れるオークをも直立不動にさせる威厳に満ちていた。 ドワーフも、ドライアドも、動きを止めて彼女を見上げる。 そして何より、縮こまっていた騎士や冒険者たちが、弾かれたように顔を上げた。
「なんと無様な……顔を上げなさい! 恥を知りなさい!」
クラウディアは、かつての部下や同郷の者たちを睨みつけた。
「膂力で魔族に及ばぬなど、いまさら嘆いてどうなります! タケル様は我々に、剣ではなく『指揮』という新たな武器を預けてくださったのです!」
「指揮……?」
ガレイス卿が呆然と呟く。
「そうです! 彼らを見てみなさい。力はある、技もある。だが『連携』がない! 盤面を見渡し、人を動かし、理を築く……それこそが、我ら人間が学んできた戦の極意でしょう!」
クラウディアは叫ぶ。
「よいですか。屈強な彼らが『手足』となるならば、我らは『頭脳』となり、この混沌とした現場の『眼』とならねばなりません! 祖国は捨てても、その魂に刻まれた近衛の矜持まで捨てた覚えはないはずです!」
その言葉は、彼らの錆びついていた誇りに火をつけた。 そうだ。自分たちは、大陸最強と謳われた近衛騎士団、そして幾多の死線をくぐり抜けた冒険者だったはずだ。 化け物退治はできなくても、部隊を動かすことにかけてはプロフェッショナルなはずだ。
クラウディアは剣を抜き、高らかに天を指した。
「元・近衛騎士団第三部隊副隊長の名において命じます! 総員、その意地を見せなさい!! この現場を制圧せよ!」
「「「イエスマムッ!!!」」」
三〇人の人間たちの咆哮が轟いた。 彼らの目に、迷いはもうなかった。
「第一小隊、オーク族の搬入ルートを確保! ドワーフ班はその場で待機せよ!」 「ドライアド班! 北区画の整地を優先! 単位の変換はこちらで行う!」 「リザードマン部隊、水路の設計図修正! 三〇秒で終わらせるぞ!」
ガレイス卿たちが散らばり、的確な指示を飛ばし始める。 すると、どうだ。 今までぶつかり合っていた歯車が、油を差したように滑らかに回り始めた。
「おう人間! 次の石材はどこだ!」 「B-4区画だ! 運んだらすぐに退避しろ、次は木材が通るぞ!」 「承知した!」
オークの怪力が、ドワーフの技術が、ドライアドの魔法が、人間の指揮によって一つになる。 それはまさに、種族を超えたオーケストラだった。
***
夕暮れ時。 森を貫く一本の道が完成していた。 隙間なく敷き詰められた巨大な石畳。馬車が三台すれ違えるほどの広さを持つ、首都のメインストリートだ。
その石畳の上に、長い長いテーブルが並べられていた。 最初の成果物の上で行う、最初の夕食だ。
「さあ、みなさま。お疲れ様でした♡」
大鍋を抱えて現れたのは、ブドン……ではなく、エプロンをつけた絶世の美女だった。 ピンクがかった肌に、豊満すぎるプロポーション。頭には小さな耳と、可愛らしい牙がチラリと見える。 彼女はブドンの娘であり、一族のマドンナへと進化したオークの美少女、マイアーレだ。
「わ、我らオーク族の誇る、特製シチューですぅ。いっぱい食べてくださいね♡」
彼女が微笑みながらシチューをよそうと、作業で泥だらけになった男たち(特に人間)が色めき立った。
「うおおおッ! 女神だ!」 「オークってこんなに可愛くなるのかよ!?」 「……美味い」 「なんだこれ、疲れた体に染み渡る……」
マイアーレの手料理と愛嬌に、騎士も冒険者も骨抜きにされている。 最初は種族ごとに固まっていたが、「美味い!」という声をきっかけに混ざり合う。 ガレイス卿がオークに酒を注ぎ、ドワーフがドライアドに謝る。
俺は丘から降りていき、満足げに汗を拭うクラウディアに、淹れたてのコーヒーを手渡した。
「いい指揮だったぜ、副隊長」 「……ふふ。貴方がああいう演出をするからでしょう、タケル様」
クラウディアは作業着の袖で額の汗を拭い、俺のタバコの匂いがするコーヒーを口にした。
こうして、首都建設の第一歩となる「道」と「絆」は完成した。 だが、これはまだ序章。 明日からは、それぞれの種族の特性を活かした、さらに過酷で楽しい建設ラッシュが始まるのだ。
というわけで、現場指揮官クラウディア覚醒回でした。 今まで「家賃=労働」でこき使われることが多かった彼女ですが、やはり腐っても元騎士団長。やるときはやります。 人間の騎士や冒険者たちも、この国での「役割」を見つけてくれたようで何より。
そして新キャラ、オークの美女マイアーレ登場! 豚から美少女へ……タケルの煙、恐るべし。 これから彼女も食堂娘として人気が出そうです。
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