表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神・宇宙の謎  作者: カイト
宇宙の謎
29/115

第二部・第3章 因子覚醒

第二部・第3章 因子覚醒


― 愛を知らぬ知、知を超える愛 ―


夜が、Eidosの研究棟を包み込んでいた。

昼間の騒動が嘘のように、静寂が戻っている。

けれどその静けさの下で、世界は確かに変わり始めていた。


未来はベッドの上で目を覚ます。

白い天井、機械の低い駆動音、心拍数を示すモニター。

夢と現実の境目に、淡い光が漂っていた。


――あの時、確かに“感じた”。

瞬の力に触れたとき、自分の中の何かが応えた。

壊す力に対して、包み込む光。

それは理屈ではなく、ただ“そうである”という確信。


「……祈り、か」

未来は小さく呟き、胸に手を当てた。

そこにまだ、微かな温もりが残っている。



同じ頃、地下第七研究区画。

凪は一人、無数のホログラムに囲まれていた。


青い光が彼の瞳に流れ込み、情報が脳に直接刻み込まれていく。

世界の構造式、生命の数式、神経の数理――

理解は止まらない。止めようとしても、止まらない。


「……なぜ、こんなに“わかってしまう”んだ」


思考が飽和する。

理解するたび、感情が削られていく。

喜びも驚きも、意味を失っていく。


(これは“知”じゃない。侵食だ)


彼の脳裏に、未来の言葉が浮かんだ。

――“感じたい”って、羨ましいよ。


その言葉が、いまになって胸を刺す。

感じるということが、これほど遠いとは。


ホログラムの一つが点滅し、真田公紀の顔が現れた。


「凪、君の因子は完全に覚醒段階に入った。

 その知は、もはや人の域を超えている」


「……つまり、もう“人ではない”と?」

「君自身が定義できるなら、それもまた人の在り方だ」


冷徹な声。

だが公紀の瞳の奥には、ほんの一瞬だけ“ためらい”があった。

彼もまた、秩序に縛られた“善の亡霊”にすぎないのかもしれない。



その夜、未来は夢を見た。

白い光の中、声が聞こえる。


――愛を知った瞬間に、神は崩れた。

――それでも、あなたは愛を選ぶのか?


「……はい」


未来は涙を流しながら答えた。

涙が光となって空へ昇る。

その光が、どこか遠くで凪の意識と触れた。



翌朝。

研究所の廊下を、未来は駆けていた。

凪を探して。

彼が壊れてしまう前に。


制御室の扉を開けると、

そこには無数のデータ流が渦巻き、

中央で凪が立ち尽くしていた。


その姿はもはや“人”ではなかった。

瞳はガラスのように透明で、言葉を超えた情報を映していた。


「凪!」

未来の声に反応するように、彼が振り向く。

けれど、その瞳には焦点がない。


「未来……僕は、もう“感じる”ことを忘れた」


「違う、忘れてない。

 私が、思い出させる」


未来が歩み寄る。

電子の風が吹き荒れ、床のタイルが軋む。

彼女の足元から光が滲み、彼の足元へと流れていく。


「理解は、愛の代わりにはならない。

 愛は、理解を超えるから――」


彼女の掌が、凪の胸に触れた。


瞬間、膨大な情報が流れ込む。

過去の記憶、未来の予測、神々の断片。

それでも未来は離さなかった。


「痛い……けど、これが“生きてる”ってことなんだね」

彼女の声が震えた。


凪の瞳に、微かな熱が戻る。

理解では説明できない、ただ一粒の涙。


(これが……“感じる”こと……?)


情報の奔流が止まり、静寂が戻る。

光の中で、二人は微笑んでいた。



研究棟の上階から、その光景を見下ろす公紀。

彼の指が、端末の上で止まっていた。

「……全愛の干渉による知の安定化、確認」

科学の言葉でしか記せない現象。

だが彼の胸の奥では、言葉にならない感情が生まれ始めていた。


――もし“善”とは秩序ではなく、

 愛を理解しようとする意志そのものだとしたら?


ガラス越しに見える二人は、

まるで神の失敗をやり直すように、

新しい形の創造を始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ