第48話 渇きの沼と、微笑みの破壊的魔法
オーク族(肉)に続き、次は「水」の確保です。 タケルたちは西の湿地帯へ向かいますが、そこは帝国のダム建設により干上がり、地獄と化していました。 そんな危機的状況を救うのは、おっとり長女・レミの「優しすぎる(物理)」魔法でした。
「……酷いですね、これは」
拠点から西へ数キロ。かつては豊かな水源だったはずの「西の湿地帯」。 重機部隊の背に揺られながら、その光景を目にした俺は言葉を失った。
そこにあるはずの「水」が一滴もない。 視界の限り広がっているのは、亀の甲羅のように無残にひび割れた大地と、乾いた風が巻き上げる砂塵だけ。 所々に、干からびて骨と皮だけになった魚や、泥の中で息絶えた魔物の死骸が転がっている。
「湿地帯の面影もないな。ここじゃ干物しか作れねぇぞ」 「パパ、埃っぽいのじゃ。喉がイガイガする」
俺の膝の上で、紅が不快そうに顔をしかめ、俺の胸元に顔を埋めた。 そして、今回の同行者である長女のレミは、悲しげに白い頬に手を当てていた。
「あらあら……。これではお肌が乾燥してしまいますわ。生き物さんたちも、お花さんたちも、みんな悲鳴を上げています」
彼女は豊満な胸を揺らしながら、おっとりと溜息をつく。 柔らかな金髪に、垂れ目の優しげな顔立ち。一見するとただの母性溢れるお姉さんだが、彼女はタケル・ファミリーの中でもトップクラスの魔力を持つ『魔法使い』だ。 その魔力は、今の乾燥した空気の中でもビリビリと肌を刺すほど濃密だ。
「止まれ! そこから先は、我らリザードマンの聖域だ!」
干上がった沼の底――わずかに泥水が残る水たまりの前で、しわがれた声が響いた。 岩陰から現れたのは、槍を持った十数名の戦士たち。 青い鱗を持つトカゲの亜人、リザードマンだ。
だが、その姿はあまりにも痛々しかった。 本来は美しいはずの青い鱗は乾燥で白く粉を吹き、剥がれ落ちて赤黒い肉が見えている者もいる。 目は窪み、呼吸をするたびにヒューヒューと乾いた音が漏れる。立っているのが不思議なほど衰弱していた。
「我は族長、ザッハ! 帝国の手先め、これ以上我らから何を奪う気だ!」
リーダーのザッハが進み出る。 やせ細った体だが、その眼光だけは鋭く、死を覚悟した武人のそれだった。 震える手で構えた槍の切っ先が、カブトムシの上の俺たちに向けられる。
「帝国の手先じゃない。俺はタケル。こっちのレミと紅と一緒に、水を飲みに来たんだが……これじゃ無理そうだな」 「水だと……? 笑わせるな」
ザッハは乾いた笑いを漏らし、恨めしそうに北の空を睨みつけた。
「貴様ら人間(帝国)が、上流に『ダム』などという壁を作り、川をせき止めたのだろう! 魔導炉を冷やすためだけに、我らの命脈を断ったのだ!」
なるほど、原因はドライアドの時と同じか。 帝国は北の森を焼き、その高火力な炉を冷却するために、ここへ流れるはずの川を独占したわけだ。 下流に住む亜人がどうなろうと知ったことではない、という傲慢な意思を感じる。
「我らは誇り高き水鱗の民。汚れた水で生き延びるくらいなら、清き心のまま干からびて死ぬ道を選ぶ……!」
ザッハが血を吐くように叫ぶ。 後ろに控える若者や子供たちも、すでに動く力もないようだが、その瞳には諦めではなく「誇り」が宿っていた。 水がないなら死ぬ。だが、魂までは乾かせない。そんな覚悟だ。
その悲壮な光景を見たレミが、静かに一歩前に出た。
「……なんて可哀想な方たち。喉が渇いて、心まで乾いてしまっているのね」 「貴様、何をする気だ……近づくな!」 「お父様(タケル様)。少し『水やり』をしてもよろしいですか?」
殺気立つザッハたちを気にも留めず、レミがニッコリと俺に許可を求める。 俺は紫煙を一吹かしし、地面の底深くを探知してから頷いた。
「ああ、派手にやっていいぞ。俺の煙で場所は特定した。この地下深くに、とびきり綺麗な水脈が眠ってる」 「ふふ、承知いたしました♡」
レミは優雅にドレスの裾を摘み、枯れた大地に向かって手をかざした。 その瞬間、場の空気が凍りついた。
――ゴゴゴゴゴ……ッ。
大気が震える。 おっとりとした彼女の笑顔の裏から、災害級の魔力が膨れ上がり、渦を巻いて収束していく。 ザッハたちが本能的な恐怖に目を見開く。
「ザッハさんと言いましたね? もう我慢しなくていいんですよ。母なる大地は、いつだって貴方たちを愛しているのですから」 「な、何を言って……ひっ!?」
レミの背後に、幻影のような巨大な水流が見えた気がした。 彼女は歌うように、しかし絶対的な命令として『破壊』の言葉を紡ぐ。
「穿て、恵みの水よ。硬き岩盤を砕き、乾いた大地を潤しなさい――超・激流噴出」
――ズドオオオオオオオオオオンッ!!!!!
世界が弾けたような爆音。 レミが手をかざした地点の地面が内側から爆発し、巨大な土砂が吹き飛んだ。 直後、解放された地下水脈が、高層ビルのような高さの「間欠泉」となって空高く噴き上がる。
それはもはや雨などという生易しいものではなく、局地的な『大洪水』だった。 天から降り注ぐ大量の水が、ひび割れた大地を叩き、窪みを満たしていく。
「な、なんだこれはぁぁぁッ!?」 「み、水だ! 空から大量の水が降ってくるぞぉぉ!?」 「主よ、バリアを!」
俺は慌てて紫煙の結界を展開し、降り注ぐ豪雨から紅たちを守った。 数分もしないうちに、干上がっていた荒野は満々と水を称える「巨大な湖」へと変貌していた。 帝国のダムなど誤差に思えるほどの、圧倒的な暴力的な水量。 しかも地下深くから汲み上げた水は、不純物のないクリスタルクリアな湧き水(一部温泉)だ。
「ぷはっ! う、美味い! なんだこの水は……甘いぞ!?」 「肌が……ウロコが潤っていく! 力が戻ってくるぞ!」
死にかけていたリザードマンたちが、濁流に揉まれながらも歓喜の声を上げる。 涙を流しながら水を浴び、飲み干し、生き返っていく。
族長のザッハは、震える手で顔を洗い、そして湖の畔に立つレミを見上げた。 降り注ぐ水しぶきを浴び、虹を背負って微笑む彼女の姿。 圧倒的な破壊と、慈愛に満ちた再生。 それは彼らの目には、こう映っただろう。
「……め、女神よ……」
ザッハが槍を捨て、水の中に平伏した。 それに続き、他のリザードマンたちも一斉にひれ伏す。
「ああ、水の女神クリシュナの再来だ……!」 「我らの祈りが届いたのだ……! 奇跡だ!」
「あらあら、女神だなんて。私はただの魔法使いですよ? うふふ」
レミは困ったように頬に手を当てているが、ザッハたちの信仰心はもう止まらない。 ザッハは泥水に頭を擦り付けながら叫んだ。
「女神様! そしてその御父上(大神)よ! この命、貴方様に捧げます! どうか我らを、その聖域の末席にお加えください!」
頑固で誇り高い武人たちが、完全に心酔している。 俺は苦笑しながら、ずぶ濡れのザッハに声をかけた。
「ん、まあいいぞ。ちょうど国中の『水回り』を管理できるプロを探してたんだ」
俺が言うと、ザッハは感極まった表情で顔を上げ、直立不動の敬礼をした。
「水回り……つまり、この清らかな水を守護する『聖騎士』ということですね!? 承知いたしました! このザッハ、必ずや一滴の汚れも見逃さぬことを誓います!」
……まあ、平たく言えば「水道局員」と「風呂掃除係」なんだが。 これだけやる気になってるなら、きっと最高の仕事をしてくれるだろう。
こうして、西の渇きは癒やされた。 俺たちは最強の「水質管理者」たちを引き連れ、豊かな湖となった元・湿地帯を後にするのだった。 ちなみにレミは、帰り道ずっとリザードマンたちから拝まれ続け、「レミ様親衛隊」が結成されそうな勢いであった。
おっとり長女レミの本領発揮です。 地下水脈を爆破して無理やり水を出すという、物理的(魔法的)な解決策でした。
リザードマンのザッハたちは、武人肌で真面目すぎるがゆえに、レミを「女神」と信じ込んでしまったようです。 これで風呂掃除も安泰ですね。
次回、いよいよ役者は揃いました。 集まった多種族による、本格的な「首都建設」が始まります!
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