第17話 一時の別れ、新たな出会い
本話より、第2章開始です!
あたしが扉を潜ると、扉は消滅して迷宮への行き来は閉ざされた。
「わぁ……!」
扉の先。そこは、美しい草原を見下ろせる丘の上だった。見上げると青い空があって、太陽がサンサンと光り輝いている。そよそよと吹く風も気持ちいい。
「………!!」
思わず、涙が頬を伝っていた。そっか。あたし、本当は不安だったんだ。本当に監獄から出られるのか、生きて帰れるのか、不安で不安でしょうがなかったんだ。けど監獄の外に出て、このどこまでも続く広い草原を見たら、何だか安心して、張りつめていた物が切れちゃったんだ。
「うっ………ひぐっ………!」
涙が止まらない。止めようとしても全く出来ない。とにかく出てこられた事が嬉しくて、涙が止まらない………!
「………って、そうだ! まだ皆を閉じ込めたままじゃん! 厄災解ほ――――!」
《ちょっと待って!》
アネリルスが大慌てであたしを止めた。
《忘れたの? ここはクラヴィアの支配領域。このまま解放されたら、奴に見つかる。そうなったら面倒な事になるよ》
《え、って事はあたしって………》
《ごめん、言うのが遅れた》
ちょっ、マジ? こっちは相手が見えないのに、相手はこっちが見えてんの? ダッル! これは何とかしないと
《じゃあ、どうすれば良いの?》
《クラヴィアは、別次元にいる存在は認知できない。だから、とりあえず ”神域” を展開すれば良いんじゃない?》
それだ! そうと決まれば――――
《神域描画 ”次元隔絶城塞” 》
【境界】の『境界創造』、【戦神】の『守護領域』、【忍耐天神】の『難攻不落』・『時空障壁』を描き出した、守りに特化した ”神域”。これなら確実に、クラヴィアの目を欺けるはず。
「これで大丈夫だね。それじゃあ、『厄災解放』!」
あたしが【厄災箱】に収納していた皆を解放すると、”神域” はあっと言う間に、妖魔族や堕天使で埋め尽くされた。
「そ、外だ!」
「うぉーーーー! 自由だーーーー!!」
「やっと………やっと出られた!」
「太陽が眩しい!」
「良かった! もう出られないかと思った………!」
正確にはまだ区切られた次元の中だけど、少なくとも迷宮から脱出できたのは間違いない。それぞれ歓喜の声を上げ始めた。
《ふむ、久しぶりの外か》
《いったいどうなってるのかしら。年がいも無くワクワクしちゃうわ!》
《ふふふ、そうだな………!》
珍しくケラウノスまでテンションが上がってる。何だかんだ言って、やっぱケラウノスも外に出たかったんだね。
「はぁ~~~~!! 空気が美味しい!」
「そうだねアネリルス!」
「………本当に、出て来られたんだね!」
「うん! あたしら皆、自由だよ!」
忌々しい監獄を飛び出して、あたしらは自由を勝ち取った。もう、何処へでも行けるんだ!
「それで、皆はこの後どうするの?」
「アタシらは1度魔界の様子を見てくるよ。もう長い事放置しちゃって、どうなってるか心配だからね」
「魔界?」
「”衛星世界” の1つだよ」
聞くところによると、世界ってのは必ず軸となる ”基軸世界” ってのがあって、その周りに複数の ”衛星世界” が次元を隔てて隣接してるらしい。魔界もその ”衛星世界” の1つで、クラヴィアが支配するこの世界に隣接してるんだって。んで、その魔界を管理・統括していたのが、アネリルスを含む7柱の魔神達。それなのにクラヴィアの身勝手で監獄に送られたせいで、今魔界には管理者が居ない状態になってるみたい。確かに、それは心配だよね。
「ただ、魔界に入れる場所は限られている。アタシらが投獄される前に用意しておいた ”魔界門” が無事なら、そこを通って行けるんだけど………」
雰囲気からして、望みは薄そうだね。
「今から ”魔界門” を作ると時間掛かるしなぁ。どうしたもんか」
「それなら、僕に任せてください! その ”魔界門” を作る時の記憶を見せてくれれば、僕でも門を作る事は可能ですよ」
「え、ほんとに?」
「本当ですよ。なんなら、今すぐにでも実行できます」
「じゃあ、お願いしても良い?」
「お任せください!」
『概念境界』を使って、改人は自分とアネリルスの記憶の境界をあやふやにすると、アネリルスの記憶を覗き見る。
………良い子は真似しちゃダメだからね?
「複雑な術式ですね」
「そりゃあ、別の次元へ飛ぶ為の門だからね。あ、他の記憶は見ないでよね?」
「も、もちろんです!」
そんな雑談を織り交ぜつつ、しばらくして改人は記憶の共有を止めた。”魔界門” の作り方をマスターしてみたいだ。
「それじゃあ、行きます! 次元接続、開け、”魔界門”!」
改人が術を発動すると、空間に裂け目が出来て、それが大きく広がっていく。やがて広がった裂け目は禍々しい造形の門になって、その奥に、赤黒い空で覆われた荒廃した世界が広がっているのが見えた。
「ほ、本当に繋がった!」
「良くやったね改人!」
「へへ、ありがとう!」
頭を撫でてあげると、改人は嬉しそうに笑った。
「それにしても、これが魔界なの?」
「うん。だけど、やっぱり荒れ果ててるね」
「やっぱりってどういう事?」
「魔界には、吸血鬼に魔女、暗黒竜、他にも色んな上級モンスターが勢ぞろいしてるんだよ。アタシらはソイツらを統括してたってのにさ、クラヴィアが終末地獄に閉じ込めるもんだから、統治者がいなくなって好き勝手暴れてやがるんだ。どうにかしてアイツら止めないと、魔界が滅びかねない。これは解放早々に大仕事になりそうだ。多分、しばらくこっちに来られないと思う」
「じゃあ、ここでお別れ、だね………」
「あ………」
お別れって言葉を聞いて、改人の表情が変わる。そう、アネリルス達が魔界へ行くって事は、ここでアネリルス達とは一旦お別れ。それに気付いた改人は、慌ててアネリルスを引き留めようとし始めた。
「ア、アネリルスさん。………どうしても、行かないとダメですか?」
「うん。絶対に行かないと」
「そんな、もうお別れだなんて………」
「改人。アネリルスにだって、やらなきゃいけない事があるんだ。ここで引き留める訳にはいかないよ」
「うぅ………」
「本当は、2人と一緒に行きたいんだけどね」
「へ?」
「アタシらがこうして出てこられたのは、一華のお陰。一華がいなかったら、アタシらは今も監獄の中だった。だから、今度は一華の助けになりたい」
そう言うアネリルスの表情は、真剣そのものだった。
あたしとしては、もう充分助けてもらったと思ってるんだけど………それでもまだ返し足りないと、アネリルスは思ってるみたいだ。
「僕らだって、気持ちは同じだよ」
ガブアが他の魔神達を引き連れて、話に割って入って来た。
「僕達だって、一華さんに解放して貰ったのは同じだ。一華さんの人探しを手伝ってあげたいよ。でも、今は自分達の世界をどうにかしないとじゃない? あの人から託された、大切な場所なんだから」
「もちろん! それは、分かってるけど………」
「アネリルス。あんたの気持ち、凄く嬉しいよ。でもさ、あたしだってアネリルスがいなかったら、脱出にはもっとずっと時間が掛かってたし、改人を救う事だって出来なかった。あたしに言わせれば、これはチーム皆で勝ち取った勝利だよ。だから恩返しだなんて、そんな風に気負わないで」
「でもアタシなんて、一華と比べたら………」
おいおい、【傲慢】持ってる奴が自信無くしてどうするのさ? これは重症だぞ………そうだ!
「どうしてもって言うなら、速攻で魔界を平定して、また戻って来てくれれば良いんじゃない? あんた達の全力なら、造作もないでしょ? それとも、やっぱり無理かな?」
自分でも分かるくらいにイジワルな笑みを浮かべてそう聞くと、アネリルスはムッとした表情で反論してきた。
「このアタシを挑発するなんて、良い度胸してんじゃん」
「へぇ、そんなに言うなら出来るんだよね?」
「もちろん! アンタ達! 今すぐ魔界に戻って、はっちゃけてるアホ共を片っ端からぶっ飛ばすよ!」
『応!!』
「あ~~、面倒っぽいから~~、俺はパス――――」
「アンタもやるの! 普段あんだけ怠けてんだから、こういう時くらい手伝いなさい!」
「しょ~がね~な~~。ま~、恩返ししたい気持ちは~~、俺にも~~、あるからな~~」
よし、アネリルスに自信が戻った! アネリルスはこうでなくっちゃ!
「一華、約束するよ! アタシらは半年以内に魔界を平定して、新しい ”魔界門” を作ってこの世界に戻ってくるからね!」
「約束だよ、アネリルス!」
「うん! 約束!」
あたしらは、小指を結んで指切りをした。
「ぼ、僕とも指切りしましょう!」
「もちろん! だから、そんなに泣かないで。一華の弟が泣き虫じゃ、一華の名前に傷が付くよ?」
「っ! な、泣いてないです! これは………目にゴミが入ったんです!」
「そういう事にしておいてあげるよ。ほら、小指出して」
「ぐすっ………はいっ!」
既に涙目の改人も加えて、3人で指切りをする。3人で指切りしたんだからこの約束だってきっと守れる筈。毛利元就の ”三本の矢” の格言もあるし、間違いない。
「それじゃあ、行ってくるね!」
「「行ってらっしゃい!」」
アネリルスは、6柱の魔神と数多の配下達を従えて、魔界へと旅立った。そして全員が潜り終わると、”魔界門” は何事も無かったかのように消えた。
*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*
「「”多段式・次元境界”」」
アネリルス達と分かれた後、あたしと改人は自分達に次元を隔てる結界を幾重にも張った。クラヴィアの目を欺くには、別次元にいさえすれば良い。だったらこうして、次元を隔てる結界で体を覆えば、クラヴィアはあたしらを見つける事が出来なくなる。常に ”神域” を展開し続ける必要もない。
「そんじゃ、”次元隔絶城塞” 解除」
”次元隔絶城塞” を解除して、改めて周りを見渡してみる。辺り一面、緑溢れる草原だ。ピクニックやお昼寝には最適だね。
「綺麗な景色だね」
「うん! アネリルスさん達が戻ってきたら、皆でピクニックでもしようよ!」
「良いね! そういえば久しくピクニックなんて――――」
――――空気が変わった。
風が止んで、急に周りから音が消えた。
「お姉ちゃん、何か背中がゾクゾクする………!」
「改人も感じる?」
「うん。すっごくヤな感じだよ」
「多分これはね、悪い事の兆候だよ」
「悪い事?」
「例えば、何か途轍もなく強大な存在が、こっちに近付いているとか。他にも可能性はあるけど、もうすぐ何か起こる。気を引き締めて」
「う、うん………!」
既に改人の手には、エクスカリバーとスヴェルが用意されてる。あたしもケラウノスを右手に構えて、何時でも動けるように構えた。
《どこだ………? どこから来る………?》
少しの間、静寂が流れた。そして――――
「「っ! 後ろ!」」
後ろから何かを感じて振り返ると、少し先の方に1つ目の巨人達の姿が見えた。しかもよく見ると、緑色の狼を数十頭引き連れてる。
《何あれ? サイクロプス?》
《良く知っておるな。如何にも、あれは単眼鬼。7m越えの巨体から繰り出される怪力を武器とするモンスターじゃ。レベルは1500程度。人族の定めた指標では、確かAランクだったかの》
あ、こっちでもサイクロプスなんだ。ド〇ク〇やってて良かった。
《足元の奴らは、風魔狼ね。ランクは単騎でC、群れでBよ。レベルは大体500くらいね。風の魔法もそうだけど、巧みな連携が凄く厄介な奴らよ》
風の魔法か。そういえば、魔法はあんま見てなかった気がする。ちょっと見てみたいかも。
《しかし、単眼鬼が複数いるだけでも珍しいのに、風魔狼まで飼いならすとはのぅ》
《本当に、一体何があったらこんな事になるのかしら?》
《そんなに珍しいんだ。って、ん? よく見たらアイツら、何か追っかけてない?》
《え~と………あ! 見て! 馬車が襲われてるよ!》
改人が指差す先を見ると、馬2頭に引かれる立派な馬車が、単眼鬼達に追われているのが見えた。馬車の周りにも人が居て、追ってくるモンスター達を必死に迎撃している。こういうのを見かけた時は……。
《お姉ちゃん、助けに行こう!》
《………仕方ない。行きますか》
本当は、ほったらかしにして光希を探しに行きたいけど、後味悪くなりそうだし、光希に顔向け出来なくなるし、何より、ここで見捨てたら改人の心に傷を残す。それだけは絶対に看過できない。敵も大して強くなさそうだし、ここは行くしかないね。
「あたしがボスを殺るから、改人は他の奴らを!」
「ラジャ!」
急拵えではあるけど作戦を立てて、あたしらはサイクロプス軍団に突撃を仕掛けた。
*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*
(第三者目線)
少しだけ、時間を遡る――――
馬車は草原から程近い森の中を駆け、5体の単眼鬼と30体の風魔狼の集団から逃げていた。馬車の周りには、馬に乗って馬車と並走する男女4人の集団がおり、彼らが単眼鬼集団を迎撃しつつ、馬車を守り続けていた。
「クソッ! 何でこんな所に単眼鬼がいやがんだ!」
「それもあるけど、何でコイツら連携してるの!? 単眼鬼は単体で暮らすモンスターの筈なのに!」
「そんな事より走れ! このままじゃ追いつかれるぞ!」
「御者さん! もっとスピード出ないんですか!?」
「これが限界です!」
「グオォォォォォォォ!!!!」
1体のサイクロプスが、手にした棍棒を思い切り振り下ろして、馬車を狙って来た。
「風よ、守れ! ”魔風障壁”!」
黒いローブを纏った女が手にした杖を突き出すと、風の壁が出現し棍棒を受け止める。しかし単眼鬼の怪力は凄まじく、壁は一瞬の内に砕かれた。
「ちっ、アタシのレベルじゃこの程度か!」
ケラウノスの言う通り、この単眼鬼達は皆レベル1500。対してこの4人のレベルは平均して800程度。レベルですら2倍以上の力の差がある。まして相手が怪力自慢の単眼鬼が相手となれば、この結果も当然と言えた。
「おい! 森を抜けるぞ!」
先頭を走る男がそう叫んだ。そして数刻の後、一向は森を抜け草原へと飛び出す。
――――そして、現在に至る。
「グオォォォォォォォ!!!!」
「グルルァァァァァァ!!!!」
「くっ、もう遮蔽物が無い! このままじゃ追い付かれるぞ! どうするバッカス!?」
「どうするったって………!」
バッカスと呼ばれた先頭の男は、頭を抱えたくなる程追い詰められていた。戦っても勝ち目は無い。かと言って逃げ切ることも難しい。正しく八方塞がりの状況だったからだ。
「………そうだ! 足元を狙って迎撃しろ! そうすれば、奴らを転ばすくらいの事は出来るかもしれない!」
「それに賭けるしか無いわね! 風よ、守れ! ”魔風障壁”!」
今度は単眼鬼の足元に壁が形成される。案の定壁はすぐに壊されてしまうが、単眼鬼達の足が僅かに遅くなった。レベル500の風魔狼に至っては壁を壊す事すら出来ず、壁に衝突して足が止まり、単眼鬼達に踏みつぶされる者もいた。
「効いてます! ほんの少しですが、足が遅くなってます!」
「良し! シーナ! 悪いがそのまま迎撃頼む! フィオナ、ユンも手伝ってくれ!」
「しゃーないわね!」
「お任せください!」
「やってやらぁ!」
シーナは馬の上に立つと、黒いローブをはためかせて魔法を放つ。フィオナと呼ばれた女も、弓に魔法を付与した矢をつがえモンスター達に向けて放ち、軽装の男―――ユンも、ナイフを投げて応戦する。モンスター達の足は確実に遅くなり、緊迫感がほんの少しだけ緩んだ。
「グオォォォォォォォ!!!!」
「グルルァァァァァァ!!!!」
しかし、それもほんの少しの間だけ。足を遅らせるのにも限界があり、徐々に追い詰められていく。
「どうすれば………」
「グフフ。引っ掛かったな?」
『っ!!?』
突然、どこからか声が聞こえてくる。辺りを見渡すが、どこにも声の主と思しき者の姿は見えない。
「気のせい、か?」
「へっ、まだ気付かないか? 目の前にいるぞ」
突然、目の前に壁のような物が出現する。慌てて一行が足を止めて壁を見上げると、それは15メートルはあろうかという巨大な単眼鬼だった。
「ま、まさかコイツ、単眼鬼王!?」
「嘘だろ!? あのSランクの!?」
単眼鬼王は、通常の単眼鬼の中から稀に生まれる上位種であり、レベルは最低でも3000以上、長く生きた個体は4000を超える事もある。種族固有の力として他の単眼鬼を率いる能力を持ち、中には100体を超える単眼鬼を率いる個体もいる。
そんな単眼鬼王が、5体の単眼鬼の前に立ちはだかり、一行を挟み込むような陣形となっている。何が起きたかは明白だった。
「やられた! 挟まれた! 私達、ここに誘い込まれてたんだ!」
「グフフ、その通り。丁度近くにいたコイツらを支配下に置き貴様らを襲わせ、テレパシーで指示を出しこの場所まで連れてこさせたのだ。ま、コイツらが風魔狼を飼いならしていたのは、嬉しい誤算だったがな」
加えて言えば、この単眼鬼王は『気配遮断』と『透明化』のスキルを獲得しており、姿も気配も隠す事が出来る。15メートルの巨体にも拘らず、目の前に来るまでその存在を認知できなかったのは、これが原因だ。
「ではその命、もらい受ける!」
話は終わったとばかりに、単眼鬼王は棍棒を振り上げる。その場にいた全員が死を覚悟した、その時だった。
「せいっ!」
どこかから声が聞こえると同時に、突然暴風が吹き荒れる。その直後、凄まじい轟音と共に単眼鬼王の首が消し飛んだ。
『!!!!!!!???』
何が起きたのか誰も理解できずにいると、後方でも異変が起きる。一行を追い回していた、単眼鬼と風魔狼達が突然グニャリと歪んだかと思うと、その全てが鮮血を散らして絶命し、さらには大地が一部崩壊してしまった。
「ふぅぅ~~、ふぅぅ~~………」
「大丈夫? やっぱり無理してるんじゃ――――」
「大丈夫。確かにキツかったけど、お姉ちゃんの足を引っ張る事に比べたら、1億倍マシだから」
あまりの事に呆気に取られていた一行は、何時の間にか馬車の上に2人の人物がいた事に気付かなかった。1人は右手に美しい槍を持った、黒い短髪の少女。もう1人は、その少女よりもさらに背が低い、剣と盾を持った少年だ。どちらも軍服を着ていて、一見するとただの軍隊マニアに見える。だが、2人をただの軍隊マニアだと思う者はこの場にいなかった。あまりにも不気味すぎたからだ。単眼鬼王と手下のモンスター達を倒したのは、この2人で間違いない。だが、いったいどうやったのかを目撃できた者は、誰もいなかった。突然訳の分からない方法で、CランクにAランク、さらには最上位のSランクモンスターをも倒した2人が、彼らは恐ろしくてしょうがなかったのだ。
「あ、あの~、君達は?」
バッカスが意を決して話しかけると、2人――――一華と改人は彼の方を向く。
「あ、ごめんなさい、勝手に乗っちゃって。とりあえず自己紹介させてください。あたし、戦場一華って言います。こっちは弟の境田改人です」
「改人です。よろしくお願いします」
「それよりおじさん達、お怪我はありませんか?」
「お、おじさん……」
29歳でのおじさん呼びに若干ショックを受けつつも、バッカスは話を続ける。
「あぁ、大丈夫だ。それより、今の奴らを倒してくれたのは、君達か?」
「はい。僕達が倒しました」
「やはりか。あぁ、自己紹介が遅れた。俺はバッカス。こっちは仲間のシーナ、ユン、フィオナ。で、そっちが御者のルチアーノだ。ありがとう。君達のお陰で、俺達は救われた」
バッカスが頭を下げると、他4人も一華と改人に頭を下げた。
「いえいえ、当然の事をしたまでですよ!」
「弟の心に傷を残さないのと、親友に誇れる人間である為にやっただけですから、お礼なんていりませんよ」
「それでも、君達のお陰で俺達が救われたのは事実だ」
「――――我々からも、是非お礼を言わせてください」
馬車の扉が開き、中からカイゼル髭の紳士と、黒いドレスの淑女、そしてスーツに身を包んだ初老の男の3人が降りてきた。
「わぁ! お姉ちゃん! かっこいい人達が出てきたよ!」
「ちょっと改人! 初対面でいきなり失礼だよ」
「良いんですよ。こちらは救われた側ですから。改めまして、私はモンド=ネルソン。この度はお助けいただき、誠にありがとうございます」
「私はマリア=ネルソンと申します。モンドの妻でございます。お二方には、感謝してもしきれませんわ」
「最後に私めは、ネルソンご夫妻の執事を務めさせていただいております、モリスと申します。お二人共、ご夫妻をお助けいただき、心よりお礼を申し上げます」
「いや、だからその………」
「大した事じゃ………」
一遍に沢山の人から感謝されて気恥ずかしくなり、一華と改人の顔が赤く染まる。そんな2人の様子を、ネルソン家一行は微笑ましく見つめていた。
「ところで、お二人はどちらへ行かれるのですか?」
モンドがタイミングを見計らって再び声を掛けると、突然2人の様子が変わった。
「そうだ! のんびりしてる場合じゃなかった!」
「光希を助けに行かないと!」
「みつき? それはご友人の方ですかな?」
「はい! あたしの唯一無二の親友です! でも、色々あってはぐれちゃって、なる早で見つけないといけないんです!」
「そうしないと、手遅れになるかもなんです!」
「なんと! それは一大事ですね。しかし、その方がどちらにいらっしゃるか、お二人はご存じですか?」
「「………とにかく探します!!」」
何も考えていない事が丸分かりの答えだった。
「まぁまぁ、少し落ち着いてください。この世界は広い。無闇やたらに探しても見つかりません。まずは焦らずに、情報収集から始める事をお勧めします」
「「情報収集?」」
「えぇ。ご友人の容姿、年齢、性別、その他特徴が合致する人物の情報を集めれば、捜索個所もおのずと絞り込めます。出来るだけ速やかな救出を望まれるのでしたら、その方が効率的かと」
「それ、どこで出来ますか?」
「やっぱりお役所ですか?」
「いいえ。もっと良い所があります。それは、冒険者ギルドと商会です。こう見えて私、商会の会長を務めておりまして。当商会と懇意にしてくださっている方々とは、出来うる範囲で情報の共有なども行っております。もちろん、当商会のお客様の情報に関しては、何があっても明かす事は出来ませんが」
「冒険者ギルドだって負けてないぜ。冒険者ギルドってのは、俺達冒険者を纏め上げる組合みたいなもんでな、世界中から情報が集まってくんのさ。もっとも、こっちは噂程度の情報まで流れ込んでくるからな。上流階級と付き合いの深い商会と比べると情報の質は落ちるが、量なら圧倒的にこっちが上だぜ。何なら、ギルドで得た情報の確度を商会で確かめる、なんてやり方もありだな」
「如何でしょう? この期に当商会と懇意になってみませんか? 冒険者ギルドへの登録も、ご協力させていただきますよ?」
2人の話を聞いた一華は、暫し考え込む。
(確かに。このまま闇雲に探しても、光希が見つかる可能性は低い。そもそもこの世界がどんな形してんのかも分かんないし、ここは情報を集めた方が良さそうだ)
情報収集を優先するならば、すぐにでもモンドの商会と懇意になるべきだろう。しかし、一華には1つ懸念があった。
それは、商会が取り扱う商品についてだ。商会と懇意になるという事は、買い物の際には必ずその商会の商品を優先するか、あるいは定期的に商会で買い物をして利益を齎す必要がある。しかしもしもその商品が、一華達にとってあまり必要のない物だった場合、情報を加味しても旨みは少ない。もちろん最悪の場合は情報を優先する事となるが、現在一文無しの一華としては、そこは慎重にならざるを得なかった。
「モンドさんの商会って、何を売ってるんですか?」
「当商会では、冒険者の方々や領主様を相手とした、武器防具と服飾の売買を主な生業としております。どちらも皆さまから、質が良いと高い評価を頂いておりますゆえ、お役に立てるかと」
「武器防具と、服飾ですか………」
服飾はともかく、既に世界最高位の武器を手にしている一華からすれば、武器防具の店は旨みが少ない。一華の顔が暗くなった。しかし―――
「後は、数年程前からスイーツの開発にも力を入れて――――」
「スイーツ!!?」
「っ!?」
スイーツと聞いて、突然一華の目の色が変わる。あまりの変わり様に、改人ですら思わずビクッと震えてしまった。
「それ、本当ですか!?」
「え、えぇ。近年、世界的にスイーツの需要が高まっておりまして。当商会でも腕利きのパティシエを集め、新たなスイーツの開発を進めております。既に懇意のレストランにご協力いただき、試験的な提供も始めさせていただいております」
「スイーツの開発って、パフェもやってます?」
「もちろんでございます」
「はわわ…………!! 分かりました! 是非懇意にさせてください!」
「パフェで釣られた!?」
いとも簡単に釣られた一華に、改人は唖然とする。改人は知らない事だが、一華はパフェが大好きなのである。それこそ、交渉でパフェを引き合いに出されたら、余程の事がない限り何でも受け入れてしまう程の、筋金入りのパフェ好きなのだ。そんな一華が、新たなパフェを開発・売買していると聞いて、モンドの提案を蹴るはずが無かった。
「よ、よろしいのですか?」
「もちろん! その代わり、パフェと情報はお願いしますね」
「それはお任せ下さい。常に最良質の物をご提供致しましょう」
「やった~~!」
「………お姉ちゃん、本命は情報だからね?」
「分かってるって!」
そう言いつつも、一華の口の端からヨダレが垂れているのを改人は見逃さなかった。
「では、早速契約書を用意させていただきます。正式な契約は、これから向かう本店で行いましょう。折角ですから、商品も見て行かれませんか?」
「パフェ……もだけど、情報はあります?」
「えぇ、1週間留守にしておりましたから、新しい情報も入っているでしょう」
「じゃあその中に、光希さんに繋がる物があるかもだね!」
「そういう事なら、是非お願いします!」
「畏まりました。では、どうぞ馬車へ。一緒に参りましょう」
こうして一華と改人は、成り行きで助けた商人の店へと向かう事になった。
「モンドさん、体よく最高の護衛を雇ったわね」
「なに、旅費の代わりって事だろ」
「助けてもらったお礼ではないのですか?」
「それはネルソン商会との優遇契約じゃないか? あそこの優遇契約は限られた人しか出来ない分、サービスが充実してっから長期的価値が凄ぇんだ」
後ろから続くバッカス達が、2人に聞こえないようにヒソヒソとそんな事を話しだす。もっとも、高レベルなお陰で2人にはその会話が丸聞こえだったが、一華は大した事ではないと割り切って聞き流し、逆に改人はモンドに対してほんの少しだけ警戒を強めたのだった。




