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二つの世界を守る星  作者: maco
第二章 宣戦布告
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13 開戦の狼煙

 会場近くに着くと、警備の采配を振る隊長と出会った。

 隊長は桜達を見つけて目を見張る。

「おお、どこからどう見ても貴族のお嬢さんだな」

「隊長、いいところに!この人形をちょっと預かって貰えませんか」

 桜がグリグリと押し当てた人形を、団長は断固として受け取ろうとしない。

「俺は仕事中だ。何でこんな所にそんなもん持ってきてるんだ」

 隊長の理不尽過ぎる言葉にショックを受ける。

「だって柳楽さんが持っていけって……」

「ああ、小さい頃は蘭にもやらせてたな。桜に商機が見えたんだろう。稼いで来いって、悪い顔してただろう」

「悪い顔もしてたけど、ちょっと覇気がない感じでした。やたら私の事を心配してたし……。隊長、もしかして柳楽さんは今日……」

 隊長が頷き、声を顰める。

「恐らく今日、集会が開かれる」

「隊長がここにいるのに、大丈夫なんですか?」

「大勢の意識が舞台に向くから、集会から目を逸らすことができる。ただ俺たち警備もこちらに駆り出されるから街の方が手薄になる。良し悪しだな」

「じゃあ私舞台なんて見に行ってる場合じゃ……」

「桜、俺の優秀な部下が朱源郷の見張りにあたってる。それに……例の件について、柳楽には俺から少し話してある」

 桜は驚いて隊長の顔を見上げた。

「例の件って、夢の事も?」

「もちろんお前の夢の話はしていないし、お前の関与も気取らせていない。俺が集めた情報から気づいた事を話して、琢磨に気をつけろと警告した」

「いつ……、柳楽さんは、なんて?」

「お前に会った日だ。あいつは一言、そうですか、って。……俺たちは手を尽くした。あとは柳楽次第だ。お前は何も気にせず楽しんで来い」

 桜には柳楽の胸中は想像もつかない。琢磨と隊長どちらを信用するか、天秤にかければいいという問題ではない。

 しかし柳楽自身が琢磨を警戒してくれれば、惨劇を防げる可能性は高まるだろう。

 桜は肩の荷が降りた気分だった。

(隊長の部下の人が見張っていて柳楽さん自身も警戒しているなら、今日のところは大丈夫そうだな)

 後に、桜はこの能天気な自分の考えを大いに後悔する事になる。

 ◆◇◆

「あら、あなた。そのこけしの衣装、柳屋さんのものじゃない?図案はどなたのかしら?」

 会場に入るや否や、明らかに高級な着物のマダムに声をかけられた。

 —柳屋を宣伝してきてください。店員の勤めですよ—

 柳楽の言葉を思い出し、桜は仕事モードを発動した。

「着物は柳屋のものです(たぶん)。私はものを知らず大変お恥ずかしいのですが、図案の考案者は把握しておりません」

 マダムとの会話を終え数歩進むと、足首まである着物をはためかせた壮年の紳士に声をかけられた。

「そのこけし、そこまで本人に似せて作るとは、大したものだ。わたしも子供用に一つ頼みたいんだが、どこで注文したのだ?」

「(似せて作ってないけど)素晴らしいこけしですよね。着物は柳屋の物です。私では分かりかねますので、柳屋で尋ねて頂けますか?」

 実際に手配するのは柳楽の仕事なので、柳屋を訪ねるように伝えた。

 やはり人形を持っていると目立つのか、次々に声をかけられる。

 かなり仕立てのいい着物を羽織った小さなお爺さんが、ほろ酔いでニコニコしながら絡んでくる。

「可愛いこけしじゃ。着せ替えでもして遊ぼうかの」

「はい、着物は柳屋のもの……、え、なんて?」

 途中酔っ払いに絡まれたりしたが、後は笑顔を貼り付けて、柳楽に習った言い回しを駆使して乗り切った。

 そんな必死な桜を見て、由羅は隣で面白がっているようだった。対応を間違えれば由羅だって大変なことになるというのに。

「由羅ってそういうところあるよね」

 膨れっ面で由羅を睨む。

「どういうところだ?」

「そんな場合じゃないのに、面白がって黙って見てる」

「ちゃんとしてたから、口出す必要なかったんだよ」

 そう言って、口元に手をやる。

「酔っ払い相手にも頑張ってたしな」

 笑いを堪えているのがわかる。

「由羅は出会った頃とは別人みたいに良く笑うようになったね」

 出会った頃は、どこか暗い、感情の読めない人だと思ったのに。

「そうだな、桜を見ていると笑いが止まらなくなる」

 これは、笑わせているのではなく笑われている。

 桜が再び頬を膨らませて睨むと、由羅が桜の頭を撫でた。

「悪かった」

 頭を撫でられた桜は複雑な気持ちになる。まるきり子供扱いだ。

 変わったのは由羅だけではない。桜もだ。

 この世界に来てから臆病になり、自分の中に生まれる複雑な感情を持て余す様になった。

「さあ、舞台を見に行こう。公演が始まれば誰も話しかけてこない」

 そう言って由羅が桜の手を引く。

 桜達の前に、同じように手を繋いで歩く恋人らしき二人がいた。

(私たちは、兄弟に見えるんだろうな)

 以前夜遊びした翌日に柳楽に言われた時は何も感じなかったのに、今日はそれを少し切なく思う自分に、桜は戸惑った。

 ◆◇◆

 盛大に炊かれた篝火に囲まれ、躍動的な音楽に合わせて河南が見事な剣舞を舞っている。

 目の前に広がる非日常の世界に、桜は気持ちがフワフワした。

「凄いね」

「ああ」

 歓声にかき消されそうな声で、由羅が呟く。

「また見に来られる日が来るとは思わなかった」

 懐かしむような声に、桜は今日、由羅をここに連れて来られて良かったと思った。

 一通りの演目が終わると、蝶子一人が舞台に立った。

 さっきまで熱気を帯びていた会場が沈静化されていく。

 会場中に溢れていた歓声が、波が引くようにすうっと消えた。

 フィナーレは蝶子の独唱だった。

 蝶子の澄んだ声が会場いっぱいに広がると、皆一言も発する事なく、その声に聴き入っていた。

 蝶子の歌う歌は、失った愛する人にもう一度会いたいと、ひたすら願うものだった。

 蝶子自身の怒りや悲しみが込められたであろう歌声が、人々の胸を打つ。

 歌い始めて程なく、会場のあちこちから啜り泣く声が聞こえ始めた。

 桜は改めて思う。

 剣を振るだけが戦いではない。

 八葉村の夏陽も、雪代も、そして目の前にいる蝶子も、みな自分の武器で戦っている。

(みんな戦っている)

 それなのに、桜は何もできずに立ち止まっている自分が不甲斐なく思えてきた。

『ただあなたに会いたい』、蝶子の歌う歌詞に合わせて、陽也の柔らかい笑顔が浮かぶ。

(陽也に会いたい)

 陽也の何気ない言葉は、いつも桜の気持ちを落ち着かせてくれていた。

「由羅、私、自分はもっと強い人間だと思ってた」

 蝶子の歌を聴いていると、どんどんと弱い自分が溢れてくる。

「何が正しいか自分の中でもっとハッキリしていたし、迷う事もなかった。なのに、この世界に来てから何が正しいかわからなくなって、迷い過ぎて何も出来なくなってしまった」

「迷い思い悩むのは、桜が成長した証だ」

 そう言って由羅に頭を撫でられると、ポロリと涙が溢れた。

「ちゃんと一つ一つ、今の気持ちを言葉にしてみるといい」。

 ここ最近の自分の気持ちを言語化するのに少し時間がかかったが、由羅は静かに待っていてくれた。

「……革命は、人々が自分の権利を獲得するために、絶対必要だと思ってた。でも、それを自分の身近な人がするとなったら、凄く、怖くて……」

 迷子で不安な時、優しく手を引いてくれた柳楽。

 子供だと侮らず、自分を受れ毎日鍛錬してくれた豪。

 一緒に働く、気のいい柳屋の人々。

 その人達が失われるのが怖い。

「そうだな。それは桜にとって大切だと思える人が増えたからだな」

「千寿や隊長が、自分に何も教えてくれないのも、不安で……私が隠し事する必要がないようにしてくれてるのはわかるけど、でも私達だって、いつか命をかけて戦う日がくるのに、何も言ってくれない……」

 溢れた涙を袖で拭おうとした桜に、由羅が小さな手ぬぐいを渡してくれた。

「そうだな、知らない事は不安になる。柳楽さんのところで随分勉強しているようだし、隊長や千寿にもっと桜に情報を与えるよう伝えておこう。他には?」

 由羅が優しく問うので、涙が止まらない。

「由羅、私やっぱり、夢の事で何か見落としてる気がして……。もし間違えて、誰かが死んでしまったら……」

「例え何か見落として実際に惨劇が起きたとしても、それはお前のせいじゃない」

 —お前のせいじゃない—

 その言葉に、桜は弾かれたように顔をあげた。

 一つの夢が鮮明に思い出される。

 それは、まだこの世界を夢だと思っていた時、向こうの世界で見た夢の一つだ。桜は業火に焼かれる建物の前で自分を責めながら立ちすくんでいた。

(止められなかったんだ)

 ドクンと心臓が跳ねる。

「桜?」

 突然固まった桜に、由羅が怪訝そうに声をかける。

「由羅、私やっぱり、間違えてる気がする。この格好なら中通りを歩いても大丈夫だよね?私、もう一度……」

 その時。

「火事だー!」

 警備の若者が叫びながら転がり込んできた。その若者の慌てぶりから、火事が小規模ではない事が察せられた。

 会場は一瞬で騒然となった。

「何だって⁉︎」

「火元はどこだ!ここは大丈夫なのか⁉︎」

「東の朱源郷で火が出た!」

 その言葉に、桜は凍りつく。

「朱…源郷は、西の中通りじゃ……」

 若者が桜の呟きを拾い怒鳴り返す。

「そっちじゃない、東の朱源郷の方だ!火の回りが物凄く早い!ここらもすぐに燃えるぞ!!」

(もう一つあったんだ)

 桜は膝から崩れ落ちそうになるのを何とかこらえた。

 大きな店は東西に店を出すと、知っていた筈だ。暖簾の模倣品があると、聞いたはずだ。夢に少し違和感を感じていたのに。

(なんであの時、どうして……)

 人々が我先にと出口へ詰めかける。それを隊長が複数ある別の出口へ誘導していた。

 ガクガクと震える桜の肩を抱いて、由羅が出口へ押しやる。

「桜、ここにもいずれ火が回る。考えるのは後だ、行くぞ」

「由羅、わたし……」

「桜、隊長が忠告したんだ。柳楽さんが無防備に琢磨と対峙するとは思えない。無事に逃げた可能性もある」

 由羅の話が頭に入ってこない。

(私のせいで、大勢死んだ)

 そしてこの火事で、何人死人が出るか想像もつかない。

「とにかくここを出て……、桜、待て!」

 由羅の話の途中で、桜は駆け出した。自分の思い違いで失われた命があるなど、あってはならない。

 とても、まともな精神ではいられなかった。

 桜は何も考えられず、人混みをすり抜けてひたすら出口へ駆けた。

 この会場は中通りからかなり距離がある。にも関わらず感じるその熱気から、火の手が迫っている事がわかった。

 王城に向かって広がるその炎は、人々の怨嗟を呑み込み勢いを増すばかりだった。

 風向きは北。

 この国の腐敗を焼き払うべく、今日、火蓋は切られたのだった。

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