第2話:不死身のサラリーマン
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―――グルルルル……
「!」
低い、唸り声。
それは、川のせせらぎ音の向こう側、対岸の茂みから聞こえてきた。
同時に、鼻をつく生臭い獣の匂い。
(まずい…!)
タバコに伸ばしかけた手を止め、ライターを握りしめる。
ゆっくりと、音のした方へ(川の対岸へ)振り返る。
茂みの中から、ぬらり、と現れたのは。
「……狼、か?」
いや、違う。軽自動車ほどのサイズだ。
全身の毛はゴワゴワとした黒い体毛に覆われ、剥き出しの牙が唾液に濡れて光っている。
真っ赤な瞳が二つ、俺を正確に捉えていた。
「グルアァァァッ!!」
そいつは明らかに「獲物を見つけた」と歓喜の咆哮を上げた。
(死ぬ)
生々しい「死」の予感が全身を駆け巡る。
「ひっ…!」
腰が抜けた。
ライターで反撃?そんな思考すら、恐怖で吹き飛んだ。
手はガタガタと震え、声も出ない。
狼(仮)が、低い姿勢をとる。
対岸の地面を蹴った。
―――ガッ!!
(嘘だろ、川幅をひとっ飛びで!?)
凄まじい速度。こんなもの、誰であろうと避けられない。
「あ―――」
なす術もなく、巨大な顎が俺の左足に突き立った。
ブチブチブチッ!!
「あががががアアアアアアアアアアッ!!!」
肉が裂け、骨が砕ける生々しい感触。
凄まじい衝撃と共に、俺の体は吹き飛ばされ、川辺に生えていた巨木に背中を叩きつけられた。
「ゲホッ、ゴフッ…!」
肺から空気が押し出される。
視界がチカチカする。
俺は、恐る恐る自分の左足を見た。
「あ……」
ない。
膝から下が、綺麗さっぱり消え失せている。
傷口からは、血が噴水のように噴き出し、川辺の土と、水面を赤く染めていった。
「アアアアアアアアアアア!!!」
痛みと恐怖で、もはやまともな声にならない絶叫が漏れる。
「グルル…」
狼(仮)は、食いちぎった俺の足をその場にペッと吐き捨てると、不満そうに喉を鳴らした。
どうやら、食い物としてマズかったらしい。
だが、その真っ赤な目は、まだ俺を捉えている。
(死ぬ、死ぬ、死ぬ…!)
血が止まらない。
全身が急速に冷たくなっていく。
狼(仮)が、ゆっくりと、とどめを刺そうと俺に近づいてくる。
(……クソが!)
「―――やめろぉぉおおおおおっ!!!」
死の恐怖が極限に達した瞬間、俺は、無我夢中で握りしめていたライターのホイールを回した!
ゴオオオオオオオオオオオオッ!!!
「ギャアアアアアアアアアアア!!?」
意思のコントロールなど、そこにはなかった。
ただ、「死にたくない」という俺の本能に反応したかのように、灼熱の炎が噴き出した。
それは火柱というより、炎の津波だった。
俺の目の前で、とどめを刺そうとしていた狼(仮)を、真正面から飲み込んだ。
「ギャン! ギャイイイイイ!!!」
断末魔の悲鳴が森に響き渡る。
炎は数秒間荒れ狂い、やて俺の手からライターが滑り落ちると、嘘のようにスッと消えた。
そこには、黒く焼け焦げた、異臭を放つ「炭」が残っているだけだった。
「は…はは……」
勝った、のか?
だが、そんなことより、この傷だ。
血が止まらない。
もう、意識が……
(……クソが)
どうせ死ぬなら。
せめて、最後にもう一服、したかった。
「……っ」
霞む目で、血まみれの手を胸ポケットに伸ばす。
タバコの箱は無事だった。
震える手で、一本取り出す。
落ちたライターを必死で拾い上げ、カチン、とホイールを回した。
今度は、豆粒ほどの、優しい炎が灯る。
タバコをくわえ、火をつける。
「―――ぷはぁ………っ」
深く、深く吸い込む。
ああ、うまい。
死ぬ前に、こんなにうまいタバコが吸えるなら、まあ、悪くないか…。
そう思った、次の瞬間。
「…………え?」
信じられないことが起きた。
あれほど全身を苛んでいた、激痛が、スッと和らいでいく。
「(痛く…ない…?)」
混乱しながらも、二口目を吸い込む。
煙を吐き出す。
すると、噴水のように血を噴き出していた左足の傷口が、明らかに塞がっていくのが見えた。
出血が、止まったのだ。
「(血が…止まった…?)」
神様は言った。「吸えば吸うほど健康になる」と。
まさか、これのことか?
俺は慌てて、1本目を根元まで吸い切ると、すぐに箱から2本目を取り出し、火をつけた。
「―――ぷはぁ!」
3本目に火をつける。
「―――ぷはぁぁああ!!」
3本目の煙を吐き出した時、それは完了した。
さっきまで膝から下が無かったはずの俺の左足は、破れたスーツのズボンごと、完全に元通りになっていた。
俺は恐る恐る、再生した左足で、川辺の湿った地面を踏みしめた。
…立てる。
激痛も出血も、何もかもが嘘のように、完璧に治っている。
「……は、はは」
乾いた笑いが漏れる。
「ははは、あははははは!」
そうか、そういうことかよ!
『健康になる』ってのは、疲労回復どころの話じゃねえ!これ、不死身ってことじゃねえか!
俺は立ち上がり、スーツの汚れを手で払った。
「ふぅ…」
激戦(?)と再生を終え、ようやく落ち着きを取り戻した俺の耳に、再び川のせせらぎが聞こえる。
そうだ、俺は水を飲みに来たんだった。
狼の血で赤く染まっていた水面も、今はもう元の(少し濁った)流れに戻っている。
「……さて」
俺は川辺にかがみ込み、手のひらで水をすくおうとした。
(多少濁ってても、最悪タバコ吸えばなんとかなるだろ)
俺が、その濁った水に口をつけようとした、その時。
(ピロリン♪)
《レベルが上がりました》
「…………え?」
(第2話 完)
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