第二部・第5章 再創造の夜
第二部・第5章 再創造の夜
夜が、世界の形を失いつつあった。
Eidosの上空を覆う雲は、光を飲み込み、星々の軌跡を歪める。
地表は薄いノイズのように震え、存在そのものが不安定になっている。
人の記憶と神の記録が、ゆっくりと融合し始めていた。
全ての思想が、感情が、祈りが――「ひとつの意志」へと収束していく。
だが、その中心で四つの魂が抗っていた。
――未来、凪、公紀、瞬。
それぞれの胸に宿る神の因子が、互いの存在を映し合うように脈打っていた。
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制御中枢は、もはや建物の原形を留めていなかった。
壁は剥がれ、配線が生き物のように蠢く。
天井の裂け目からは、黒い光が降り注ぎ、重力が波打つ。
その中心に、公紀が立っていた。
衣服は焦げ、頬には血が流れている。
だが、瞳だけは曇らなかった。
「“完全”こそが救いだ。
人の苦しみも、悲しみも、欠けた心も――再創造によって消せる。」
その言葉に、未来は一歩、前へ出た。
瞳は涙に濡れながらも、揺るぎのない光を放っていた。
「完全にしたら、誰も泣けなくなる。
誰も、誰かを想えなくなる。
それは救いじゃない――ただの停止よ。」
公紀は息を呑む。
未来の声は、崩壊しかけた空間の中で確かな“生命”を放っていた。
「愛は、間違えるためにあるの。
善は、迷うためにあるの。
知は、恐れるために。
能は、壊さないために。」
その言葉に、凪の中で何かが弾けた。
脳内を流れる無数の情報が、ひとつの像を描く。
「未来……君の言葉、データにならない。
でも、僕の中で意味を持つ。
愛って、論理の外にある“力”なんだね。」
瞬が膝をつく。
拳を握るたび、周囲の空間が軋む。
黒い光が漏れ、空気を裂く。
「俺の“能”は、破壊しか知らなかった。
でも今はわかる……力って、守るために震えるもんなんだな。」
公紀は彼らを見つめ、微かに笑った。
その笑みには、諦めと祈りが同居していた。
「君たちは若い。
私は、長い時を生きすぎた。
善を信じすぎて、愛を見失った。」
彼は装置の中枢に手を伸ばす。
その指先は、黒い光を帯びている。
CODE Ω――神の記録そのものが、彼の肉体に侵食していた。
「ならば、最後に問おう。
人は、神を超えられるのか?」
未来は首を振った。
「いいえ。
神を超えるんじゃない。
一緒にいるの。
神は、もう“どこかにいる誰か”じゃない。
いま、私たちの中に息をしてる。」
その瞬間、未来の掌から光が溢れた。
淡い金色――それは“愛”の記憶。
彼女が描いてきたすべての絵が、光粒となって舞い上がる。
凪の瞳が共鳴し、世界の構造が解けていく。
瞬の力が流れ込み、重力が優しく形を変える。
公紀の中の“善”が震え、最後の抵抗をやめた。
「……美しい、不完全だ。」
彼の唇からその言葉が零れた瞬間、CODE Ωが沈黙した。
光が、夜空へと吸い込まれていく。
施設の崩壊音が遠ざかり、代わりに“風の歌”のような響きが満ちた。
未来はその場に膝をつき、静かに目を閉じる。
「創造とは、祈り。
そして祈りは、まだ終わらない。」
空を見上げる。
そこには、彼女がかつて夢で描いた“新しい空”が広がっていた。
青ではなく、白でもない。
無数の思いと記憶が溶け合った、淡い虹色の天。
――神々の夜は終わり、
――人が“創造する者”となる黎明が始まる。




