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神・宇宙の謎  作者: カイト
宇宙の謎
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第7章 愛と秩序の振り子

第7章 愛と秩序の振り子


朝は、いつも同じ音で始まる。

6時半、チャイムが鳴り、廊下に足音が響く。


「林原さん、朝食ですよー」

支援員の女性が優しい声で呼びかける。


聖始はゆっくりと布団をめくり、体を起こした。

部屋の壁に貼られた“日課表”には、朝食・服薬・掃除・昼食・入浴・就寝と書かれている。

人の一日を、神が設計したような几帳面さだった。


食堂に行くと、住人たちがもう集まっていた。

7人の共同生活。

けれど、会話はどこかゆっくりとした“繰り返し”に満ちていた。


「昨日もさ、あのヤクザが出てきてよォ」

いつもの“ヤクザ話のおじさん”が声を張る。

名前は五郎。

50代で、どんな話題でも必ず最後は“不良か任侠の話”になる。


「兄弟分がどうのこうのって……毎日聞くな」

聖始が小さく笑うと、五郎は真顔で言った。

「だってさ、それが俺の“記憶の中心”なんだ」

その言葉が妙に引っかかった。

“中心”という表現。まるで誰かが記憶を編集して、再生の軸を埋め込んだように。


隣の席では、別のおじさんが黙々と味噌汁を啜っている。

彼は“同じ話しかしない”ことで有名な人だった。

「昔、山の中で熊を見たんだ」

その話を、毎日、まったく同じトーンで繰り返す。

語尾も、間も、息継ぎすら同じ。

——まるで録音テープ。


(プログラムか、幻か)

聖始は箸を止める。


窓の外には、今日も満開の桜。

冬のはずなのに、散る気配がない。

枝からこぼれる光は、時間を溶かしているようだった。


「おはようございます」

新入りの青年が食堂に入ってきた。

短く刈った髪。

鋭い目つきだが、どこか怯えたような笑みを浮かべている。

彼はつい先日、少年院を出てこの施設に入居したばかりだった。


「林原さん、昨日言ってた“外のコンビニ”って、ほんとにあるんすか?」

「たぶんな。歩いて10分くらいらしい」

「へぇ……でも、昨日外出したっすけど、なんか道がループしてたっすよ」

「ループ?」

「うん。ぐるぐる回って、また宿秤の前に戻るんすよ」


五郎が口を挟む。

「ここは“帰る場所しかない世界”なんだよ」

その声が、一瞬、低く響いた。

聖始の脳内に、ノイズのような残響が走る。

——帰る場所しかない世界。


食堂の時計の針が、ほんのわずかに前後に揺れていた。

進んでは戻り、戻っては止まる。

「愛と秩序の振り子」——その名の通り、この施設の時間は振れているのかもしれない。



昼下がり。

聖始は支援員に付き添われて近くのスーパーへ行った。

同行する支援員は若い男性で、どこか“冷静すぎる”話し方をする。


「林原さん、最近は落ち着いてますね」

「まあ、慣れてきたからな」

「いいことです。福祉は、世界を安定させるための“秩序の器”ですから」

「秩序の……器?」

「はい。混沌を減らすために、神は人間に“支援制度”を与えたんです」


聖始は、立ち止まった。

まるで教典を朗読しているような声。

支援員の目には、微かに光のノイズが走っている。


(また、操作されている……)


意思くんが囁いた。

「ましゃし、この世界、微妙に“負荷がかかってる”。

 福祉って、たぶん“神の修復プログラム”だよ」


(……そうか。障がい者支援って、人間のためじゃなく、

 神が“破損した個体”を修復するための仕組みなのか)


聖始は買い物かごを握りしめ、無意識に空を見上げた。

桜の花が、まだ散らずに、静止している。


その光景は、あまりに美しく、そして不気味だった。


——神が世界を愛そうとするとき、時間は止まる。


宿秤へ戻ると、ミナが玄関で微笑んでいた。

「おかえりなさい。今日も“春”の香りがしますね」


その声を聞いた瞬間、

聖始の胸の奥で何かが微かに“共鳴”した。


この世界の“秩序”と“愛”は、ひとつの振り子のように揺れている。

神が愛を求めるほど、世界は歪み、

人が秩序を求めるほど、神の記憶が滲み出す。


——そして、揺れているのは世界ではなく、

 “聖始自身”なのかもしれなかった。

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