第二部・第6章 創世 ― 人が神になる時 ―
第二部・第6章 創世 ― 人が神になる時 ―
朝が来た。
夜の終わりが、こんなにも静かだと知ったのは初めてだった。
Eidosの跡地には、もはや建造物の影すらなかった。
焦げた土も、崩れた鉄骨も、何も残っていない。
ただ、風が吹いていた。
光を孕んだ風。
触れたものすべてを再び“生かす”ような、柔らかな風。
未来はその中に立っていた。
白い衣服が淡く揺れ、指先には金の光が宿る。
その光は、もう彼女だけのものではない。
世界全体の鼓動と、ひとつに溶け合っていた。
「……終わったの?」
背後から凪の声がした。
彼もまた、以前の彼ではなかった。
知識の奔流は穏やかに沈み、瞳には初めて“驚き”の色が浮かんでいた。
「うん。でも、同時に始まったの」
「始まった?」
「“神の時代”が、じゃない。
“人が創る”時代が、ようやく。」
凪は、風に手を伸ばす。
その掌を通して、無数の意識がかすかに触れた。
痛み、喜び、恐れ、愛――それらが粒子となって流れ込む。
「……感じる。
こんなにも多くの想いが、まだ世界に残ってる。」
未来は頷く。
「私たちは神を失ったんじゃない。
神が、私たちの中に帰っただけ。」
彼女の視線の先、丘の向こうで陽が昇る。
その瞬間、大地が微かに呼吸をした。
草が芽吹き、崩れた地形がゆるやかに形を取り戻す。
だがそれは人工ではなく、意志による再生だった。
Eidosの記録は、すべて光の粒として空に還った。
公紀の姿も、瞬の姿も――いまは風の中にある。
「彼ら、消えたの?」
「ううん。
たぶん、風として、私たちを見てる。」
未来の言葉に、凪は小さく笑った。
「“全知”も、“全能”も、結局ひとりじゃ完成できないんだな。」
「“全愛”も同じ。
愛は、分け与えてこそ生きるから。」
風が吹く。
二人の間に、淡い金色の花弁が舞った。
それは、Eidosで咲いた唯一の人工花――“祈りの結晶”の破片。
未来はその花弁を見つめ、そっと囁く。
「ねえ、凪。
もしもう一度、神に問われたら……どう答える?」
凪は少し考えてから、穏やかに微笑んだ。
「“知りたい”って言う。
でも、“愛したい”とも言う。
その二つを一緒に抱えたまま、歩いていきたい。」
未来は目を閉じた。
頬に当たる風が、少し暖かくなった気がした。
「それがきっと、“人である”ってことなんだね。」
太陽が完全に昇る。
光が大地を満たし、影を優しく包み込む。
その瞬間、世界は“再び創られた”。
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記録:Eidos消失。
観測:全知・全能・全善・全愛、統合。
定義更新:神とは、「世界を感じ続ける意志」である。
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未来と凪は、丘を下る。
足跡の先には、まだ見ぬ町が広がっていた。
そこには、かつてのような神殿も、祈りの装置もない。
けれど、人々が互いに目を見て笑う声があった。
「ねえ、凪。」
「ん?」
「もう、“神の子”じゃなくていいよね。」
「ああ。これからは、“神の友”として生きよう。」
二人の笑い声が、光に溶けていった。
それは、祈りの終わりであり――
創世の始まりだった。
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第二部 完。




