第10章 貧乏の呪い
第10章 貧乏の呪い
昼下がりの街は、春めいた光で満ちていた。
グループホーム「博愛の宿秤」から自転車で十五分。
聖始は小さな定食屋「みどり食堂」の裏口に立っていた。
「今日からね、よろしく頼むよ」
店主の中年女性が笑顔で言う。
聖始は深く頭を下げ、袖をまくった。
包丁を握る感触は懐かしかった。
切る、炒める、味を整える――それは祈りにも似ていた。
聖始の料理には、なぜか“ぬくもり”が宿る。
お客は皆、「ここの味は落ち着く」と言って帰っていく。
だが、その平穏は長くは続かなかった。
三週間後。
店のガス管が突然破裂し、厨房が一時閉鎖になった。
聖始はその日を境に、また職を失った。
「また、か……」
帰り道、コンビニの灯りがにじむ。
財布には小銭が数枚。
頭の中で、低い声が響いた。
――「呪いはまだ解けてないよ、聖始。」
振り返ると、誰もいない。
それでも確かに耳元でささやく“意思くん”の声。
「俺のせい……か?」
――「うん。君が現実を信じられない限り、現実も君を信じない。」
その言葉は呪いの真理のように響いた。
「信じられない?」
――「神はすべてを操作している。でも、君には自由がある。
だからこそ、君の“疑い”が、君の世界を壊すんだ。」
聖始は空を見上げた。
街のネオンの向こう、月がかすかに滲んでいる。
(俺の意思が、現実を歪めてる……?)
ポケットの中には、田中みんなの記事を切り抜いた紙がある。
《拗らせ女優・田中みんな またも破局報道 「愛が重い」と恋人語る》
彼女もまた、呪いの輪の中にいる――そう確信した。
聖始は呟く。
「……俺が呪われてるなら、彼女も、同じ場所にいるのかもな。」
その瞬間、夜風の中で花びらが舞った。
季節外れの桜だった。
それはまるで、どこかで“アロマのシナリオ”が再び動き始めた合図のように。




