表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/39

第36話:森を喰らう黒い影

ご訪問ありがとうございます。 いつも応援ありがとうございます。


少しでも楽しんでいただけたら幸いです。


第1部完結まで描き上げておりますのでよろしくお願いします。



聖教国の処刑人たちを撃退してから、二日が過ぎた。

その間、西の森からの地響きは止むどころか、徐々にその間隔を縮め、大きくなっていた。


決戦の時は近い。

ピリピリとした空気が村を包む中、北の街道から狼の遠吠えが響いた。


「ワォン!!(帰ったぞ!)」


見張り台にいたクロウが反応する。

現れたのは、ドワーフ王国へ外交に向かっていたブラックウルフ隊だ。その背には、懐かしい顔ぶれが乗っている。


あるじ! 間に合ったか!」


ドワーフの親方・ガルドが、狼から転がり落ちるように降りてきた。

続いて、執事服のドレ(長男)と、身軽なソラ(五男)も着地する。


「ただいま戻りました、主様。母上」

「ギリギリセーフ! 遠くからすごい魔力が膨れ上がるのを感じたから、狼さんたちに無理言って飛ばしてきたんだ!」


どうやらドラゴンの覚醒を察知し、不眠不休で戻ってきてくれたらしい。


「おかえり。成果はどうだった?」

「バッチリだ! 剛鉄王はあんたとの同盟を快諾してくれた。……それに、手土産として王家の武器庫から最高級の『対竜兵器(バリスタの矢)』をふんだんに貰ってきたぜ!」


ガルドが荷物を指差す。そこにはミスリルコーティングされた極太の杭が満載されていた。

これで準備は完璧だ。役者は全員揃った。


   ◇   ◇   ◇


そして、その時は来た。


ズシン……ズシン……


地響きが、俺たちの内臓を直接叩くような振動に変わる。


「く、空が……暗くなっていく……」


ニアたち獣人が空を見上げて震えている。

太陽が雲に隠れたわけではない。

西の空を覆い尽くすほどの**「ドス黒い瘴気」**が、物理的な質量を持って押し寄せてきているのだ。


「……結界、第一層から第三層まで突破されました! 物理的な圧力で潰されています!」


ヴァイスが悲鳴に近い声を上げる。

彼が徹夜で構築した対瘴気結界が、まるで薄紙のように破られていく。

魔法で解かれたのではない。ただ「濃すぎる瘴気」が、結界の許容量を超えて圧し掛かっているのだ。


そして、森が割れた。


**バキバキバキバキッ!!**


樹齢数百年を超える大木が、まるで爪楊枝のようにへし折られ、吹き飛ぶ。

土煙と黒い霧の中から、その**「絶望」**は姿を現した。


「……デカすぎんだろ」


俺は思わず、吸っていたタバコを取り落としそうになった。


全長、およそ100メートル。

全身を漆黒の鱗と、ヘドロのような瘴気に覆われた、山のような巨体。

背中にはボロボロに腐り落ちた翼。眼窩には、憎悪に燃える金色の瞳。


この森の支配者、**古龍エルダードラゴン**だ。


『――我ガ庭ヲ荒ラス、小サキ虫共ヨ』


声ではない。

脳髄に直接響く「念」が、俺たち全員を圧迫した。


『死ヲ以テ、罪ヲ償ウガヨイ』


「あ……あぁ……」


その圧倒的なプレッシャーに、ゴブリンたちが膝をつく。

ニアたち獣人に至っては、泡を吹いて気絶寸前だ。

戦う前から、生物としての格の違いに魂が屈服させられている。

あの気丈なクラウディアでさえ、剣を持つ手がガタガタと震えていた。


「(マズいな……このままじゃ戦う前に全滅だ)」


俺は足元の携帯灰皿を蹴り飛ばし、新しい箱を開けた。

指パッチンで種火を出し、深く、長く吸い込む。


「……すぅぅぅぅ…………」


肺いっぱいに溜め込んだ紫煙を、天に向かって勢いよく吐き出した。


**《煙霧変調フォグ・チューニング》――『勇気ブレイブ』**


「……ふぅぅぅっ!!」


吐き出された紫煙は、瞬く間に広場全体へと拡散し、震える仲間たちを優しく包み込んだ。

煙に含まれる精神安定成分と、高揚感をもたらす魔力が、彼らの脳内物質を強制的に書き換える。


「……あれ?」

「震えが……止まった?」


ゴブリンたちが顔を上げる。

クラウディアが剣を握り直す。

恐怖が消えたわけではない。だが、それをねじ伏せる「熱」が体の奥底から湧き上がってくる。


「ビビってんじゃねぇよ、野郎ども!」


俺は声を張り上げた。


「相手はただのデカいトカゲだ! 図体がデカけりゃ、それだけマトがデカいってことだろ!」

「ブハハッ! 違いない!」


ゴブ郎が強がって笑う。空気が変わった。


「ヴァイス! 指揮を頼む!」

「……まったく、無茶を言う主だ。だが、やるしかないな」


ヴァイスが不敵に笑い、タクトを振るうように指を弾いた。


「総員、戦闘開始!! まずは挨拶代わりだ、撃てェェェ!!」


**ドォォォン!!**


ヴァイスの号令と共に、要塞化された村の防壁から、一斉射撃が開始された。

ゴブリン弓兵部隊による「ミスリルの矢」の雨。

そして、ガルドたちが持ち帰ったドワーフ王国産の杭を装填した、「対竜バリスタ」が発射される。


『……小賢シイ』


ドラゴンは避ける素振りすら見せない。

矢や杭が直撃するが、その分厚い瘴気の鎧と鱗に弾かれ、傷一つつけられない。


「硬いな! だが、足止めにはなる!」

「シルヴィ! 子供たち! 右翼を撹乱しろ!」


『御意!』


人化したシルヴィと、帰還したドレ、ソラを含む7人の美形眷属たちが飛び出す。

彼らは空中に糸を張り巡らせ、それを足場にして高速でドラゴンの周囲を飛び回る。


「魔法斉射!」


シルヴィの指揮で、上級魔法の嵐がドラゴンの顔面に叩き込まれる。

さすがに鬱陶しいのか、ドラゴンが咆哮を上げた。


『消エロ』


ドラゴンの爪が薙ぎ払われる。

ただの爪撃ではない。衝撃波を伴う破壊の嵐だ。


「防壁、展開!」


ヴァイスが叫ぶ。

俺とシルヴィが同時に前に出て、煙と糸の多重結界を展開する。


**ズガアアアァァン!!**


「ぐっ……! 重い……!」


結界越しでも吹き飛ばされそうな威力。

地面がえぐれ、作り上げた要塞の一部が崩壊する。

だが、耐えた。


「生きてるかお前ら!」

「なんとか!」


俺はニヤリと笑い、ライター(鳳凰の柄)を抜いた。


「挨拶は終わりだ。……こっからが本番だぞ、トカゲ野郎!!」


絶望的な戦力差。

だが、俺たちの目から光は消えていない。

最強のスローライフを賭けた、総力戦レイドバトルの火蓋が切って落とされた。


(第36話 完)

お読みいただきありがとうございました。


面白いと思っていただけたら、下にある【☆☆☆(評価)】や【ブクマ】を押していただけると嬉しいです。 感想もお待ちしております!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ