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7 八葉村の陽也

 村に着いたのは日が落ちてからだった。駆けつけた雷太と千寿に由羅を引き渡すと、桜は力尽きて崩れ落ちた。

「由羅を早く…」

 ハッキリ音になったかどうかわからない桜の言葉を拾って、雷太が苛立ったように桜を横抱きに抱えた。

「由羅は村の人と千寿が運ぶ」

 桜の意識は朦朧とし、事情を説明する力は残っていなかった。

「襲われた…」

 桜の呟きに雷太は、

「しゃべるな、わかってる。よく…」

 最後の方は声が震えて小さくなっていたが、良くやったと言ったようだった。

(聞き違い…?)

 初めて雷太に認められた事に泣きそうな気持ちになりながら、桜の意識は遠のいた。

 ◆◇◆

 時々強烈な痛みが走り、僅かに覚醒する。しかし、体は鉛のようで、指一本まともに動かすことが出来ない。限界を超えた体は覚醒する事を拒否して、再び意識は深く沈みかける。

(起きないと…)

『夜営に慣れてない割に、よく眠るな』

 由羅の静かな声が聞こえる。そうだ、自分が寝坊したから…、もっと早起きして千寿たちと出発してたらこんな事にはならなかった。

「うっ…」

 再び手に激痛が走り、思わず呻き声が漏れた。

(手が痛い。狼にやられた傷が…)

 いや、違う。怪我をしたのは由羅だ。腕から大量の血を流して…、平気そうな顔をしてたけど、きっとかなりの深手だった。化膿して、熱が出て、弱っているところに利英の毒を食らった。この世界に治療薬があるのだろうか。もし助ける方法がなければ、自分のせいで由羅が…

「ううっ…」

 呻き声とともに、涙が流れた。

「かわいそうに」

 耳元で声が聞こえた気がした。どこかで聞いた事のある、少し幼い声だ。暖かい手が頬を伝う涙を拭ってくれた。

(だ…れ?)

 聞いたつもりだったが、掠れて声にはならなかった。

「由羅は必ず助けるよ。必ず。だから今はゆっくり休んで」

(わたしの、せい…で…)

「ずっと見てたから知ってるよ。桜は凄く頑張ってる。桜のお陰で、由羅は助かるよ」

 優しい、子供のような声だった。優しくて、温かい。

「眠って」

 静かな声が耳元で響くと、痛みは和らぎ、意識は再び沈み始めた。今度は、目が覚める事はなかった。

◆◇◆

 ボンヤリと目を開けると、桜の目に知らない天井が映った。こんな目の覚め方何回目かな、と何気なく腕を持ち上げようとした時、指先から電流が走った。あまりの痛みに、一気に意識が覚醒した。

「〜〜〜っ!」

 反射的に体を起こそうとすると、今度は全身に電気が走り、息が詰まった。どこを動かしても痛い。それも、息が出来ないくらいの激痛だ。

「う、ぐぐう…」

 痛みの波が去ると、桜はゆっくりと深く呼吸した。大きな波は去ったが、ズクンズクンと痛みが脈打つ。

(どこがどうなってるの)

 痛いと言う事は、一応腕は繋がってるのだろう。足も痛い。背中も。体のパーツは揃っていそうだ。だが一ミリも動かせない。由羅の様子が気になったが、誰かを呼ぼうにも、喉がカラカラで声が出なかった。

 右目の端にはお盆に乗せた湯呑みが見えていたが、とにかく腕を動かさなければどうにもならなかった。

(やるしかない)

 どうしても、水が飲みたかった。

 ぐっと歯を食いしばると、横目で確認しながら腕を床に這わせるようにそろりそろりと伸ばした。指先がお盆に触れたので、縁を掴んで引き寄せようとした。が、サラシで覆われている指を曲げようとすると激痛が走る。

 指を曲げるのは不可能なようだ。しばし逡巡した後、今度はお盆に手のひらごと乗せると、縁に手首を引っ掛けてソロソロと引き寄せた。布団の側までお盆を寄せると、動かせる僅かな筋肉を使って、体ごと布団の端に顔を待っていった。横髪がハラリと顔に落ちる。

 湯呑みを傾ければ口に届きそうだ。失敗すれば顔が濡れるだろうが、そんな事気にしてはいられない。

 どうしても、水が飲みたいのだ。

 指が曲がらないままの手のひらで湯呑みを包むようにそっと後ろから押して傾ける。

(いける)

 思った瞬間、

「さくら!」

 バタンと勢いよく襖が開いた。ビクッとした衝撃で湯呑みはひっくり返った。喧しく足音を立てて入ってきた人物の顔を目視する事は出来なかったが、誰かはわかっている。

「おまえ、何やってるんだよ」

 布団と自分の顔を濡らした桜を見て、雷太が呆れたように言った。

 凶暴な気持ちが湧き上がる。言いたい事はたくさんあったが、とりあえず今桜はどうしても、

「み…ず…」

 水が飲みたかったのだ。

 顔にかかった髪の隙間から恨めしそうに雷太を睨みつけて、なんとか声を絞り出した。

 ◆◇◆ 

「ゆっくり飲んでね」

 そばに跪いた女性が桜の背を支えながら、湯呑みを口にあてがってくれた。少しずつ舌の上に注がれた湯冷しは、むせる事なく喉を通って胃におさまった。こんなに湯冷しが美味しいと感じたのは初めてだった。湯呑み一杯の湯冷しを飲み干すと、女性はおかわり持ってきますね、と優しく言って盆を持って出ていった。

「由羅は…」

 掠れていたがなんとか声を出せた。

「大丈夫だ。昨日より少し熱は下がった。朝重湯を食べて、今は眠っている」

 桜はホッとして涙が溢れた。

「良かった…」

 強張りが取れて少し動くようになった腕を持ち上げ、手の甲で涙を拭った。

「それで…」

 顔を上げて雷太に向き直ってギョッとした。腕を組み、難しい顔をした雷太の少し後ろに、誰かが座っていた。全体的に色素が薄い、儚い雰囲気の少年だった。ほとんど白に近い薄茶色の髪にやはり薄茶色の瞳が憂いをたたえてこちらを見ていた。肌は、一度も日を浴びた事がないかのように、透き通るような白さだ。

 本当に透き通っているのではないかと思い、もう一度目を擦ってそちらを見やる。やはりいる。

「では昨日何があったか聞かせてもら…」

「雷太!」

 突然白い少年がピシャリと割って入り、桜だけでなく雷太までがビクッとした。どうやら桜だけに見えているわけではないようだ。

「何言ってるの!まだ熱があるんだよ。ようやく白湯が飲める状態で喋らせるなんて酷すぎる!休ませてあげて!」

 言って桜に近づくと、背を支えて桜が再び布団に横になるのを手伝ってくれた。正直体を起こしているのが辛かったので、とてもありがたかった。

「いやしかし、事情を聞かないわけには…」

「そんなの後!大体寝衣姿の女性の寝所に堂々と居座るなんて、雷太ってとんでもないよ」

(おおおっ)

 手は動かないが、拍手を送りたかった。儚げに見えた少年は、しかし一度口を開けば雷太をも圧倒する迫力だった。

「これが女性って…」

 何か呟きながらすごすごと部屋を去る雷太の背を見て、爽快な気分だった。

「雷太相手に凄いねー。見た目は天使みたいなのに、凄い迫力」

 桜が尊敬の眼差しを向けると、少年は微笑み返してくれた。

「僕は陽也(ひなり)。桜の事は千寿から色々と聞いたよ。雷太と旅するなんて、女の子には大変だよね」

 労わるような視線を向ける優しい目を、桜は吸い寄せられるように見つめた。不思議と惹きつけられる瞳だった。

「そんなに見つめられると穴が空いちゃうよ」

 はにかむような陽也の言葉に桜はハッと我に返った。

「ごめん、あんまりにも綺麗な目だったから。そうなの、雷太と一緒にいるの、言葉に出来ないくらい大変だった。わかってくれる人がいて嬉しいよ」

 つられて桜も笑顔になった。この世界に来て毎日絶叫マシーンのようだったが、初めてゆったりとした時間が流れた気がした。

 先程の女性がお盆に乗せた湯呑みを持ってきてくれた。陽也が気遣わしげに桜に聞いた。

「もうちょっと飲む?体起こそうか?」

「大丈夫、置いてて貰ったら、今度は自分で飲めると思う」

 さっきも自分で飲めてたはずなのにと、凶暴な気持ちが蘇ったが、優しく顔を覗き込む天使に、心が浄化される気分だった。

「もう少し、休んだ方がいいよ。手と足はかなり酷い怪我だし、安静にした方がいい。由羅はもう大丈夫だから、安心して眠って」

 静かに話す陽也の声に合わせるように、桜はウトウトとしてきた。意識が薄れる中で、こちらの世界に転がり落ちた時の光景がボンヤリと頭に浮かぶ。あの時、子供の声が聞こえた。

「眠って、起きたらまた色々話そうね」

「ねぇ陽也…私がこの、世界に…」

 話そうとしたが、急激な眠気に襲われ、口にしようとした言葉を忘れてしまった。意識が朦朧とする。

「ゆっくり休んで」

 遠くで声が聞こえた気がして、桜はまた深い眠りに落ちた。

◆◇◆

 広葉樹が生い茂る鬱蒼とした山道を、陽也は慣れた様子で分け入って行く。まだ日は高いようだが、光が遮られ辺りは薄暗い。陽也のシルエットはわかるが、表情までは見えない。見ているだけで、何故だか胸がざわついた。

(陽也、どこにいくの?)

 陽也には聞こえなかったようだ。自分でも、ちゃんと声になったかどうか良くわからなかった。

 暫く進むと、明るい場所に出て視界が開けた。陽也が立ち止まった先は崖だった。

(陽也、危ないよ!)

 陽也は落ち着いた様子なのに、不安でドキドキする。

 ふと陽也が顔を上げた。泣いているようだ。桜は胸が締め付けられる思いだった。

 何か声をかけようと前に出た瞬間、桜は悲鳴を上げそうになる。陽也の背後に、腕のシルエットが見えた。細い腕が陽也に向かって少しずつ伸びて、今にも陽也を崖へと押しやりそうだった。

 その手首の飾りがキラリと光った。

(陽也!!)

「…ら、さくら!」

 ハッと目覚めると、桜を心配そうに覗き込む陽也の顔が目の前にあった。

「さくら、大丈夫?」

 こめかみのあたりを、ツウっと汗が伝った。

「陽也…、良かった無事で…」

 陽也が怪訝そうな顔をする。

「僕はもちろん無事だよ。桜の方が大丈夫?夢を見たの?うなされてたよ」

 桜は夢の内容を話そうとしたが、思いなおして首を振った。

「よく…覚えてない。大丈夫」

 そう言って起きあがろうとすると、先程より随分痛みが減った気がした。よく休んだからだろうか。

「随分寝てたね。一日熟睡だったよ」

「えっ…」

「全く起きずに、ずうっと」

 眠りについた時と同じくらいの明るさに見えたので、てっきり大して時間が経っていないかと思っていた。

 次の日の朝になっていたのだ。どうりで、随分と痛みがマシになったわけだ。

 急激に喉の渇きを覚えて湯呑みに手を伸ばすが、指先の感覚が無くて、上手く掴む事が出来なかった。その様子を見て、陽也が湯呑みを持ち上げると、口元に寄せてくれた。

「手と足の傷に痛みを抑える薬を塗ってあるから、そのせいで麻痺してるんだよ。塗るのをやめたら感覚は戻るけど、まだ痛みが酷いだろうから、塗っておいた方がいい」

 陽也の言葉を聞きながら、サラシが巻かれた手を見つめた。その下がどうなっているのか、想像すると怖い。

「手綱を掴み続けたせいで、皮がめくれて酷い事になってたよ。足は鞍で擦れて、特に太腿は本当に酷かった」

 朦朧とした中で時折感じた激痛はそのせいだったのか。

「そんなになっても由羅を連れてきてくれて、本当に良く頑張ったね」

 優しい陽也の言葉が胸に沁みた。傷はいずれ治るが、死んだら元には戻らない。由羅は間に合ったのだ。

 不意に廊下をドスドスと品なく歩く音が聞こえた。

「雷太だ」

 二人同時に発した直後、乱暴に襖が開けられた。

「雷太!開ける前に声かけて!」

 当たり前のように部屋に足を踏み入れようとしていた雷太は、陽也の剣幕に一瞬たじろいだ。指が動くなら、親指を立てていいねしたいところだ。

「入るぞ」

 入ってから行っても意味はない。

「由羅の熱が下がった。今から詳しく話を聞くところだ。お前も来るか?」

 憮然と雷太が言った。もう話が出来る状態なのか。

「行く」

 桜は即答した。

「だったら支度して由羅の部屋に来てくれ。一緒に聞いた方が話が早い」

 桜は慌て立ち上がろうとしたが、陽也に制された。

「待って。待って。一人じゃ無理だから、僕が支えて連れてくよ。その前に、服とか、髪とか。女の子だから、ね」

 言われて自分のはだけた服を眺め、ボサボサの髪に触れた。改めて、こんな状態の寝所に平気で乗り込む雷太の無神経さを痛恨した。

 ◆◇◆

 体を拭いてもらい、服を着替え、軽く朝ごはんを食べると思った以上に時間がかかった。早く由羅に会いたいと気持ちが逸る。

 一歩一歩支えられながら歩く桜は、遅々としてなかなか目的の部屋に辿りつかない事に、焦りを覚えた。

「あの突き当たりの部屋だよ。焦らないで」

 言われても、気持ちは前へ前へと逸る。一刻も早く由羅の無事を確認したい。対して足は全く思い通りに動かない。前のめり過ぎて、つまづいた。

(こける!)

 支えてくれている陽也を巻き込むわけにもいかず、体を離す。陽也が咄嗟に手を伸ばしたが、桜の体は手をすり抜けて、そのまま障子にぶち当たった。障子は思いのほか簡単に外れて、桜の体は支えを失ってフワリと前へ傾いだ。この世界に飛び込んだ時のようだ。

(あれ、デジャヴ)

 思っている間に、何かにぶつかる衝撃を感じ、桜の体と障子は三十度ほど傾いたところで止まった。目を上げると、布団に上体を起こしてこちらを見ている由羅と目が合った。少し痩せた感じだが、血色が戻って、生命力を感じた。

「生きてる…」

 震える声で呟いた桜の下で、獣のような唸り声が聞こえた。畳と障子にサンドされた雷太だ。

「お〜ま〜え〜!」

 障子の下から這い出した雷太から、桜は人生初のゲンコツを食らった。 

 ◆◇◆

「お前は怪我人なんだから無茶するんじゃねぇ!」

 桜は頭をさすりながら項垂れる。怪我人にゲンコツもどうかと思うが。雷太は顔を真っ赤にしてまだ何か言おうとしたが、

「そろそろいいかね」

 静かな声が割って入った。見慣れない、歳の頃は四十くらいの男性が座っていた。髭を蓄えた精悍な面立ちで、声にも佇まいにも威厳が感じられた。

 桜と雷太は慌てて居住まいを正した。足を負傷して直に座れない桜の為に椅子が用意されていたので、桜は足を伸ばして座った。桜の体を陽也が支えてくれている。

 あれは誰、と思って陽也を見ると、

「僕の父で、この村の長だよ」

 陽也が教えてくれた。

「この度は、大変な目に遭ったようで、お見舞い申し上げる。体の方が大丈夫なら、今回の件に関して詳しく聞かせて欲しい」

「は、はい。もう大丈夫です」

 慇懃な物言いにたじろぎながら何とか答えたが、何故この場に陽也父がいるかわからなかった。

「えっと…」

 戸惑いながら由羅を見ると、軽く頷いてから説明してくれた。

「この村と俺たちは数年前からの縁がある。桜が見たあの隠村、兵士村の維持には、夏陽(かよう)殿も深く関わっている。俺がやられた後、何があったか教えて欲しい」

 由羅、陽也、陽也のお父さんの夏陽さん、そして気配を絶って端の方にいた千寿に向かって、桜は夢で見た事も含めて話し始めた。

 ◆◇◆

 全て話し終えるのにかなりの時間を要した。ふうっと息を吐くと、軽く目眩がした。

「大丈夫?」

 心配そうに覗き込む陽也に、桜は軽く微笑んでみせた。押し黙ったままの雷太、由羅、そして夏陽。みんな、難しい顔をして何事かを考えていた。しばしの重い沈黙の後、陽也が静かに言った。

秋斎(しゅうさい)様じゃないかな…」

「知っている人なの?」

 桜は驚いて陽也を見た。

「三年程前に、戴狛(たいびゃく)の礼を執り行った方だよ。その時は第七王子だった」

「王子だと⁈」

 王子と庶民との距離感にピンとこなかったが、雷太が声を上げたので、やはり直接対面するなどあまりない事なのだろうか。青斎は、自分が思ってる王子様像とは随分かけ離れている。

「王族の人だったけど、僕たちにも丁寧に接してくれて、無礼な物言いは一切無かった。きちんと礼に則って、儀式をこなしてくれたよ。偉そうなだけの名ばかりの貴族が多い中で、真に儀式を尊重してくれた人だった」

 貴族に思うところがあるような口調だった。

「そんな御仁があんな場所にいるなど信じがたいな。なぜ秋斎様だと思うんだ」

 珍しく、千寿が発言した。確かに、覆面だったため顔形の特徴はほとんど話せていない。

「桜と由羅から聞いた容姿の特徴と、あとは連れていた護衛。三年前もその二人だったと思う。騒がしい方をもう一方が諫めた時、『玄児』と呼んでいたと思う」

 桜にはその光景が目に浮かぶようだった。

「第七皇子だったら、護衛二人つけただけでふらふらするわけねーだろ」

「一ヶ月ほど前に、臣籍降下されているから。形式上は王族からの除籍だけど、実際は王都追放のような扱いだったんじゃないかな。だからこんなところをウロウロしているのがバレるわけにはいかなかった」

「そんな危険を犯して兵士村の誰かを探しに来たって?それで兵士村の関係者だと決めつけて由羅を襲ったのか?」

「…唯の護衛にしては、由羅は強すぎるから…。それに実際兵士村の関係者だから、それを見抜いてたんじゃないかな」

 沈黙が降りた。各々、難しい顔で思索に耽る様子だった。

 あの寂れた村の事はあれ以降何も聞いていないので、あの場所がどういった役割を果たしていたのか、桜はみんなが何を気にしているのか良くわからなかった。

 桜は一人一人の顔を見ていると、由羅の顔色が悪いことに気づいた。もう休んで貰った方がいいのではないか。

「…どう思われる」

 夏陽が何事か発言したようで皆が桜に注目した。

「えと…、」

 授業中、順番的に自分じゃ無かったのに当てられた時の気分だ。いや、授業中より神妙な場面で、より気まずい気持ちになった。

 そもそも桜はタイビャクやらシンセキコウカなどの辺りからついていけてないのだ。桜の意見などなんの役にも立たない。雷太など発言する前から侮蔑も露な顔で見てくる。まだ何も言っていないのに。

「えっと、聞いて無かったので、もう一度お願いします」

「みんなが真面目に話しているのになんだその態度は!」

 鬼の形相の雷太に、何も反論出来ない。そんな事より、由羅の具合の方が気になった。

「桜殿に、成都に来るよう言った件は、どう思われる」

(成都の青斎を訪ねてこい)

 もう一度その場面を思い出してみたが、特に引っかかるものはなかった。

「…よく、わかりません。単に首飾りを返して欲しければ訪ねて来いというだけで、大した意味があったようには思わないです。そんな事より…」

 桜はせっかく発言権が回ってきたので由羅の体調が悪そうなことを話そうとしたが、

「そんな事?」

 雷太にガッと頭を掴まれて、言葉を飲み込んだ。そろりと雷太の顔を見上げると、桜の頭を握り潰さんほどの怒気を放っていた。

「雷太!」

 慌てて陽也が手を引き剥がしてくれた。

「何やってるの、雷太!」

 雷太に厳しい視線を送ると、桜の頭を撫でながら微笑んでくれた。

「何か言いたいことがあったんだよね?」

 陽也の優しさに涙がでそうになる。

「あのね、そろそろ一旦休憩入れた方がいいと思って。由羅が…」

 グウウウっと、大きな音が桜の発言を遮った。桜の腹から聞こえた気がした。

 沈黙が降りる。

 みな、まるで何事も無かったように表情ひとつ動かさない。

「そろそろ昼餉の時刻じゃないか」

 夏陽がさり気なく言うと、陽也が立ち上がり、

「僕朝餉も摂ってないからお腹ペコペコだよ。準備お願いしてくるね。ふっ」

 最後は口元を押さえながら部屋を出て行った。

「このまま話しても新しい事は出て来ないな。何か気づいた事があれば教えてくれ。兵士村の者達の件は我々も少し調べてみよう。何か情報があればこちらも伝えるようにする」

 夏陽が立ち上がって、見事に何事もなかった様子で部屋を出た。

「桜のお陰で休めるよ。気遣ってくれてありがとう。ゆっくり昼餉を食べてくれ」

 由羅が布団に入ってこちらに背を向けた。肩が震えている。

「…」

 千寿は無言で出て行った。雷太を見上げると、侮蔑の色に憐れみも含んだ器用な表情で桜を見つめていた。

「違うの、私は由羅が心配で!」

 桜は半泣きになりながら、顔を真っ赤にして雷太に向かって叫んだ。


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