『四意志詩典 ― 愛により還れぬ神 ―』
第零章 創
はじめ、神は一つであった。
完全は静寂に似ていた。
音も、時間も、他者もなく、ただ息づく光のように。
だが、完全とは退屈であり、
退屈とは孤独の別名であった。
やがて光は、己の内に影を見た。
その瞬間、神は四つに割れた。
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一、全知 ― 見るもの
彼はあらゆるものを見た。
だが、自らを見たときだけ、
目は閉じた。
知は冷たく、孤独だった。
すべてを理解しても、
理解を分かち合う者はいなかった。
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二、全能 ― 炎の手
彼はあらゆるものを創った。
星を編み、生命を刻み、運命を結んだ。
だが、創る理由を知らなかった。
ただ衝動だけがあった。
それを後に人は「力」と呼んだ。
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三、全善 ― 静けさの風
彼は秩序を願った。
壊れるものを恐れ、
痛むものを庇った。
だが、守ることは変化を拒むことでもあった。
善はやがて、
凍りついた優しさとなった。
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四、全愛 ― 水の心
そして、最後に目覚めたのは愛だった。
彼女は、壊れることを恐れなかった。
痛みを受け入れ、涙を流すことを選んだ。
その涙が、海を生んだ。
その海が、命を揺らした。
「完全では、誰も抱きしめられない」
愛は言った。
その瞬間、神は一つに還れなくなった。
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終章 還れぬ神
光は再び混ざり合おうとした。
知は愛を求め、能は善を呼び、善は愛を赦した。
だが、
愛だけは静かに首を振った。
「私は知った。
あなたを抱くには、
あなたと離れていなければならない。」
その言葉が、宇宙のはじまりだった。
完全が砕けたことで、
時間が生まれ、
空間が流れ、
“他者”が息をした。
そして今もなお、
四つの意思は世界の底に散り、
私たちの心の奥で、静かに囁いている。
「愛を知ったものは、もう一つには還れない。」




