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第17話:姫騎士の湯浴みと、驚愕の晩餐

ご訪問ありがとうございます。 いつも応援ありがとうございます。


少しでも楽しんでいただけたら幸いです。


第1部完結まで描き上げておりますのでよろしくお願いします。



体調が回復したクラウディアを、俺は奥の「浴室」へと案内した。


「まずは汚れを落としてこい。着替えはシルヴィに用意させてある」 「は、はい……失礼します」


クラウディアは恐る恐る、岩をくり抜いて作った脱衣所を抜け、浴室へと足を踏み入れた。 次の瞬間、彼女の息を呑む音が聞こえた。


「こ、これは……!?」


彼女の目の前には、大人三人が余裕で入れる広さの岩風呂があり、なみなみと注がれた透明なお湯から、温かな湯気が立ち上っている。 琥珀色の樹脂窓から差し込む夕日が、水面を黄金色に輝かせていた。


「こ、こんな大量のお湯、どうやって…? まさか、古代の魔導具アーティファクトですか?」 この森で、これほど清浄な水を、しかも適温のお湯として維持するなど、魔法使いが付きっきりでも不可能な芸当だ。


「いや、そんな大層なもんじゃない」 俺は天井付近に設置した貯水タンクを指差した。 「俺のスキルで川から水を運んで、上のタンクに溜めてるんだ。そこからパイプを通して、途中の『浄化フィルター(葉っぱ)』で汚れや毒を濾過してる。まあ、手作りの水道だな」


「手作りの…水道……?」 クラウディアは呆然と呟いた。 外は吸うだけで肺が焼ける瘴気の森。 なのに、この場所だけは、清浄な水と空気に満ちている。


「あの、体を洗うための石鹸などは…?」 「ああ、必要ないぞ。このお湯自体に強力な『浄化作用』を持たせてある。浸かって軽く擦るだけで、汚れも瘴気も全部落ちるはずだ」 「……魔法の聖水、のようなものでしょうか。信じられません…」


「ごゆっくりどうぞ」 俺が扉を閉めると、中から衣擦れの音と、チャポン、という水音がした。


「……あぅ……」


漏れ聞こえてくる、震えるような吐息。 張り詰めていた糸が切れ、蓄積した汚れと疲労が、お湯に溶け出していく音だ。 しばらくして、すすり泣く声が聞こえてきた。


   ◇   ◇   ◇


風呂から上がったクラウディアは、見違えるように綺麗になっていた。 泥と血で汚れていた金髪は本来の輝きを取り戻し、肌も艶やかだ。 何より、シルヴィが仕立てた**「銀糸のドレス」**がよく似合っている。


「その服、サイズは大丈夫か?」 「は、はい。あつらえたようにピッタリです。それに、信じられないほど肌触りが良くて…王家御用達のシルクよりも上等です」 彼女は頬を染めて、ドレスの袖を愛おしそうに撫でている。


「そりゃよかった。さあ、飯にしようぜ」


俺たちは洞窟の前の広場へ移動した。 そこではすでに、7匹のチビたちが宴会の準備を整えていた。 焚き火を囲むように、ミスリル岩で作ったテーブルと椅子が並べられ、大皿に盛られた料理が次々と運ばれてくる。


今日のメニューは、以前の戦利品をフル活用した**「魔物フルコース」**だ。


大蛇の蒲焼き風(甘辛いタレの香りが食欲をそそる)


黒狼のスペアリブ(ニンニク醤油でガッツリ焼き上げた)


巨大カマキリの足の塩焼き(殻を割ると、カニのような身が詰まっている)


「す、すごい……」 クラウディアが目を丸くしていると、チビの一匹ドレが、大皿を彼女の前に差し出した。


「オ姉チャン、コレ美味イヨ! 食ベテ!」


ドレが前足をワキワキさせてアピールする。 俺たちには可愛い子供の声に聞こえるが、クラウディアはキョトンとしている。 「あ、ありがとう……? (言葉は分からないけれど、勧めてくれているのね…)」


「(やっぱり、聞こえてないな)」 俺やシルヴィにはチビたちの声が聞こえるが、クラウディアにはカサカサという音にしか聞こえていないようだ。 「(俺たちに聞こえるのは、**『名付け(テイミング)』によるパス(絆)**が繋がっているからか)」


言葉は通じない。しかも相手は、普通なら悲鳴を上げて逃げ出すような巨大な蜘蛛の魔物だ。 だが、懸命に世話を焼き、美味しい部分を取り分けてくれるチビたちの姿に、クラウディアの瞳から警戒の色が消えていく。


「ふふっ、ありがとう。いただきます」 彼女は微笑んで、カマキリの身を口に運んだ。 「……っ!! 美味しい…! カニのような甘みが…!」


「こっちも食ってみろ。蛇の蒲焼きだ」 俺が皿を渡すと、彼女は一口食べ、恍惚とした表情を浮かべた。 「は、はい! ……んんっ! 濃厚なタレが絡んで、絶品です! これは……**『コメ』**と一緒に食べたくなりますね」


ピクリ。俺の耳が反応した。


「……おい、クラウディア。今、なんて言った?」 「え? あ、はい。**『コメ(米)』**ですが…。東方にある国の主食で、白くて、炊くとふっくらして甘みがある穀物です」


「あるのか! この世界にも米が!!」


俺はガッツポーズをした。 「(やったぜ! 変に違う名前じゃなくて、ストレートに『コメ』があるのか! これでカツ丼も天丼も夢じゃない!)」 希望が見えた。いつか絶対に手に入れてやる。


「タ、タケル様…? 鼻息が荒いです…」 「あ、すまん。故郷の味が恋しくてな」


宴は盛り上がった。 王女という立場も、敗走の絶望も忘れ、彼女は夢中で食べた。


   ◇   ◇   ◇


食後。 満腹になった俺たちは、焚き火を囲んでまったりとしていた。 俺が食後の一服をしていると、隣に座っていたクラウディアが、じっと手元を見つめているのに気づいた。


「ん? 興味あるのか?」 「あ、いえ…タケル様が、とても美味しそうに吸われているので…」


俺は少し考えてから、箱から一本取り出して差し出した。 「やるか? 俺の活力の源だ」 「えっ…い、いいのですか? 私などが…」 「構わんよ。毒消しにもなるしな」


彼女は恐る恐る受け取り、見様見真似で口にくわえた。 俺がライターで火をつけてやる。


「すぅー…………ゲホッ! ゲホッ!」 盛大にむせた。 「煙たっ…! うう、喉が…」 涙目になるクラウディア。だが、直後に彼女は目を見開いた。 「……あれ? 体が……熱い?」


咳き込みながらも、体の芯からポカポカと温まり、力が湧いてくる感覚。 王女として厳格に育てられた彼女にとって、タバコなどという「不良の嗜み」に手を出した背徳感。 それらが入り混じり、彼女はふわりと笑った。


「ふふっ……なんだか、悪いことをしている気分です」 「共犯者だな」 俺もニヤリと笑い、紫煙を吐き出した。


焚き火の爆ぜる音だけが響く。 クラウディアは、夜空を見上げながら、静かに言った。 「……タケル様。本当に、ありがとうございました」 「水も、食事も、寝床も。そして、生きる希望も。貴方様がいなければ、私は今頃、暗い森の中で……」


「いいってことよ。俺も、話し相手が欲しかったところだ」 「はい……。この御恩は、生涯かけてお返しします」


彼女の瞳には、もう絶望の色はなかった。 心地よい疲労感と満腹感、そしてタバコのリラックス効果。 彼女はそのままコクリコクリと船を漕ぎ始め、やがて俺の肩にもたれかかって、泥のように深い眠りに落ちた。


「(お疲れさん)」 俺は彼女をそっと抱き上げ、シルヴィたちに目配せをした。 「(さあ、寝るか)」


俺たちの拠点の夜は、穏やかに更けていった。


(第17話 完)

お読みいただきありがとうございました。


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