第6話 いざ、勝負!
今話は第3者視点です。
アネリルスの部屋には、最下層へと続く扉の他にもう1つ扉がある。その扉こそが闘技場の―――正確には、迷宮の転移部屋の扉だ。
迷宮には、階層間を瞬時に移動できる転移魔法陣が各階層3つずつ用意されており、その魔法陣が保存されているのが転移部屋だ。守護モンスターは一切湧かず、アネリルスのような階層守護者でなければ空けることはできない。他者に介入されずに決闘を行うには打って付けの場所だったため、血気盛んなアネリルス達はここを決闘場と定めた。
そんな決闘場にて、一華とアネリルスが向かい合っている。既に2人共臨戦態勢だが、傍から見ると圧倒的にアネリルスが優位だった。
現在のアネリルスは軍服の上に、彼女の髪の毛と同じ赤い色をした籠手と臑当を身に着け、さらに右手には禍々しい装飾を施した長剣を携えている。対して一華は丸腰で、しかも身に着けているのはただの制服だ。素人が一国の将軍に挑もうとしているようにしか見えない。
(まさか自分だけフル装備で、あたしには貸し武器すら無いとはね……)
あまりにも不利な条件に、さすがの一華も苦い顔をする。しかし戦闘とは、常に最高の状態で出来るとは限らない。一華自身、元の世界で道場に入った途端に光希に奇襲され、武器を取るどころか着替える間もなく戦闘状態に陥ったことが数十回はある。故に、表立って文句を言うつもりは無いが……勝率が限りなく低くなったことには頭を抱えるしかなかった。
(取り敢えず、最初は様子見でいきますかね)
方針を大まかに決めて、一華は両手で頬を打ち、気合いを入れる。既に2人の周りには大勢のギャラリーが集まっていて、こちらも緊張感が高まっていた。
「これより! アネリルス様と、戦場一華の決闘を行う! 両者、前へ!」
『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!』
審判役を任されたフォルが宣言すると、集まった者達が一斉に雄叫びを上げた。
「ルールは簡単。相手を殺害、または降参させた方の勝利! 魔法も、スキルも、ギフトも使用オーケー。とにかく勝ったと認めさせれば良しとする! では、両者前へ!」
一華とアネリルスが前へ進み出て、お互いの距離が縮まっていく。
―――その時だった。
「っ!!!!」
突然悪寒を覚えた一華は、その場から飛び退くように後ろに下がる。直後、つい先程まで一華がいた場所に剣閃が走った。アネリルスが一瞬で間合いを詰めて、一華の首目掛けて剣を振り抜いたのだ。
「……ま、よーいドンで始まるとは限らないですからね」
「この一撃で決まれば良かったんだけど、そう上手くはいかないか」
そして開始の合図も無しに、一華とアネリルスの戦いが始まる。
「はぁ!」
先に動いたのはアネリルス。彼女が剣を横薙ぎに振るうと、灼熱の炎を纏った三日月状の斬撃が飛び出し、一華に襲い掛かる。すぐさま『厄災箱』を発動しようとした一華だったが、何故か悪寒を覚えた。
(何でだろう? 『厄災箱』だとダメな気がする!)
何故そう思うのかは、一華本人にも分からない。だが一華は直感を信じてその場でしゃがみ、獲物に飛び掛かる直前の猫のような体勢になって斬撃を躱すと、そのまま矢のように飛び出してアネリルスに肉薄する。そしてその勢いのままに、足元から頭目掛けて拳を放つ。
「ぐっ!!」
アネリルスは咄嗟に腕を交錯させて、どうにか一華の拳を受け止める。しかしその威力は凄まじく、地面をガリガリと削りながらアネリルスは後退した。
「ちっ、やるじゃん……」
一華の拳を諸に食らい未だビリビリと震えが止まらない腕を抑えて、アネリルスは舌打ちする。一華はそれに反応せず、『鑑定眼』を用いてアネリルスを見る。
結果、次の情報が齎された。
名前:アネリルス
種族:魔神
レベル:X
大罪:【傲慢】
レベルは『X』と表示され、さらには大罪と言う謎の表示まである。追放されて間もない一華からすれば、知らない情報が多すぎた。
また、『傲慢』についてだが、こちらは一切情報を見ることができなかった。見ようとしても、『鑑定眼』の力が何かに妨害されて、詳細が一切見えないのだ。
(情報の隠蔽か……そんな術まであるんだ)
一華がそんなことを考えていると、腕の震えが治まったアネリルスが一華に突撃してきた。今度は先程のような派手な攻撃はせず、距離を詰めて剣撃の応酬を繰り出し、かと言って無理に攻めすぎることはせず、つかず離れずの間合いを保って堅実に攻めてくる。剣撃の威力も伊達ではなく振るう度に衝撃波が発生しており、その余波ですら兵士を殺傷しかねない。しかも長剣は炎を纏っており、その温度は闘技場の温度を上昇させる程のものだ。まともに食らえば、レベル9999の一華と言えど火傷程度では済まない。
そんな緊張感の中でも、一華は決してブレない。光希との決闘の経験を活かして、確実にアネリルスの攻撃を捌いていく。今も、上段から振り下ろされた剣を左に避け、さらに返す刀で放たれた一撃を体を反らして躱す。そのままバク転を繰り返して距離を取ろうとするが、アネリルスの速度は一華を上回っており、折角広げた距離を一瞬で詰められてしまう。その後、何度距離を稼いでも次の瞬間には肉薄され、同じことの繰り返し。このまま避け続けても、削り倒されるのがオチだと直感した一華は、打って出ることにした。
(召喚、"災禍の双剣")
一華が念じると同時に、彼女の両手にルーンの双剣が姿を現す。見ると、既にアネリルスが一華の前に迫り、再び長剣を振り下ろそうとしていた。
「せぃや!」
「っ!?」
一華は双剣を強く握りしめると、腕を交差させて思い切り前へと踏み込み、自らアネリルスへと接近。これはアネリルスも予測していなかったらしく、面食らって僅かに剣の軌道がブレる。一華はその隙を突いて、交差させた腕を振り抜き、双剣で長剣を弾いた。
「ぐぅっ!!」
振り下ろす一撃を弾かれた結果、アネリルスの胴体が無防備になる。その胴体目掛けて、一華は強かに蹴りを叩き込んだ。
「がはっ……!」
空間が歪む程の衝撃波が発生し、呻き声を上げてアネリルスが吹っ飛ぶ。そのままアネリルスは壁に激突し、壁には大きな窪みができた。
「マジかよ、アネリルス様が……」
「凄ぇ……マジで何なんだあのガキは?」
ギャラリー達は予想外の展開に浮き足立つ。一方で、一華は警戒度を最大限に引き上げ、壁の方を睨んでいた。
(気絶させるつもりで本気で蹴り飛ばしたのに、まるで気配が弱らない。流石はレベルXって所かな)
一華のギフト『戦神』には、同時に複数のことを考えられる統合能力『並列思考』がある。これを用いて一華は思考を増やし、さらには『神速化』で思考速度を上昇。戦闘を継続しつつ、未だ詳細不明な部分を調べ続けていた。その結果、一華はアネリルスのレベルの意味を理解したのだ。
レベルXとは―――
自身の存在そのものを進化させ、神へと至った者のみが到達できる領域だ。それまでのレベルとは一線を画し、上限は一切無く、敵を倒せば倒すだけどこまでも強くなれる。(無論、強くなるのに必要な経験値は増加しているが)
現在のアネリルスのレベルを数値に当てはめるならば、約11500となる。一華との力の差はおよそ8倍。本来なら勝負になどならず、ここまで戦えている時点で異常と言える。
「ゲホッ、ゲホッ……! まさか、レベルXですらない奴に、アタシがここまでやられるなんて……!」
「そりゃあ、ねぇ。あたしはギフト持ちですから」
血を吐いて苦しむアネリルスを見下ろし、一華は軽い調子でそう言った。彼女の言う通り、一華がここまでアネリルスと戦えたのは、ひとえにギフトの力によるものだ。レベルは強大な力だが、理から逸脱するような隔絶した力は無い。すなわち、理を逸脱した力であるギフトを使えば、ある程度はレベル差を覆すことが可能なのだ。まして一華にはギフトが2つあり、その上実は戦闘技能でアネリルスを上回っている。故に、8倍もの力の差を覆すことができていたのだ。
―――しかし、それもここまでの話。理を逸脱した力を持つのは、一華だけでは無かった。
「……アンタ、一華って言ったっけ? ごめんね。どうやらアタシ、無意識にアンタのこと見下してたみたい」
「……負け惜しみですか?」
「違う違う。ただ純粋に謝ってんの。だから、もう手は抜かない。この魔剣と魔神の力だけでいけると思ってたアタシはもうお終い。『傲慢』を使って、確実に仕留めてやる」
「っ!!!」
一華の緊張感が高まる。魔神の本領は、まだまだこれからであった。




