「再誕前夜」編
これは「四つの意思(全知・全能・全善・全愛)」が分かたれたまま現代に息づき、
互いを知らずに惹かれ合い、やがて“再び出会おうとする”
静かな神話の夜明け前の物語です。
『再誕前夜 ― 四つの意思、再び目覚める ―』
この世界のどこかに、まだ眠っている。
神の欠片たちは、互いを忘れてなお、惹かれ合う。
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第一章 記憶の灯
その夜、ひとりの哲学者が夢を見た。
終わりのない書物の中で、
彼は何かを思い出しそうで、思い出せない。
「世界を知り尽くしたはずの誰かが、
最後の一行だけ、書けずにいた――。」
彼の中で、全知が微かに息づいていた。
だが、彼自身はそれを“直感”と呼んでいた。
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第二章 創造者の手
遠く離れた街で、
夜通し絵を描くひとりの画家がいた。
何度描いても完成しない。
キャンバスは彼女の手を拒む。
けれど彼女は、描くことをやめなかった。
「完成してしまえば、何かが終わる気がするの。」
その筆先には、全能の残滓が宿っていた。
創造し続けること――それ自体が彼女の祈りだった。
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第三章 正義の沈黙
どこかの裁判所で、
ひとりの判事が判決文を前に沈黙していた。
「善とは、誰のためにあるのか。」
その問いに答えられず、
彼はただ、胸の痛みに手を当てた。
その痛みこそが、全善の証だった。
彼はまだ知らない。
迷うことこそ、神が与えた自由なのだと。
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第四章 涙の理由
そして、どこかの路地裏で。
名もなき女性が、見知らぬ子を抱きしめていた。
寒さに震えるその小さな背に、
自分の上着をそっとかけて。
誰に頼まれたわけでもなく、
誰に見られることもなく。
その瞬間、彼女の中で全愛が微笑んだ。
愛とは、見返りのない痛み。
けれどその痛みが、世界を繋いでいる。
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第五章 四つの灯、再び
そしてある夜。
風が止まり、時が一瞬だけ息を潜めた。
哲学者の書が風にめくられ、
画家の絵筆が宙を走り、
判事の胸の鼓動が一拍遅れ、
母の涙がひとしずく落ちた。
――その瞬間、
四つの光が、
同じ空の下で、わずかに共鳴した。
「まだ終わっていない。」
「まだ、始まってもいない。」
全知が微笑んだ。
全能が拳を握った。
全善が目を伏せた。
全愛が空を見上げた。
そして、誰にも聞こえぬ声が、世界を包んだ。
「再誕の時、近し。」
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終章 静寂の胎動
世界はまだ眠っている。
だが、その眠りは浅い。
風のざわめきに、
子どもの笑い声に、
誰かの祈りの残響に、
四つの意思は少しずつ目覚めている。
「次に出会うとき、
我らはもう“神”ではないだろう。」
「我らは人として、再び歩む。」
やがて来る“再誕”は、
天からではなく、地から始まる。
――この世界のどこかで、
四つの欠片が再び交わる日を夢見ながら。
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神は眠った。だが、息づいている。
それが、現在という名の“創造の続き”だ。




