第28話:世界が震える頃、俺たちは畑を耕す
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第1部完結まで描き上げておりますのでよろしくお願いします。
森の**西側最深部**。
光すら届かない常闇の中で、この森の支配者である**古龍**が、低い唸り声を上げた。
『……全滅、だと?』
自身の一部である瘴気を分け与えた尖兵――100体のワイバーンの反応が、一瞬にして消滅したのだ。
単なる事故ではない。何者かが、明確な意思と圧倒的な力を持って、彼の軍勢を葬り去ったのだ。
『……よいだろう』
ズズズズ……と大地が震える。
山のように巨大な古龍が、その巨体を起こした。
『我が庭を荒らす不届き者が何者か……この森の「王」が誰であるか、骨の髄まで教えてくれる』
古龍は即座に飛び立つことはしなかった。
敵は強力だ。万全を期すため、森中の瘴気を自身に集め、究極の一撃を放つ準備を始めたのだ。
決戦の時は、近い。
◇ ◇ ◇
その頃、森を取り囲む周辺諸国でも、異変は感知されていた。
**南:オーレリア王国――**
「な、なんだあの光は!?」
王城のテラスで、実権を握る第一王子が北の空を指差して叫んでいた。
遥か彼方の森から、天を突くような銀色の光の柱(シルヴィの進化)が立ち上っていたからだ。
「報告します! 森の瘴気濃度が激減し、ワイバーンの群れと思われる魔力反応が消失しました!」
「バカな……ドラゴンが目覚めたのか!? まさか、あの森へ捨てたクラウディアの亡霊か!?」
王子は顔面蒼白になり、ガタガタと震えた。
森は死の領域だ。軍隊を送れば瘴気で全滅する。
「国境を封鎖しろ! それと、金で雇った冒険者や罪人で構成した『斥候部隊』を放て! 何が起きているのか探らせるんだ!」
**北:ヴァルゴア帝国――**
軍事国家の帝都、その玉座の間。
屈強な皇帝が、報告書を片手に凶悪な笑みを浮かべていた。
「ほう……。死の森の魔物を、大量に屠る『何か』がいるのか」
観測された魔力爆発の規模は、戦略級魔法に匹敵する。
未知の兵器か、あるいは強力な魔獣か。
「興味深い。その力を我が軍に取り込めれば、大陸統一も早まろう」
「ハッ! では軍を?」
「いや、瘴気が濃い。大軍は動かせん。……**『黒騎士団』**より、瘴気耐性を持つ精鋭を選抜して送れ。その『力』の正体を見極め、従わぬなら焼き払え」
**西:聖法皇国 エクレシア――**
荘厳な大聖堂の最奥。
祈りを捧げていた教皇が、カッと目を見開いた。
「……見えましたか、聖女よ」
「はい。遥か東……穢れた死の森より、清浄なる『光』を感じました」
それは神聖魔法に近い波動(タケルの浄化とシルヴィの光)だった。
だが、魔物の気配も混じっている。
「救世の兆しか、あるいは人を惑わす悪魔の光か……」
「確かめねばなりません。異端であれば、神の名において浄化せねば」
教皇は静かに告げた。
「**異端審問官**を派遣しなさい。かの地に何が生まれたのか、神の目で見極めるのです」
世界中が、タケルの村に注目し始めていた。
だが、深い瘴気の森が天然の要塞となり、彼らが到達するにはまだ時間がかかるだろう。
◇ ◇ ◇
一方、渦中のタケルたちは、そんな世界の危機など露知らず、のん気に土いじりをしていた。
「うーん、いい土だ」
俺はクワを片手に、黒々とした畑の土を満足げに眺めた。
ヴァイスの指揮で要塞化した村の一角に、広大な畑を作ったのだ。
「主、水路の開通を確認した。日照計算も完璧だ」
農作業着(なのに似合う)を着たヴァイスが、汗を拭いながらやってくる。
彼のスキル**『軍師の思考』**をフル活用して設計された、効率最強の畑だ。
「サンキュー。仕上げに肥料だ」
俺はタバコを吹かし、紫煙を畑全体に漂わせた。
**《煙霧変調》――『活性』**。
煙が土に染み込むと、植えたばかりの種がポンッと芽を出し、見る見るうちにツルを伸ばし、真っ赤なトマトや大きなジャガイモを実らせた。
「……相変わらずデタラメな能力だな」
「時短だよ時短。……よし、収穫だ! 今夜はポテトサラダとトマト煮込みだ!」
さらに、洞窟の貯蔵庫には、煙で熟成させたワインや果実酒の樽が並んでいる。
食料自給率はほぼ100%。
労働の後に飲む一杯は最高だ。
「ワォン!(あるじ、ただいま!)」
その時、森へ散歩に行っていたクロウが帰ってきた。
レベルが**30**に上がり、体格も一回り大きくなった彼の背後には……ズラリと並ぶ、20匹ものブラックウルフの群れがいた。
「……なんだその数」
「クゥン(友達連れてきた。みんな、俺の部下になりたいって)」
どうやら進化したクロウのカリスマに惹かれ、野生の狼たちが服従を誓ったらしい。
全員、お腹を見せて「主様万歳」のポーズをしている。
「……まあいいか。番犬は多い方がいいしな」
俺は全員まとめてテイムした。
クロウを隊長とする**「高速遊撃隊」**の結成だ。これで森の哨戒網も完璧になる。
◇ ◇ ◇
その頃、森の奥では。
「シッ!」
銀髪の美少女が舞い、巨大なレッドベアの首が宙を舞った。
彼女は、シルヴィの娘(長女)の**レミ**だ。
人化した彼女たちは、背中の蜘蛛脚と魔法を使いこなし、すでに一人前の戦士として覚醒していた。
「す、凄い……」
同行していたクラウディアが溜息をつく。
今日の夕飯の肉を確保するための狩りだったが、クラウディアの出番は全くない。
元・騎士団副隊長のプライドが、音を立てて崩れていく。
「ふふ、大漁ですねクラウディアさん」
「ええ、そうですね……(はぁ、私の影が薄い)」
獲物を解体しながら、レミがおっとりとした口調で尋ねてきた。
「ねえクラウディアさん。パパ……主様のこと、どう思ってるの?」
「えっ!? ど、どうって……い、命の恩人であり、敬愛すべき主君ですが……!」
クラウディアが顔を真っ赤にして狼狽える。
すると、草むらから次女のミファが飛び出してきた。
「えー? 顔赤いよー? ホントは好きなんでしょ?」
「なっ、そ、そんな不敬な……!」
「ふふん、ライバル宣言しとくね! パパのお嫁さんは私たちがなるんだから! ママ(シルヴィ)にも負けないもん!」
キャッキャと盛り上がる美少女たち。
クラウディアは頭を抱えた。
ドラゴンの脅威も怖いが、この村の中で勃発しつつある**「正妻戦争」**の方が、よほど胃が痛い問題かもしれない。
外の世界では各国の軍勢が動き出し、西では古龍が力を溜めている。
だが、嵐の前の静けさの中、タケルたちの村だけは、今日も平和で規格外な日常が過ぎていくのだった。
(第28話 完)
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