第9話:銀の裁縫師と、紫煙の錬金術
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昼下がり。 俺は今後の生活基盤を整えるため、眷属たちに指示を出すことにした。
「よし、シルヴィは俺の護衛と、この洞窟の『家作り』の手伝いだ。狩りと素材集めは、お前たち若いのに任せる」
俺の目の前には、シルヴィの子供である7匹の子グモたちが、行儀よく並んでいた。 (数百匹とかワラワラいなくてよかった…この数なら管理もしやすいし、愛着も湧くな)
「無理はするなよ。ヤバそうならすぐ逃げろ。狙うのは食えそうな肉と、果物だ。あと、燃えそうな木も頼む」
7匹は「御意!」と言わんばかりに脚を揃え、カサカサと森へ散っていった。
「さて、俺たちもやるか」 留守番の俺は、さっそく新スキルの検証を開始した。 まずは食生活の改善だ。塩もコショウもない生活は、精神的にクる。 俺は《葉身変質》を発動し、タバコの葉を揉みながら念じた。
「(頼むぞ。《葉身変質》――タバコの『葉』そのものの性質を、調味料や薬、あらゆる物質に変化させるスキル。これで味付けを作る!)」
「(まずは基本だ。塩になれ)」 葉が白く変色する。舐めると… 「―――しょっぱ! うおおお、塩だ! 紛れもなく岩塩の味だ!」 俺はガッツポーズをした。塩分補給ができるだけで、生存確率は跳ね上がる。何より、飯がうまくなる。
「(次は、コショウ)」 成功。ピリッとした香りが鼻を抜ける。 「(よしよし、スパイス系はいけるな。じゃあ、香草はどうだ? バジル!)」 成功。爽やかな香りが漂う。これなら肉の臭み消しに最適だ。
「(生存には『糖分』も必要だ。砂糖!)」 葉がキラキラした白い結晶に変わる。口に含むと、上品で濃厚な甘みが広がった。 「(最高だ…。疲れた脳に染み渡る…。これで甘味も確保できた)」
「(葉っぱ系がいけるなら…もっと強い匂いの、根菜系はどうだ?)」 俺は、スタミナをつけるために重要な「アレ」をイメージした。 「(ニンニク!)」 葉が少し黄色みがかる。恐る恐るかじると…強烈な匂いが口の中に広がった。 「(おぉ…葉っぱなのに、味と匂いは完全にニンニクだ! これはいける!)」
「(なら、加工品はどうだ? 日本人の心、醤油!)」 葉が黒く湿り気を帯びる。舐める。 「……ぺっ! しょっぱくて臭いだけだ! …俺のイメージ不足か? いや、ありえない。日本人の魂に刻まれた醤油の味を忘れるわけがない」 (…ということは、スキルに「ルール」があるのか? 味をイメージするだけじゃダメで、発酵や熟成といった「複雑な工程」が必要なものは、一発変換できないとか…) 醤油は失敗だが、スキルの法則性が少し見えた気がした。
「(なら、マヨネーズ!)」 葉が黄色く変色し、ベトベトになる。 「……うわ、油ギトギトだ。酢の味もするが…分離してやがる」 マヨネーズとしては失敗だが、この葉っぱを絞れば**「油」**としては使えそうだ。これは収穫だ。
結局、俺は成功した「塩」「砂糖」「コショウ」「ハーブ」「ニンニク風味」などの葉を大量生産し、ストックを作ることにした。
次は、それらを入れる容器だ。 俺はそこらに転がっている手頃な太さの丸太を拾い、「光の刃」を短く出して構えた。 「(中をくり抜いて、コップにする。慎重に…)」
ブォン。 「あ」 光の刃が丸太に触れた瞬間、抵抗なくスッと通り抜け、丸太が真っ二つに切断されてしまった。 「(切れ味良すぎだろ! ライトセーバーかよ!)」 出力調整が難しすぎる。 その後も、薄くしすぎて底が抜けたり、焦がしすぎたりして、丸太を3本ほど無駄にしたが、数回の失敗を経て、なんとかコップや壺の形にすることに成功した。
だが、問題はここからだ。 試しに水を汲んで入れてみたが、案の定、木目に染み込んでジワジワと漏れ出してくる。 「(やっぱり木じゃダメか…。腐るし、衛生的にも良くない)」 粘土を焼いて陶器にするか? いや、粘土がないし、焼くのも時間がかかる。 何か、手持ちの手段でコーティングできれば…。
「(コーティング…?)」 俺はライターを見つめ、新しく得たもう一つのスキルを思い出した。 《煙霧変調》 煙に触れた対象の「状態」を変化させるスキル。 「(もし、煙で『硬度』や『質感』を変えられるとしたら…木の表面だけを、プラスチックみたいに硬く、水を弾く性質に変えられないか?)」
やってみる価値はある。 俺はタバコの紫煙を器に吹きかけながら、強くイメージした。 「(染み込むな、弾け。柔らかい木じゃなく、硬い樹脂になれ…!)」
《煙霧変調》を発動。 煙が生き物のように丸太にまとわりつき、木の繊維の隙間に入り込んでいく。 最初はムラができて一部だけカチカチになったりしたが、煙を薄く、均等にコーティングするコツを掴むと、木材の表面がニスを塗ったように艶めき始めた。 コンコン、と叩くと、プラスチックのような乾いた硬質な音が返ってくる。水を入れても、一滴も漏れない。 「よし…成功だ! これなら腐らないし、長持ちする!」
作業が一段落したところで、ボロボロのスーツを見かねたシルヴィが申し出てきた。 「タケル様。その衣類…だいぶ傷んでおられるようです。私の糸をお使いください。主を護るための衣を織り上げます」
「ああ、助かる! だいぶボロボロだからな、これ」
「畏まりました。では…」 シルヴィが八本の脚を優雅に動かし始めた。 すると、彼女の体から、月光のように淡く輝く銀色の糸が紡ぎ出されていく。 ただの糸ではない。魔力のような光を帯びたその糸は、シルヴィの脚捌きに合わせて空中で踊るように編み込まれていく。 (うわ、すげえ…魔法か? いや、芸術だわ、これ) 俺が見惚れている間に、採寸もしていないのに、またたく間に俺の体にフィットしそうな**「銀色のチュニック(上着)」と「ズボン」、そして足を包み込む「ブーツ」**が完成した。
「お待たせいたしました」 「…ありがとう、シルヴィ。めちゃくちゃ綺麗だ」 俺が素直に礼を言うと、シルヴィは嬉しそうに体を揺らした。
袖を通すと、羽のように軽い。動きやすさはジャージ以上だ。 何より、肌触りが最高級のシルクのように滑らかで、着ていることを忘れそうだ。 「(すげえ…こんな上等な服、元の世界じゃ逆立ちしても買えなかったぞ)」
あまりの着心地の良さに、俺は欲望を出した。 「なあシルヴィ。ついでに頼みたいんだが…この糸で、寝具も作れたりするか?」 「寝具、ですか?」 「ああ。地べたで寝るのは体が痛くてな。こう、フカフカの敷布団とか、柔らかい掛布団とか…」 「お安い御用です」
シルヴィは再び脚を動かし始めた。 今度は糸の編み方を変えているようだ。糸を幾重にも重ねて空気を含ませ、弾力のある層を作っていく。 あっという間に、分厚い**「銀糸のマットレス(敷布団)」と、雲のように軽い「銀糸の掛布団」**が出来上がった。
俺は完成した寝床に、恐る恐るダイブした。 「…………」 「いかがでしょうか?」 「……天国かよ」 体が沈み込みすぎず、適度な反発力で支えられるマットレス。肌に吸い付くように優しく、ほんのり温かい掛布団。 ブラック企業時代の煎餅布団とは比較にならない、王族級の寝心地だ。
「ありがとう、シルヴィ。これなら、いくらでも寝られそうだ」 俺は、最強の作業着と、至高の寝床を手に入れた。
(第9話 完)
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