第36話:森を喰らう黒い影
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第1部完結まで描き上げておりますのでよろしくお願いします。
聖教国の処刑人たちを撃退してから、二日が過ぎた。
その間、西の森からの地響きは止むどころか、徐々にその間隔を縮め、大きくなっていた。
決戦の時は近い。
ピリピリとした空気が村を包む中、北の街道から狼の遠吠えが響いた。
「ワォン!!(帰ったぞ!)」
見張り台にいたクロウが反応する。
現れたのは、ドワーフ王国へ外交に向かっていたブラックウルフ隊だ。その背には、懐かしい顔ぶれが乗っている。
「主! 間に合ったか!」
ドワーフの親方・ガルドが、狼から転がり落ちるように降りてきた。
続いて、執事服のドレ(長男)と、身軽なソラ(五男)も着地する。
「ただいま戻りました、主様。母上」
「ギリギリセーフ! 遠くからすごい魔力が膨れ上がるのを感じたから、狼さんたちに無理言って飛ばしてきたんだ!」
どうやらドラゴンの覚醒を察知し、不眠不休で戻ってきてくれたらしい。
「おかえり。成果はどうだった?」
「バッチリだ! 剛鉄王はあんたとの同盟を快諾してくれた。……それに、手土産として王家の武器庫から最高級の『対竜兵器(バリスタの矢)』をふんだんに貰ってきたぜ!」
ガルドが荷物を指差す。そこにはミスリルコーティングされた極太の杭が満載されていた。
これで準備は完璧だ。役者は全員揃った。
◇ ◇ ◇
そして、その時は来た。
ズシン……ズシン……
地響きが、俺たちの内臓を直接叩くような振動に変わる。
「く、空が……暗くなっていく……」
ニアたち獣人が空を見上げて震えている。
太陽が雲に隠れたわけではない。
西の空を覆い尽くすほどの**「ドス黒い瘴気」**が、物理的な質量を持って押し寄せてきているのだ。
「……結界、第一層から第三層まで突破されました! 物理的な圧力で潰されています!」
ヴァイスが悲鳴に近い声を上げる。
彼が徹夜で構築した対瘴気結界が、まるで薄紙のように破られていく。
魔法で解かれたのではない。ただ「濃すぎる瘴気」が、結界の許容量を超えて圧し掛かっているのだ。
そして、森が割れた。
**バキバキバキバキッ!!**
樹齢数百年を超える大木が、まるで爪楊枝のようにへし折られ、吹き飛ぶ。
土煙と黒い霧の中から、その**「絶望」**は姿を現した。
「……デカすぎんだろ」
俺は思わず、吸っていたタバコを取り落としそうになった。
全長、およそ100メートル。
全身を漆黒の鱗と、ヘドロのような瘴気に覆われた、山のような巨体。
背中にはボロボロに腐り落ちた翼。眼窩には、憎悪に燃える金色の瞳。
この森の支配者、**古龍**だ。
『――我ガ庭ヲ荒ラス、小サキ虫共ヨ』
声ではない。
脳髄に直接響く「念」が、俺たち全員を圧迫した。
『死ヲ以テ、罪ヲ償ウガヨイ』
「あ……あぁ……」
その圧倒的なプレッシャーに、ゴブリンたちが膝をつく。
ニアたち獣人に至っては、泡を吹いて気絶寸前だ。
戦う前から、生物としての格の違いに魂が屈服させられている。
あの気丈なクラウディアでさえ、剣を持つ手がガタガタと震えていた。
「(マズいな……このままじゃ戦う前に全滅だ)」
俺は足元の携帯灰皿を蹴り飛ばし、新しい箱を開けた。
指パッチンで種火を出し、深く、長く吸い込む。
「……すぅぅぅぅ…………」
肺いっぱいに溜め込んだ紫煙を、天に向かって勢いよく吐き出した。
**《煙霧変調》――『勇気』**
「……ふぅぅぅっ!!」
吐き出された紫煙は、瞬く間に広場全体へと拡散し、震える仲間たちを優しく包み込んだ。
煙に含まれる精神安定成分と、高揚感をもたらす魔力が、彼らの脳内物質を強制的に書き換える。
「……あれ?」
「震えが……止まった?」
ゴブリンたちが顔を上げる。
クラウディアが剣を握り直す。
恐怖が消えたわけではない。だが、それをねじ伏せる「熱」が体の奥底から湧き上がってくる。
「ビビってんじゃねぇよ、野郎ども!」
俺は声を張り上げた。
「相手はただのデカいトカゲだ! 図体がデカけりゃ、それだけ的がデカいってことだろ!」
「ブハハッ! 違いない!」
ゴブ郎が強がって笑う。空気が変わった。
「ヴァイス! 指揮を頼む!」
「……まったく、無茶を言う主だ。だが、やるしかないな」
ヴァイスが不敵に笑い、タクトを振るうように指を弾いた。
「総員、戦闘開始!! まずは挨拶代わりだ、撃てェェェ!!」
**ドォォォン!!**
ヴァイスの号令と共に、要塞化された村の防壁から、一斉射撃が開始された。
ゴブリン弓兵部隊による「ミスリルの矢」の雨。
そして、ガルドたちが持ち帰ったドワーフ王国産の杭を装填した、「対竜バリスタ」が発射される。
『……小賢シイ』
ドラゴンは避ける素振りすら見せない。
矢や杭が直撃するが、その分厚い瘴気の鎧と鱗に弾かれ、傷一つつけられない。
「硬いな! だが、足止めにはなる!」
「シルヴィ! 子供たち! 右翼を撹乱しろ!」
『御意!』
人化したシルヴィと、帰還したドレ、ソラを含む7人の美形眷属たちが飛び出す。
彼らは空中に糸を張り巡らせ、それを足場にして高速でドラゴンの周囲を飛び回る。
「魔法斉射!」
シルヴィの指揮で、上級魔法の嵐がドラゴンの顔面に叩き込まれる。
さすがに鬱陶しいのか、ドラゴンが咆哮を上げた。
『消エロ』
ドラゴンの爪が薙ぎ払われる。
ただの爪撃ではない。衝撃波を伴う破壊の嵐だ。
「防壁、展開!」
ヴァイスが叫ぶ。
俺とシルヴィが同時に前に出て、煙と糸の多重結界を展開する。
**ズガアアアァァン!!**
「ぐっ……! 重い……!」
結界越しでも吹き飛ばされそうな威力。
地面がえぐれ、作り上げた要塞の一部が崩壊する。
だが、耐えた。
「生きてるかお前ら!」
「なんとか!」
俺はニヤリと笑い、ライター(鳳凰の柄)を抜いた。
「挨拶は終わりだ。……こっからが本番だぞ、トカゲ野郎!!」
絶望的な戦力差。
だが、俺たちの目から光は消えていない。
最強のスローライフを賭けた、総力戦の火蓋が切って落とされた。
(第36話 完)
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