第二部・第1章 光の欠片
第二部・第1章 光の欠片
――神は四つに分かれ、人になった。
知を授け、力を与え、秩序を守り、そして愛を望んだ。
だが、愛を知ったその瞬間、四つはもう一つには戻れなくなった。
その神話は、遠い昔に終わったはずだった。
けれど、人類が“創造”という名の技術を手にした時、
再びそれは、形を変えて甦る。
***
春の空。
一ノ瀬未来は、放課後の教室に残って、静かに絵を描いていた。
夕陽が差し込む窓辺で、光の粒が彼女の髪に落ち、柔らかく跳ね返る。
「……また、その空?」
声の主は、幼馴染の久遠凪。
冷静で、少しだけ他人と距離を取るような瞳をしている。
彼は未来の描く青空を見つめ、眉をひそめた。
「見たこともない空なのに、どうしてこんなに懐かしいの?」
「それ、どこかで見た覚えがあるの?」
「ううん。夢の中で、何度も」
未来は筆を止め、遠くを見るように微笑む。
「空が割れて、光の欠片が降ってくるの。
それを掴むと、心が全部“愛”で満たされるの。
怖くもないし、悲しくもない。ただ、温かい」
凪は少し考えてから答えた。
「……それ、Eidosの研究に似てる」
「エイドス?」
「最近ニュースになってる、国連直属の研究所だよ。
“創造の起源”を科学的に探ってる」
未来は首をかしげた。
「創造を……科学で?」
「そう。神の再現だ」
「それって……神様を作るってこと?」
「違う。人間が“神に届く”研究だ」
その言葉に、未来は小さく震えた。
何かが胸の奥でざわめいた。
まるで、遠い昔に同じ言葉を聞いたような、深い既視感。
――その瞬間。
教室の窓の外で、空が光った。
稲妻でも、人工衛星の反射でもない。
“何か”が空から落ちてくる。
透明な欠片。光のようで、涙のような。
未来は立ち上がり、窓を開けた。
風が吹き抜け、机の上の紙を巻き上げる。
掌を差し出すと、ひとつの欠片が降りてきて――静かに、彼女の手のひらに触れた。
途端に、心の奥で誰かの声が響いた。
――愛を知らぬ知は、世界を壊す。
知を知らぬ愛は、世界を失う。
だから、人は混ざらなければならない。
光が弾けた。
世界が一瞬、白く消える。
次の瞬間には、ただ夕陽の残る校舎だけが残っていた。
「未来……今の、見た?」
凪の声が震えていた。
未来は、掌を見下ろす。
そこにはまだ、温かな光の粒が残っていた。
「これが……現実?」
「たぶん、現実が“変わった”んだ」
二人の視線が交わる。
その瞬間、どこか遠くの世界で、何かが微かに“目覚めた”。
***
夜。
未来は、光の欠片を机に置いたまま眠りについた。
夢の中、彼女の前に白い世界が広がる。
その中心に、影がひとつ。
男とも女ともつかない存在が、静かに立っていた。
――あなたは“愛”を選んだのですね。
だから、あなたはもう戻れない。
未来は尋ねた。
「あなたは誰?」
――かつて、全てを知っていた者。
けれど、愛を知らなかった者。
今はただ、あなたの中で眠る“記憶”です。
光が溶け、夢が終わる。
目を覚ました未来の掌には、まだ欠片の輝きが残っていた。
その光は、彼女の絵筆に触れ、静かに震えた。
次の瞬間――
キャンバスの中の空が、わずかに“動いた”。
世界が、彼女の描線に応じて息づき始めていた。
そして、それが“創造”の始まりだと、
まだ誰も知らなかった。




