第23話:紫煙の契約と、天才の目覚め
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第1部完結まで描き上げておりますのでよろしくお願いします。
薄暗い湿地帯の最深部。
俺は、震えるダークエルフの男――後に**ヴァイス**と名乗る男の隣に腰を下ろし、火のついたタバコを差し出した。
「とりあえず、一服しろよ。落ち着くぞ」
男は虚ろな目で俺とタバコを交互に見つめていたが、やがて縋るようにその紫煙を吸い込んだ。
「……すぅ……」
彼が煙を肺に入れた、その瞬間だった。
「……っ!?」
男の目が大きく見開かれた。
ガタガタと震えていた体がピタリと止まり、髪を掻きむしっていた手から力が抜ける。
「……静かだ」
男が呆然と呟いた。
「俺の頭の中で鳴り響いていたノイズが……止まらない計算式が、消えた? いや、整理されたのか……?」
どうやら効果は覿面らしい。
俺のタバコの煙には、対象の状態異常を治し、バフを与える効果がある。彼の脳を焼き尽くしていた『思考過多』が、ニコチン(魔力)によって鎮静化されたようだ。
「……信じられん。十年ぶりだ……この『静寂』は」
男は涙を流しながら、二口目を深く吸い込んだ。
その顔からは、先程までの悲壮感が消え、代わりに陶酔にも似た安堵が浮かんでいる。
「落ち着いたか?」
「……ああ。おかげで助かった。礼を言う」
男は短くなった吸い殻を愛おしそうに見つめながら、俺に向き直った。
声色は低いが、知性を感じる落ち着いたトーンに変わっている。
「俺はタケル。こっちはシルヴィとクロウだ。お前、名前は?」
「……名乗るほどの者ではないが。かつては『ヴァン』と呼ばれていた」
「ヴァンか。で、なんでこんな所で死にかけてたんだ?」
俺の問いに、彼は自嘲気味に笑った。
「故郷を追放されたのさ。……里を襲う魔物の群れから民を守るため、森の一部を焼き払う策を実行した。結果、里は守られたが……長老連中には『非情な悪魔』と罵られてな」
(なるほど。有能すぎて理解されなかったタイプか)
「俺の脳は呪われている。常に最適解を計算し続け、休むことを知らない。故郷を追われ、この森に迷い込んでからはさらに悪化した。……あんたが来なければ、俺は自分の脳に殺されていたところだ」
彼はそこまで言うと、俺の手元にあるタバコの箱をじっと見つめた。
「その『煙』……。今の俺には、どんな秘薬よりも価値がある」
「欲しいか?」
「……対価は何だ? 俺の命か?」
話が早くて助かる。
俺はニカっと笑って提案した。
「命はいらねぇよ。代わりに、その『脳みそ』を貸せ」
「脳みそ……?」
「俺はいま、この近くで村を作ってるんだが、部下が脳筋ばっかりで困ってるんだ。俺の代わりに指揮を執って、俺を楽にさせてくれる『軍師』が欲しい」
俺の言葉に、ヴァンはキョトンとした後、鼻で笑った。
「……ククッ。世界平和でも復讐でもなく、『楽をしたい』だと? くだらない」
「悪かったな。俺にとっては最重要事項だ」
「だが……悪くない。感情論で動く無能な上官より、よほど合理的だ」
彼がタバコの箱に手を伸ばそうとした、その時だった。
**ズズズズズ……!!**
小屋全体が激しく揺れた。
湿地帯の泥が噴き上がり、外から凄まじい咆哮が轟く。
「グルルルァァァ!!」
「敵襲か!?」
俺たちが外に出ると、泥沼の中から巨大な影が立ち上がっていた。
5つの首を持ち、紫色の毒液を滴らせる巨大な蛇――**『災厄の多頭蛇』**だ。
『主様! 下がってください! この湿地帯の主……Aランク相当の個体です!』
シルヴィが前に出て威嚇する。クロウも唸り声を上げる。
だが、ヒドラは5つの首を一斉に鎌首をもたげ、四方八方からブレスを吐こうとしていた。
「(チッ、数が多いな! どこから防ぐ!?)」
俺がタバコを構えた瞬間、隣にいたヴァンが、気だるげに、しかし冷徹な声を発した。
「……蜘蛛。右から2番目の首の根元を拘束しろ」
『え?』
「狼は左へ走れ。囮になってブレスを逸らせ」
「オン!?」
「タケルと言ったな。あんたは正面へ煙幕だ。……3秒後にな」
唐突な指示。だが、その声には不思議な強制力があった。
俺たちは反射的に動いていた。
『シッ!』
シルヴィの糸が正確に右の首を絡め取る。バランスを崩したヒドラのブレスが、隣の首に誤爆した。
「ギャアアッ!?」
「ワォン!」
クロウが左へ疾走すると、残りの首が釣られてそちらを向く。ガラ空きになった胴体。
「……今だ。煙で視界を奪え」
「おうよ!」
3秒後。俺は言われた通りに紫煙を吐き出した。
視界を奪われ、同士討ちで混乱したヒドラは、完全に無防備な肉塊と化した。
「……チェックメイトだ。蜘蛛、トドメを」
『御意!』
シルヴィの鋭い脚が、ヒドラの心臓を正確に貫いた。
ドスンッ、と巨大な地響きを立てて、魔物が沈む。
俺たちは指一本触れさせることなく、格上の魔物を完封してしまった。
「……すげぇ」
俺は素直に感嘆した。
こいつ、俺たちの能力も知らないはずなのに、一瞬で最適解を導き出しやがった。
まるでゲームのコントローラーでも操作するように。
「……ふん。単純な生物だ。計算するまでもない」
ヴァンは興味なさそうに、消えかけた吸い殻を惜しむように吸っている。
決まりだ。こいつは使える。いや、絶対に逃がせねぇ。
「合格だ。どうだヴァン、俺と契約しろ」
俺は新しいタバコを一本差し出した。
「衣食住は保証する。それに給料として、この『タバコ』も支給してやる」
「……」
彼はその一本を受け取ると、震える手で火をつけた。
深く、長く吸い込む。
「……いいだろう。貴公のその『楽をするための覇道』、付き合ってやる」
紫煙の中で、彼はニヤリと笑った。
「ただし、俺の脳を静かにさせるこの煙……切らしたら承知しないぞ」
「安心しろ。在庫は山ほどある」
契約成立だ。
これで俺の安眠は約束されたも同然だ。
「よし、村へ戻るぞ。……っと、その前にお前の名前だな」
「名前?」
「ああ。『ヴァン』ってのは追放された過去の名前だろ? 新しく生まれ変われ」
俺は彼の顔をじっと見た。
薄暗い森で、不健康な顔色のダークエルフ。
「お前、顔色が悪いから……そうだな。**『ヴァイス(白)』**ってのはどうだ?」
「……は?」
「これから健康的になって、白くなれって意味だ。どうだ?」
俺の適当すぎるネーミングに、彼は呆れたように肩をすくめた。
だが、悪い気はしないようだ。
「……ダークエルフに『白』か。皮肉が効いていて悪くない」
彼が新たな名を受け入れた、その瞬間だった。
脳内にファンファーレが鳴り響いた。
《条件達成。個体名『ヴァイス』との契約を確認》
《パーティメンバーに追加されます》
さらに、先程倒した『災厄の多頭蛇』の経験値が一気に入ってきたらしい。
俺たちの体が、カッと熱くなった。
《強敵討伐ボーナスを獲得》
《パーティ全体のレベルが上昇しました》
**【ログ】**
**《ヤマグチ・タケル》 Lv.21 ▶ Lv.28**
[獲得]スキル『指揮』
**《シルヴィ》 Lv.18 ▶ Lv.25**
[向上]ステータス『魔力操作』
**《クロウ》 Lv.6 ▶ Lv.18**
[習得]『疾風』
**《ヴァイス》 Lv.28 ▶ Lv.32**
[昇華]状態異常『思考過多』➡ スキル『軍師の思考』
「おおっ!? 体が軽い!」
「オン!(力が溢れる!)」
『ふふ、素晴らしい魔力の高まりですわ』
一気にレベルが上がった感覚に、俺たちは顔を見合わせた。
Aランク相当のヒドラを倒し、軍師まで手に入れた。これ以上の成果はないだろう。
ヴァイスも自分の手を見つめ、驚いているようだ。
「……契約しただけで、主の力が流れ込んでくるのか? 貴公、一体何者だ……」
俺は肩をすくめて笑った。
「ただのサボり魔だよ。……よし、これで戦力増強もバッチリだ。帰るぞ!」
最強の(ヤニカス)軍師を仲間に加え、さらにレベルアップまで果たした俺たちは、意気揚々と村への帰路につくのだった。
(第23話 完)
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