第13話:ミスリルの剣と、繋がる兄弟
拠点(洞窟)の整備がひと段落した翌日。 俺は、広場の作業台(ミスリル岩製)の前に立っていた。
「(衣食住は整った。次は『武』だ)」
この森は危険だ。いつまでも「光の刃」頼みや、棍棒を振り回しているわけにはいかない。 せっかく、世界最高峰の金属「ミスリル」が売るほどあるのだ。装備を作らない手はない。
「(男なら、やっぱり『刀』だよな…!)」 俺は意気揚々と、タバコの煙で粘土状に軟化させたミスリルをこね始めた。 イメージは日本刀。反りの入った美しい刀身。 俺は記憶にある形状を頼りに成形し、最後に『硬化』の煙を吹きかけた。
「(できた…! 見た目は完璧だ)」 銀色に輝く刃。我ながら惚れ惚れする出来栄えだ。 俺は試し切りをするため、手頃な岩に向かって、その「刀(仮)」を振り下ろした。
ガギンッ! 「あ」
鈍い音がして、刀は真ん中からポッキリと折れた。 岩には傷一つついていない。
「(……ダメか)」 折れた断面を見て、俺は悟った。 ただの金属の塊を、刀の形に固めただけじゃ意味がないのだ。 本物の日本刀は、硬い「皮鉄」と柔らかい「芯鉄」を組み合わせたり、絶妙な焼き入れをしたりして、あの強度と切れ味を出していると聞いたことがある。 「(俺のチートは『形』と『性質』を変えるだけ。その複雑な『構造』までは再現できない…ってことか)」
「(刀は諦めよう。今の俺に必要なのは、単純で頑丈な武器だ)」 俺は方針を転換し、構造がシンプルな**「ロングソード(長剣)」**を作成した。 ミスリルを叩き伸ばし、厚みのある両刃の直剣に成形する。これなら、素材の硬度だけで押し切れる。 仕上げに《煙霧変調》で『硬化』と『研磨』を施すと、青銀色に輝く、業物の剣が完成した。
「よし、次は『切り札』だ」 俺はもう一つ、以前から考えていたアイデアを形にすることにした。 それは剣ではない。**「剣の持ち手(柄)」**だけのような筒状のパーツだ。 もちろん、ただの筒ではない。 先端に、俺の相棒――『万能なる不死鳥のライター』がカチリと嵌まるように設計された、特注のアタッチメントだ。
「(装着!)」 俺はライターを筒の先端にセットし、固定具をロックした。 そして、柄のスイッチ(ライターの着火部に連動)を押す。 同時に、スキル『火炎制御 Lv.3』で、炎の形状を「細く、長く、鋭く」固定するよう念じる!
ブォン!!
筒の先端から、青白い炎が1メートルほどの刃となって噴き出した。 「(おおおっ! 男のロマン! ライトセーバーだこれ!)」 名付けて**『鳳凰の柄』**。 すべてを焼き切る「光の刃」を剣として振るえる、俺だけの最強武器だ。
「(武器はできた。だが、振るう技術がないな)」 俺はステータス画面を開き、残りのSPを確認した。 前回、アイテムボックスを取ったから、残りは70だ。
検索ウィンドウに「剣」と入力する。
《剣術 Lv.1》:消費SP 10 剣の扱いにおける基礎補正。
「(10ポイントか。鑑定と同じで、基礎的なスキルは安いんだな。助かる)」 俺は迷わず取得した。(残りSP:60) すると、握っていたロングソードが、急に手に馴染む感覚がした。 構え、足運び、重心の移動…知識ではなく、体が「正解」を知っている感覚だ。
「(……いける)」 俺は、さっき「刀(仮)」をへし折ったあの岩の前に立った。 スゥッと息を吸い、無心で剣を振るう。 力任せではない。スキルの補正に従い、最も効率的な軌道で刃を走らせる。
ザンッ!
手応えはほとんどなかった。 俺が残心を解くと、目の前の岩が斜めにズレて、ゴトリと落ちた。 断面は鏡のように滑らかだ。
「(すげえ…。ただの岩が豆腐みたいだ。これがSPスキルの力かよ…!)」 一瞬で素人卒業だ。これなら実戦でも戦える。
「タケル様、こちらも完成いたしました」 振り返ると、シルヴィが新しい服を捧げ持っていた。 以前作った銀糸の服をベースに、胸部、肩、腕、脛といった急所に、薄く加工したミスリルの板を縫い付けた**「強化戦闘服」**だ。
「おお、ありがとう! …格好いいな」 ガチガチの鎧ではなく、動きやすさを重視したスタイリッシュなデザイン。 銀色の生地に、鈍く光るミスリルの装甲。 これを着て、腰にロングソードと『鳳凰の柄』を差した俺は、どこからどう見ても熟練の冒険者(あるいはSF映画の主人公)だった。
「(準備万端だ。…いや、あと一つ、大事なことが残ってるな)」
俺は広場に、7匹の子グモたちを集めた。 彼らは整列し、つぶらな瞳(複眼だが)で俺を見上げている。 「お前らにも、ちゃんと名前をつけてやらないとな」
俺は7匹を左から順に見渡した。 「お前たちは兄弟だ。だから、名前も繋がりのあるものにする」 俺は一人ずつ指差しながら、《名付け》を発動した。
「お前は**『ドレ』」 「お前は『レミ』」 「お前は『ミファ』」 「お前は『ファソ』」 「お前は『ソラ』」 「お前は『ラシ』」 「最後、お前は『シド』**だ」
ドレミファソラシド。音階のように繋がり、どこまでも登っていくように。 俺が名付けを終えると、7匹の体がカッと輝き出した。
《『名付け』により、アージェント・スパイダー(幼体)7体との絆が確立されました》 《個体名『ドレ』『レミ』『ミファ』『ファソ』『ソラ』『ラシ』『シド』が眷属として覚醒します》
光が収まると、彼らの姿がひと回り大きくなり、銀色の体毛がより美しく輝いていた。
「わぁ! すごい! 体が軽いよ!」 「見て見て! ピカピカになった!」 「主様、ありがとうございます!」 「僕たちの名前だ!」 「嬉しいな!」
洞窟に、賑やかな声が響き渡る。 どうやら進化に伴い、シルヴィと同じように声帯(?)が変化し、流暢に言葉を話せるようになったようだ。
「よし、ドレ、レミ、ミファ、ファソ、ソラ、ラシ、シド! 今日からお前たちは、俺の自慢の家族だ!」
7匹は歓喜のダンス(カサカサと高速でタップを踏む動き)で応えた。
装備は整った。仲間との絆も結んだ。 俺は、川の上流――森の西側を見据えた。
「(……昨日の『盾』か)」
ボロボロに腐食した騎士の盾。あんなものが流れてくる場所が、拠点のすぐ近く(上流)にあるのだ。 見なかったことにして引き籠もるのは簡単だが、もし脅威が川を伝って降りてきたら、せっかく作ったこの「マイホーム」が戦場になりかねない。
「(ブラック企業のリスク管理だ。『懸念事項は、爆発する前に確認せよ』)」
俺は剣の柄を握りしめた。 「よし。明日は少し遠出して、**『上流(西)』**の様子を探りに行くぞ。深入りはしない。あくまで拠点の安全確保のための偵察だ」
目指すは、盾が流れてきた方角。 俺たちの「庭」を守るための、最初の冒険が始まる。
(第13話 完)




