第46話 森の精霊と、小さくなった災厄
サウナで整った翌日。 タケルは地面に描いた「リゾート完成予想図」を前に、ある重大な問題に頭を抱えていました。 そこへ現れたのは、森の管理者たち。 しかし彼女たちは、タケルの膝の上にいる「ある少女」を見て、恐怖に震え上がり――?
「……広い。広すぎるだろ、この森」
翌朝。 俺は拠点の洞窟の前で、木の枝を使って地面にガリガリと図面を描いていた。 昨夜の「サウナ会議」で決まった、世界一のリゾート国家計画。 俺の拠点を中心に、六角形の区画を作り、そこに各種族の街を配置する――という壮大なプランなのだが。
「これを全部切り開いて整地するとか、何年かかるんだ?」
俺は目の前に広がる鬱蒼とした原生林を見上げて溜息をついた。 この「大樹海」はとんでもなくデカい。国がひとつすっぽり入るほどの規模だ。 俺たちがいるのはその「南西」のエリアだが、それでも整地の手間を考えると気が遠くなる。
「パパ、暇じゃ。煙をよこすのじゃ」
俺が図面と格闘していると、膝の上にちょこんと座っていた幼女――紅が、俺の服の裾をグイグイと引っ張った。 燃えるような赤髪に、ゴシックな黒ドレス。見た目は愛らしい人形のようだが、その正体はつい先日までこの森を瘴気で支配していた『古龍(緋色の崩竜)』だ。
「はいはい。おやつ代わりだぞ」
俺は咥えていたタバコの煙を、ふぅーっと紅の顔に吹きかけた。
「ん……ぁ……♡ これじゃ、この味じゃ……魔力が満ちる……」
紅はうっとりと目を細め、口をパクパクさせて紫煙を吸い込む。 ……側から見ると完全にヤバい絵面だが、彼女の体は俺の煙(魔力)で構成されているので、これが「食事」なのだ。
「主よ。お客様です」
その時、背後に控えていたヴァイスが静かに告げた。 同時に、森の木々がざわざわと揺れ、緑色の風が吹き抜ける。
「敵か?」 「いえ……敵意はありませんが、数は多いですね。それに、この気配は――」
ヴァイスが言いかけた瞬間、森の緑が濃くなり、木々の間から数十人の「女性たち」が姿を現した。 全員が蔦や葉で編んだ服を身に纏い、肌は淡い若草色。髪には花が咲いている。 ファンタジー作品でよく見る『森の精霊』たちだ。
彼女たちは俺たちの前まで来ると、一斉にその場に跪いた。 先頭に立つ、ひときわ美しい――豊満な肢体を薄い葉の衣で包んだ女性が、震える声で告げる。
「突然の来訪、お許しください。我々は木の精霊。この森の守り手です」
「森の守り手さんが、俺になんの用だ?」
俺が尋ねると、代表の女性――長老樹の精霊リーフは、地面に額を擦り付けんばかりに頭を下げた。
「貴方様に、感謝を伝えに参りました。長きに渡りこの広大な森の四割を死滅させていた『腐敗の瘴気』を払い、死にかけていた大地に『生命の息吹(紫煙)』を与えてくださったこと……我ら一族、なんと御礼を申し上げればよいか」
どうやら、昨日の古龍戦(と、その後の俺の浄化スモーク)のおかげで、森の環境が激変して生き返ったらしい。 元々この森は、中心部から全体の五分の二ほどが瘴気に汚染された「死の領域」だったらしいが、それが一晩で濃密な生命の気配が満ちる楽園に変わったのだ。そりゃ驚くか。
「礼ならいいさ。俺が快適に過ごすためにやっただけだからな」 「なんと無欲な……! まさに森の王たる器……」
リーフたちが感涙にむせぶ中、俺の膝の上で紅が「む?」と声を上げた。
「なんじゃ、騒がしいのう。パパとの食事の邪魔じゃ」
紅が不機嫌そうに振り返り、金色の瞳でドライアドたちを見下ろす。 その瞬間。 リーフたちの顔色が、若草色から真っ青(枯葉色)に変わった。
「ひっ……!?」 「そ、その、禍々しくも強大な魔力……まさか……!?」
ドライアドたちはガタガタと震え出し、後ずさりする。 無理もない。彼女たちにとって、紅(古龍)はずっと森を汚染し続けてきた天敵であり、絶対的な恐怖の象徴だ。
「あ、ああっ……『緋色の崩竜』!? な、なぜここに……いえ、なぜそのような幼子の姿で……!?」
リーフが悲鳴のような声を上げる。 紅は興味なさそうにフンと鼻を鳴らした。
「誰かと思えば、雑草どもか。安心せい、今の我はただの紅じゃ。パパに飼われておる」 「か、飼われている……!?」
リーフは目を限界まで見開き、俺と紅を交互に見た。 そして、信じられないものを見る目で俺を凝視する。
「あ、あの災厄の化身を……幼子に変え、膝に乗せて手懐けているというのですか!? しかも『パパ』と呼ばせて……!?」
あ、これ誤解が加速してるな。 だが訂正するのも面倒だ。俺はあえて堂々と頷いた。
「まあ、そんなところだ。コイツも今は反省して大人しくしてる。仲良くしてやってくれ」 「な、なんてこと……。古龍をペット扱いなんて、このお方は神の使いか何かなの……?」
ドライアドたちの視線が、「感謝」から「畏怖と崇拝」へとランクアップした。 まあ、言うことを聞いてくれるなら都合がいい。
「ところで、礼を言いに来ただけじゃないんだろ? なんか困ってる顔してるぞ」
俺が本題に入ると、リーフはハッと我に返り、悲痛な表情で訴えた。
「はい……実は、どうか我々をこの『南西の聖域』に住まわせていただきたいのです。北の森が……『ヴァルゴア帝国』によって焼かれているのです」 「焼かれている?」 「はい。奴らは山を越え、森の北側から侵食してきています。『魔導炉』の燃料にするために、我々の同胞である古木を根こそぎ奪っていくのです」
話を聞くと、どうやら帝国は北側の木を切り尽くし、枯渇した燃料を求めてドワーフのトンネルを抜け、南下してきているらしい。 彼女たちは北からは帝国に追われ、中心部は瘴気で行き場をなくし、ようやくこの南西の地に逃げ延びてきたというわけか。
「ふざけた話だ。炉の温度が足りないなら工夫しろよ。貴重な森を燃料扱いか」
俺は吐き捨てた。 自然破壊云々以前に、やり方が気に入らない。
「いいだろう。お前たちを保護する。ここなら俺の煙があるし、帝国も手出しはさせない」 「あ、ありがとうございます……!」
リーフたちが涙を流して喜ぶ。 そこで俺は、地面の図面を指差してニヤリと笑った。
「その代わり、『家賃』は働いて返してもらうぞ。ちょうど、森の『整地』に困ってたんだ」
俺の意図を察したリーフは、涙を拭いて力強く頷いた。 彼女が仲間に合図を送ると、ドライアドたちが一斉に不思議な旋律の歌を歌い始める。
――ズズズズズ……ッ!!
地響きと共に、目の前の巨木たちがまるで意思を持った生き物のように根を上げ、動き出した。
「おおっ、すげぇ! 木が歩いてる!」 「邪魔な木は移動させ、必要な場所に果樹を植え替えます。……このように!」
ものの数十分。 俺が何年もかかると絶望していた広大な森の開拓が、ドライアドたちの魔法(園芸)によって完了してしまった。 図面通りに綺麗に開けた六角形の土地。そこにはすでに、美しい並木道まで整備されている。
「完璧だ。今日からお前たちは、国家公務員(農業担当)だ」 「はっ! この命、森の王(タケル様)に捧げます!」
こうして、最強の造園業者が仲間になった。 俺は出来たばかりの更地を見渡し、次のステップへと意識を向ける。
「土地はできた。あとは『肉』と『水』だな」 「それでしたら、心当たりがございます」
リーフが恭しく進言する。
「ここからさらに南の岩場には、帝国に故郷を追われ、そこまで逃げ延びた牧畜の民『オーク族』が。そして西の湿地には、水源を管理する『リザードマン』たちが隠れ住んでおります」
完璧な情報だ。 俺は紅の頭を撫でながら、満足げに煙を吐いた。
「よし。次はスカウトキャラバンだ。最高の肉と魚を確保して、一気にこの国を完成させるぞ」
森の精霊と、小さくなった災厄。 奇妙な住人が増えた俺のリゾート開発は、ここから爆速で進んでいくことになる。
ドライアドの加入により、面倒な「整地」が一瞬で完了しました! (人力でやっていたら、これだけで数ヶ月かかるところでした……) しかも古龍(紅)の威光のおかげで、忠誠度もMAXです。
次回、タケルたちは「極上の肉」を求めてオーク族の元へ向かいます。 しかし、一般的なオークのイメージとは少し違うようで……?




