『再誕編 ― 第5話 虚無 ― 忘れられた第五の意志 ―』
『再誕編 ― 第5話 虚無 ― 忘れられた第五の意志 ―』
虚無とは、光の裏側に残された神の涙。
それは否定ではなく、愛の終焉から生まれた影。
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一 目覚める闇
夜空が裂けた。
四つの光の交差点から、黒い輪が滲み出る。
それは闇ではなかった。
ただ、何も存在しないという“存在”そのもの。
一ノ瀬遥は声を失う。
久遠ミサトの筆先が震え、真田公紀の秤が揺らぐ。
天音ソラの花弁がしおれ、光がかすむ。
やがて、闇の中心から“声”が生まれた。
「ようやく……思い出してくれたね。」
姿を現したのは、人の形をした“空白”。
その輪郭は揺れ、透け、
まるで“世界そのものが見ようと拒んでいる”ようだった。
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二 忘却の神
「私は虚無。
かつて、あなたたちと共にあった第五の意志。」
遥がかすれた声で問う。
「虚無……? お前は、何を司る?」
虚無は微笑んだ。
「私は“記録されないこと”を司る。
すべての記憶と歴史の間にある、沈黙の頁だ。」
「全知が記すなら、私は消す。
全能が創るなら、私は壊す。
全善が選ぶなら、私は拒む。
全愛が抱くなら、私は離す。」
ミサトが一歩、踏み出した。
「……あなたは、敵なの?」
虚無は首を横に振った。
「違う。私はあなたたちの“影”。
完全を保つために、欠けねばならなかった存在。」
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三 失われた記憶
四人の脳裏に映像が流れ込む。
それは、神々の分裂前夜。
光の王座に五つの存在が座していた。
全知、全能、全善、全愛、そして――虚無。
虚無は静かに言った。
「この世界は、完璧すぎる。
だから、息ができない。」
全愛が涙を流した。
「でも、あなたがいなくなれば、私たちは欠けてしまう。」
虚無は微笑んだ。
「それでいい。
欠けることで、あなたたちは“願う”ことを学ぶ。」
そして、自らの存在を消し去った。
その瞬間、世界は“動き出す”ことを覚えた。
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四 再会
現在。
虚無は静かに彼らの前に立つ。
「長い間、君たちは私のいない世界で学んだ。
知は孤独を、力は限界を、善は痛みを、愛は別れを知った。
――それで十分だ。」
ソラが涙を拭いながら言う。
「でも、あなたがいなければ、また同じことを繰り返す。」
「だから、戻ってきて。」
虚無はその言葉に目を閉じた。
しばらく沈黙が続く。
そして、静かに告げた。
「戻れば、世界は終わる。
私が存在するということは、“完全な無”が再び訪れるということだ。」
遥が問う。
「じゃあ、どうすればいい?」
虚無は、ほんのわずか微笑んだ。
「答えはもう、君たちが知っている。」
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五 選択
風が止む。
時間が再び揺らぎ始める。
四人の頭上に、それぞれの光が浮かぶ。
知、力、善、愛――そして虚無。
五つの光が互いを引き寄せる。
ミサトが呟く。
「また、分かたなければならないの?」
公紀が首を振る。
「いや、今度は――共に在るために。」
ソラが両手を広げる。
「虚無も、愛の中に生きていい。」
その瞬間、虚無の輪郭が柔らかく光に溶けた。
「ありがとう。」
声が風となり、世界中に散る。
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六 新たな創造
夜空に、金と黒の双つの環が重なった。
完全と不完全、光と闇、存在と虚無。
それらが溶け合い、新たな“法”が生まれる。
「創造とは、消滅と共にある。
愛とは、手放す勇気のこと。」
遥は空を見上げて微笑んだ。
「これが、始まりなんだな。」
ミサトが頷く。
「終わりの、その先の始まり。」
公紀が天秤を下ろす。
ソラの花が再び咲く。
そして、虚無の声が風に混じって囁いた。
「私はもう、“消える”ではなく、“在る”ことを選ぼう。」
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終章 記録の外へ
翌朝。
誰もが夢を見た。
見知らぬ誰かの涙が、世界を優しく洗う夢。
そして、人々は気づかぬままに“少しだけ優しく”なっていた。
それが、虚無が選んだ――最後の奇跡。
四つの意思と、ひとつの虚無。
世界は、完全を越えて「生きる」ことを選んだ。




