第12話:銀の投網と、ミスリルの便器
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「(よし、一番風呂といこうか)」
俺は銀糸の服を脱ぎ捨て、湯気が立ち上る岩風呂へと足を踏み入れた。 琥珀色の「天然樹脂の窓」から差し込む夕日が、浴室全体を黄金色に染めている。
チャポン……。
肩までお湯に浸かった瞬間、俺の口から魂が抜けるような声が漏れた。 「―――ふぁぁぁあ~~……」
温かい。広い。そして、景色が良い。 ブラック企業時代、狭いユニットバスでシャワーを浴びるだけだった日々が、遠い過去のように感じる。 俺は濡れた手でタバコを取り出し、湯船に浸かりながら火をつけた。
「(……最高だ)」
紫煙をくゆらせながら、窓の外を眺める。 眼下には、少し濁った川が流れ、対岸には鬱蒼とした森が広がっている。 ここは危険な『黒瘴の森』のど真ん中だが、この洞窟の中だけは、どんな高級旅館よりも快適な聖域だ。
「(風呂、トイレ、フカフカの布団、美味い飯。……完璧じゃないか)」
ひとしきり堪能した後、俺はふと入り口を見た。 シルヴィと7匹のチビたちが、モジモジしながらこちらの様子を伺っている。
「なんだ、お前らも入りたいのか?」 「い、いえ! 私共ごときが、主の湯に…」 「遠慮すんな。広いんだ、一緒に入ろうぜ。背中くらい流してやるよ」
結局、俺と巨大な銀の蜘蛛、そして七匹の子蜘蛛による混浴となった。 シルヴィたちは最初は恐縮していたが、温かいお湯と、俺が出した「入浴剤代わりの葉(柚子の香り)」の効果で、すぐに夢見心地になっていた。 チビたちがプカプカとお湯に浮いている姿は、妙に癒やされる光景だった。
◇ ◇ ◇
翌日。 昨夜の入浴と快適な睡眠のおかげで、気力・体力ともに充実している。 俺は朝食の猪肉(塩味)をかじりながら、洞窟の入り口から外を見た。
目の前には、相変わらず瘴気で少し濁った川が流れている。だが、魚影は見える。 これを食わない手はない。 「(肉も美味いが…やっぱり日本人のDNAが『魚』を求めてるんだよな)」
「シルヴィ、相談があるんだが」 「はい、何でしょうタケル様」 「この川で魚を獲りたい。お前の糸で、水に強くて丈夫な『網』を作れないか?」
シルヴィは「お安い御用です」と頷くと、即座に糸を紡ぎ始めた。 今度の糸は、服の時とは違う。少し太めで、表面がワックスを塗ったようにツルツルしている。 あっという間に、円形の**「銀色の投網」**が完成した。
「(すげえ…。強度よし、水切れよし。プロの漁師も裸足で逃げ出すレベルだ)」
俺たちは洞窟を出て、すぐ目の前の広場(川岸)に立った。 「よし、チビたち。今回は『追い込み漁』だ。お前らは川に入って、魚をこっちに追い込んでくれ」 7匹のチビたちは「任せろ!」とばかりに、濁った川へ飛び込んだ。 彼らは水面をアメンボのようにスイスイと移動し、器用に魚を追い立てていく。
「(来た!)」 俺はタイミングを見計らって、銀の投網を投げ放った。 Lv.18の身体能力のおかげか、網は美しく広がり、狙ったポイントに着水する。
ズシリ、と重い手応え。 「よっと!」 引き上げると、網の中ではドス黒く変色した魚たちが、凶暴にビチビチと跳ねていた。 大きさは30センチほど。ニジマスに似ているが、鱗は鉛色に濁り、目は赤く充血している。
俺はすかさず《鑑定》した。
種族:硬鱗魚 肉質:B(白身、淡泊で美味) 状態:瘴気汚染
「(やっぱり汚染されてるな。見るからに不味そうだ…ま、俺には関係ない)」 俺は網の上からタバコの煙をたっぷりと吹きかけた。 すると、魚たちの体から黒い靄のような瘴気が抜け、暴れていたのが嘘のようにおとなしくなる。 鉛色だった鱗は、本来の美しい銀色へと輝きを変えた。
「(よし、浄化完了)」 俺は広場の調理台(岩製)に魚を並べ、昨日シルヴィに作ってもらった**「石の包丁」**を取り出した。 光の刃でも切れるが、やっぱり料理は包丁の手触りがないとしっくりこない。 シルヴィが研磨した切れ味は抜群で、硬い鱗ごと魚の腹をスッと切り裂くことができた。
内臓を取り出し、水で綺麗に洗う。 「(塩焼きだな)」 俺は臭み消しのために、腹の中に**「レモン風味の葉」を詰め込み、表面にはたっぷりと「岩塩葉」**を擦り込んだ。 串に刺して、広場の焚き火でじっくりと焼く。
パチパチと脂が落ちる音。香ばしい匂い。 焼き上がった魚にかぶりつく。
「―――うまっ!!」 パリパリの皮、ホクホクの白身。 表面の塩気と、腹から染み出したレモンの酸味が絶妙に絡み合い、魚の旨味を引き立てている。 「(これだよこれ! 白米と日本酒が欲しくなる味だ!)」 シルヴィたちも、初めて食べる魚の味に感激しているようだ。
食後。 満腹になった俺は、川辺の岩に座って一服していた。 「(平和だな……)」 ふと、川の上流――森の奥の方角から、何かが流れてくるのが見えた。 流木か? いや、違う。人工物だ。
俺は水際まで行き、その漂着物を拾い上げた。 それは、半分ほど砕け、ボロボロになった**「金属製の盾」**だった。 表面には、どこかの国の紋章らしき獅子の絵が描かれているが、黒ずんで腐食している。
「(……鑑定)」
名称:王室近衛騎士の盾(破損) 材質:ミスリル 状態:瘴気腐食(重度) 備考:強力な酸と物理攻撃により破壊されている
俺の背筋が冷たくなった。 「(王室近衛騎士…。エリート騎士ってことだよな? そいつの装備が、こんなボロボロになって流れてきた)」 しかも、ただ壊れただけじゃない。『瘴気腐食』。 川の上流には何がある? シルヴィは言っていた。『竜の巣』があると。
「(……やっぱり、上流(西)は地獄だな)」 この盾の持ち主がどうなったかは想像に難くない。 人間が、この森の奥に挑んで敗れた証拠だ。
「タケル様、どうなさいましたか?」 心配そうに覗き込むシルヴィに、俺は盾を見せた。 「いや、上流から流れてきた物だ。騎士の盾らしいが…ボロボロだな」
俺は盾を川に戻そうとして、思いとどまった。 「(いや、待てよ。材質『ミスリル』って出てたな。ファンタジー金属の王様じゃないか。捨てるのはもったいないか?)」
俺はライターを取り出し、《煙霧変調》の煙を盾に吹きかけた。 イメージは『軟化』。 カチカチの金属が、煙を浴びて飴細工のように柔らかくなる。 俺はそれをグシャグシャと丸め、バレーボールくらいの大きさの金属塊にした。 「(とりあえず素材として取っておくか。何かに使えるかもしれんし)」
俺が金属塊を手に、何に加工するか悩んでいると、シルヴィが不思議そうな顔で覗き込んできた。 「タケル様。その鉱物…もしや、必要なのでしょうか?」 「ん? ああ、まあな。ミスリルっていう貴重な金属らしいんだが」
すると、シルヴィは意外なことを言った。 「その鉱物でしたら、洞窟の中にたくさんございますよ?」
「……は?」 俺の手から、ミスリルのボールがポロリと落ちた。
「たくさんって…これ、ミスリルだぞ? 伝説の金属だぞ?」
「はい。昨日、お部屋を作る際に掘り出した岩の中に、その鉱物が大量に含まれておりました」 シルヴィは平然と続ける。 「他の石とは違い、非常に硬く、魔力の通りも良かったので……家具や調理器具、あと、水回りの管やトイレ、蛇口の材料にさせていただきました」
「ト、トイレ……!?」 俺は慌てて、手元にあった「石の包丁」を鑑定した。
名称:銀灰岩の包丁 材質:ミスリル(純度80%)、岩石 製作者:シルヴィ 備考:極めて高い硬度と切れ味を誇る
「(マジかよ……!)」 ただの石だと思っていたこの包丁、ほぼミスリルの塊だったのか! どおりで、硬い魚の鱗も、巨大猪の皮も、紙みたいに切れるわけだ。
「(ってことは、俺の家のトイレも、風呂の配管も、テーブルも椅子も…全部ミスリル製なのか!?)」 王室近衛騎士が命懸けで装備するような伝説の金属で、俺は用を足していたことになる。 なんて罰当たりな贅沢だ。
「(……まあ、快適ならいっか)」 俺はミスリルの包丁を眺めながら、この森のポテンシャルの高さに改めて戦慄するのだった。
(第12話 完)
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