第45話 紫煙の湯と、王者の待機戦術
激動の後は、待ちに待った「癒やし」の時間です。 タケルの作った露天風呂と、異世界初のサウナ。 そして、湯けむりの中で語られる、あまりにも「タケルらしい」国家戦略とは――。
「……あ゛あ゛~~~~……生き返るぅ……」
思わず漏れたその声は、日本語で言うところの「極楽」そのものだった。 檜(に似た香りのする『香木』)で作られた巨大な湯船。なみなみと注がれた源泉掛け流しの湯。 立ち上る湯気と共に、日々の開拓疲れが細胞の一つ一つから抜け出ていくようだ。
「主よ。……これは、危険な罠だな」 「ん? どうしたヴァイス」
隣で湯に浸かる軍師ヴァイスが、手ぬぐいを頭に乗せ、恍惚とした表情で天井を仰いでいる。 普段のクールな表情はどこへやら、完全に骨抜き状態だ。
「この『湯』という液体……魔力回復効率が異常に高い。それに全身の筋肉が弛緩し、思考能力が奪われていく……。これでは、もう二度と仕事に戻れんぞ」 「ははは、それが風呂の魔力だよ。今日くらいは軍師の脳みそも休ませてやれ」
俺たちが浸かっているのは、完成したばかりの**『紫煙の湯』**。 見渡せば、種族の垣根を超えた「裸の付き合い」が広がっていた。
「ぬぉぉ……! 効くぅ……! 腰の痛みが引いていくわい!」 「親方、飲みすぎですよ。湯船で酒を飲まないでください」
向こう側では、ガルド親方率いるドワーフ職人団が、真っ赤な顔で豪快に笑っている。 その隣で、三男ラシが胃薬片手に注意して回っていた。 ドワーフたちは「若いの、固いこと言うな!」とラシの背中をバンバン叩いている。……うん、ラシの苦労は続くようだ。
「おい大将! こっちの背中、流してくれねぇか!」 ガルド親方が声を張り上げた。 「おう、今行く! ……っと、ちょっと通るぞ」
俺は湯船の中を移動する。 その途中、彫刻のように美しい筋肉を持つ集団とすれ違った。ゴブリン部隊だ。 リーダーのゴブ郎が、濡れたオールバックの髪をかき上げながら、部下のゴブ太たちと語らっている。
「ふッ……タケル様の湯は素晴らしい。我々の肌艶がさらに輝きを増しているな」 「違いねぇです兄貴。この美貌、もはや罪ですぜ」
……彼らは進化してからナルシスト気味だが、まあ無害だからいいか。 その対面では、ガレイス卿たち元・王国騎士団(人間)が、お湯を肩にかけながら信じられないものを見る目をしていた。
「おい……俺たち、ゴブリンと混浴してるぞ……」 「しかもあっちの方が肌が綺麗だ……どうなってんだこの村は」 「ま、まあいいじゃないか。極楽だもの」
かつての常識が、温かいお湯の中に溶けていく。 湯船の隅では、クロウ率いるブラックウルフ隊が、器用に犬かき(狼かき)で泳いでいる。 クロウは俺を見つけると、「ワンッ!(気持ちいい!)」と尻尾を振ってお湯をバシャバシャと跳ねさせた。
「おっと、クロウ。泳ぐなよ~」
俺はガルドの背中を流した後、ヴァイスの手を引いた。
「ヴァイス、風呂の神髄はここからだ。ついてこい」
俺たちが向かったのは、浴室の奥に設置された小部屋――**『サウナ室』**だ。 中は薄暗く、灼熱の蒸気が充満している。
「……暑い。主よ、これは何の苦行だ?」 「ふふふ。ここで俺の『紫煙』の出番だ」
俺はタバコを一吸いし、焼けた石へと吹きかけた。 ――ジュワアアアアアッ!! 強烈な熱波が襲う。
「ぬぐっ……!? 熱波が……しかし、この香り……肺の中が浄化されていくような……!」 「我慢しろヴァイス。毛穴の一つ一つから老廃物を出し切るんだ」
数分後。限界まで蒸された俺たちは、フラフラとサウナ室を出た。
「も、もう限界です……」 「よし、あそこだ! 飛び込めヴァイス!」
俺が指差したのは、青白く光る水槽――『水風呂』。 ただの水ではない。ドワーフたちに頼んで、浴槽の底に**『冷却魔法陣』を刻み込み、動力源として『魔石』**をセットした魔改造水風呂だ。 ヴァイスは躊躇なくそこへ身を投げた。
「あひぃっ!? つ、冷た――う、おおおぉぉ……!?」
魔法陣によって冷やされた水が、血管を収縮させ、脳内麻薬を駆け巡らせる。 俺たちはそのまま露天スペースのベンチへとなだれ込んだ。夜風が火照った体を撫でていく。
「……世界が、回っています……」 「どうだヴァイス。今の気分は」 「……信じられない。脳内のノイズが完全に消え去りました。思考が澄み渡り、**世界の理**すら掴めそうです。これが……『整う』という境地……!」
どうやら天才軍師は、サウナという新たな快楽に目覚めてしまったらしい。 その時、竹垣の向こう――女湯から賑やかな声が響いた。
「わぁっ! ニアちゃんたちの尻尾、お湯に濡れるとペタンコになって可愛い~!」 「やーん! ミファ様触らないでください~! ブルブルッてしちゃいますよぉ!」 「キャハハッ! それよりファソ姉様、また転んでお湯を溢れさせないでくださいね!」
どうやら女性陣も、ミファやニア(猫耳獣人)を中心に盛り上がっているようだ。 ……平和だ。本当に平和だ。 俺は夜空を見上げながら、隣のヴァイスに語りかけた。
「風呂は完成した。次は『食』だ」 「食、ですか」 「ああ。風呂上がりの日本人が、一番欲するモノがまだ足りない」
俺は空想する。 湯上がりの火照った体に、炊きたての白い米。その上に、サクサクのワイバーン肉のカツを乗せ、出汁の効いた卵で閉じる。
「……カツ丼だ」 「カツドン……未知の響きですね」 「東の国『トウワ』にあるという**『コメ』**。これを手に入れない限り、俺のスローライフは完成しない」
ヴァイスはゆっくりと目を開け、星空に細い指を向けた。 その指先は、正確に東の方角を指している。
「承知しました。サウナで脳が活性化した今、あらゆる戦略が見えます。直ちにミファ嬢を東へ派遣し、トウワ国との交易ルートを開拓……」 「いや、待てヴァイス。行く必要はない」
俺は軍師の言葉を遮り、ベンチに深くもたれかかったまま手を振った。
「え?」 「トウワ国は遠い。海を越えるのも面倒だ。それに、俺の煙には**『活性』**の力がある。つまり――」
俺は人差し指を一本立てる。
「**『一粒』**だ。たった一粒の籾さえ手に入れば、俺が田んぼ一杯に増やしてみせる。わざわざ国交を結んで大量輸入する必要なんてないんだよ」 「な、なるほど……! 兵站の概念を覆す、主ならではの発想……。ですが、その一粒はどうやって?」
ヴァイスの問いに、俺はニヤリと笑って完成したばかりの巨大な露天風呂を見渡した。
「向こうから『持ってこさせる』んだよ」 「持ってこさせる……?」 「ああ。俺たちはこの国を、世界一の『リゾート地』にする。噂を聞きつけた世界中の金持ちや商人が、勝手にここに集まるようにな」
俺は夜空に煙を吹き上げる。
「ドワーフの国、エルフの里、帝国の貴族……そして東の商人。奴らは必ず来る。俺たちの作った『極上の癒やし』を求めてな。その時、商人の荷物にコメが紛れ込んでいれば、俺の勝ちなのさ」
ヴァイスは目を見開き、そして震える声で呟いた。
「……なんと。自ら動かず、世界の富と物資をこの地に『吸引』するおつもりか……! まさに王者の戦略。このヴァイス、恐れ入りました」
(……いや、単に俺がここから動きたくないだけなんだが)
過大評価する軍師に苦笑しつつ、俺はフルーツ牛乳(バイソン乳製)の瓶を手に取った。
「そういうわけだ。だから俺たちは、明日からも全力でここを『楽園』に改造するぞ。美味い飯と、フカフカのベッドを用意してな」 「御意。……では主よ、その英気を養うためにも、もう1セット、サウナに入っても?」 「……お前、本当にハマりすぎだろ」
紫煙の湯の夜は、多種族の笑顔と共に更けていく。 東へ行く必要はない。 ただここで、最高の風呂に入って待っていればいい。 遥かなる「お米」への道は、意外とすぐそこまで来ている気がした。
サウナで「整う」ことを覚えてしまった軍師ヴァイス。 もはや仕事に戻れる気がしません(笑)。
わざわざ危険な旅に出るのではなく、 「魅力的な国を作って、向こうから来させる」 という、タケルらしい(めんどくさがりな)結論に至りました。
次回、いよいよ本格的な「リゾート国家」作りが始まります。 そこに現れるのは、森の主からの使い……!?
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