12 歴史が動く夜
「私は蝶子の護衛の河南です」
佳蝶の隣りに立つ、スラリとした美人が言った。
桜は目を見開く。
「まあ、大きな目ね」
佳蝶がころころと笑う。
「女で護衛って、やっぱり驚きますよね」
河南が恥じらうように言う。
桜が驚いたのはそこではない。
(護衛?このスタイルのいい美人さんが?)
「佳蝶様……、蝶子様とお呼びすればいいですか?お二人で歩いてたら逆に変なのが寄ってくるんじゃないですか?」
こんな美人で目立つ二人が並んで歩いていたら、男の人はほうっておかないだろう。
「移動はほぼ馬車なんですが、そうですね……。確かにそう言った事もあるので本当は男装したいんですが、それも難しくて」
桜は河南のふっくらした胸元に目をやる。そして自分のあまり凹凸のない胸元を押さえる。
「私は特に男装してないですが、だいたい男の子に間違えられます」
桜の言葉に蝶子と河南がハッとする。
「……っ、……っ」
「大丈夫です、蝶子様。気にしていないんで」
フォローの言葉を探しているであろう蝶子に桜は努めて冷静に声をかけた。
「あっ、えっと、河南は本当は剣舞の舞い手で、剣術は隊長に時々習ってるの」
誰と話していても隊長が話題に出るので、最近では隊長の人脈の広さにいちいち驚かない。
「へぇ、剣舞。格好いいですね」
「隊長から桜さんの剣の腕前はかなりと聞きましたよ。剣の振り方もとても綺麗だって。きっと桜さんも剣舞を舞えますよ」
「ありがとうございます。あの、私にさんとか敬語はおかしいと思います」
「いいんですよ」
「でも……」
「いいんですよ」
河南は微笑む。美人の笑顔は迫力だった。
桜は河南の敬語を受け入れる事にした。
「じゃあ、服を選びましょうか。さすが柳屋さんね、すごい品揃えだわ」
試着部屋と言っても、試着するためだけの小さな部屋ではない。広々とした部屋に、その人に合わせた品を揃えておくのだ。
店頭での買い物ももちろんできるが、試着部屋はいわばVIPルームだ。
「こんな時代にこれだけの品を揃えるなんて、たいした商人ね」
「ありがとうございます」
ここで一緒になって柳楽を褒めるわけにはいかない。店の誰が主語になっても、こちらはへりくだらなければいけない。
この世界の服はかなり自由度が高い。
平民と呼ばれる層は、大抵頭から被る一枚のシャツに、ズボンかスカートだ。その上に、あまり飾り気のない上掛け。
対して富裕層は、男性はボタンのついた肌触りのいいシャツにズボン、その上から着物のような豪華な羽織ものをかける。女性はシャツにスカートかズボン、またはワンピースの上から羽織ものをし、それを帯で締める。羽織る物の刺繍や着丈、帯や帯飾りなどで価格が変わる。
柳屋は、そういったものをさまざま取り扱って、種類が豊富だ。
〝こんな時代に〟、とても力のある商人と言える。
「どれが似合うと思う?」
蝶子は鏡の前で次々に服を自分にあてて、桜に聞く。
桜の世界ほどの鮮明さはないが、この世界にも鏡はある。
「どれも似合います。赤色が好きなんですね」
赤の配色の多い服ばかり選ぶ蝶子に応じる。
桜は何とか帯の結び方だけ覚えたが、コーディネートの知識は皆無だ。
「私の大切な人が好きだった色なの」
何気ない口調だが、悲しみの音が混ざっているのに気づく。
(まただ……)
もういない人を偲ぶ音。
大切な人と共に生きていくのが、この世界ではこんなに難しい。
「この色を纏って、あの人を奪った奴らへの怒りを忘れないようにしているの」
その怒りをたたえた強い眼差しも、幾度となく見てきた。
「赤い色を身につけて、舞台の上で怒りや悲しみを歌にのせるの。私の歌声が美しいと皆んな褒めてくれるけれど、それを生み出す感情は全く美しくないの」
一郎に聞かせてやりたいところだった。心の美しさだけで、疲弊した観衆を虜にすることなどできないのだ。
「私も友人の形見の水晶に触れると、怒りと悲しみが溢れます。でも、強くなるには必要な痛みだと思っています」
そう言って、桜は水晶を取り出してみせた。
蝶子はそれをじっと見つめたあと、河南を振り返って言った。
「ほら、やっぱりこちら側の人だったでしょう?」
その言葉に、桜の胸がざわつく。
—あなたもこちら側の人間でしょう?—
出会ったその日、柳楽に問われた言葉だ。
(もしかして、蝶子さんも革命軍に……?)
気になるが、桜から不躾に問うことはできない。いくら気安くと言われても、接客マニュアルから逸脱するわけにはいかないのだ。
革命軍は桜の夢が現実になろうとならなかろうと、きっと命を落とすだろう。
柳楽も、蝶子も、もしかしたら河南、そして豪、雛菊の家族も。
桜の心にしこりを残したまま、買い物の時間は過ぎていく。
「桜さん、あなたのお陰でとても楽しかった。こんなにお買い物が楽しかったのは久しぶりだわ」
桜は笑顔を張り付ける。
「私もです。またお越しください」
「そうね、また来れるといいわね」
蝶子の笑顔に僅かに悲しみが混じる。
桜は微笑み返す事しか出来なかった。
「五日後に、少し大きな公演があるの。見に来てくれない?」
そう言って蝶子は木札を二つ桜に渡した。書いてある漢字から、招待チケットのようなものだと察せられた。
「柳楽さんに聞いてみますね」
「大丈夫、もう若旦那にはお話ししてあるのよ。できるだけ、貴族に見えるように飾りたてて来てくれる?今日のお礼に私から着物を贈らせてもらうわ」
桜は驚いて反射的に断る。
「そんな、何もしていないのに、貰えません」
「いいのよ、貰って欲しいの。誰か男の人と一緒に来てもらう方がいいわ。出来ればあなたを守れるほど強い人」
一瞬、絶対いきたいというであろう一郎の顔がよぎり、桜は即座に削除した。
桜より強く、常識人で、貴族の階位の人物。
「……隊長を連れて行くと言う事ですか?」
蝶子は目を見張った後、ころころと笑う。
「だめよ、隊長には婚約者がいるんだから。それに隊長とその部下の方は当日警備にあたって貰う予定だから無理だわ。他に誰かいい人いないの?」
「私より強い貴族の方に知り合いなんて……」
「大丈夫、平民でも貴族っぽい格好して来てもらったらいいのよ。招待状があれば身分なんて確認しないもの。身分を知られたくない貴族は大勢いるからね」
桜の頭に雷太と由羅が浮かぶ。あの二人はもと高位の筈だ。
「相談してみます」
「必ず、あなたを守ってくれる人を連れてくるのよ」
「そんなに危険なんですか?ある程度なら自分で身を守れます」
「桜さん、貴族のお嬢さんの格好をして、剣をさげていく気?」
桜はハッとする。
「さげて……、行くところでした」
河南も佳蝶も笑った。
「相手は貴族よ、切ったりしたらダメ。法的にあなたを守れる人と一緒に行って、公演を楽しんでね。目一杯心を込めて歌うから」
「剣の腕はそれほどですけど、剣舞には自信がありますから」
桜が行く事が決定事項のようになっていた。
本当に行けるなら、きっと素晴らしい演技が見れる筈だ。
「とても、楽しみにしています」
◆◇◆
蝶子は仕立ては一切なく、既製品だけを購入していった。お直しも不要との事で、柳屋の客としては珍しく、後日お届けではなく全て自分で持って帰った。
流石に会計は桜には出来なかったので、購入品を柳楽に見せて伝票を書いてもらう。それを豪華なお盆の集金トレーに乗せて運ぶ。そこへ河南がお金を乗せるので、それをまた柳楽の元へ運んだ。
この国の最高価値の紙幣は百円札で、それがトレーに束になって乗っていた。
桜の学んだ感覚で、日本では百万円ほどいくのではないかと予想された。
購入品の中には、桜が公演で着る用の服も含まれていた。
「本当に貰ってしまっていいんでしょうか」
桜が不安になって問うと、柳楽が頷く。
「大丈夫です。お客様からお礼の品をいただく事は良くありますから。熱心に誘われていたようなので、どうしても桜さんに来てもらいたいのでしょう」
まるで会話を聞いていたような様子の柳楽に首を傾げる。
「聞いていたんですか?」
豪と二人でギクっとなり、目を逸らす。
しかし、それはそうだろう。いくら相手の要望とは言え、桜一人だけに自分達の首を託すわけにはいかない。
「招待状を二人分貰ったんです。高貴な人の集まりのようなんですが、私が行ってもいいんですか?」
「もちろん。桜さんが行かないといけません。由羅さんを誘えばいいですよ。こちらで由羅さんの着替えも用意しましょう」
「雷太ではなくて由羅の方がいいですか?」
「雷太さんは……」
口籠る柳楽に桜はピンと来た。
「知り合いがいるかも知れないですか?」
柳楽が目を見開く。
「ご存知だったんですか?」
「直接聞いた事はないですが、何となく」
「……それもありますが、雷太さんと二人で、桜さん楽しめますか?」
終始不機嫌そうな雷太の顔が浮かぶ。
「……楽しめません」
「では隊長から由羅さんに連絡を入れておいてもらいますね」
楽しみなのは間違いないが、首尾の良すぎる柳楽に、桜を公演に行かせようとしているような雰囲気を感じた。
◆◇◆
花街散策でお叱りを受けて以来柳楽から革命の話をする事は一切無くなったので、桜から何か問う事は出来なかった。
蝶子と柳楽の関係を聞く事ができないまま、公演当日となった。
「まぁ、可愛らしいわぁ」
「化粧映えするわねー」
キャッキャと楽しそうにお母様方が桜を着付けていく。いつかの千代の危機迫る化粧とは違い、今日は和やかな雰囲気だ。
「こんなに可愛い服を着たのは初めてです」
桜が気恥ずかしそうに言うと、お母様たちが目頭を押さえた。
「今まで苦労したものね。でも頑張ってればこんなにいい事もあるのよ」
「あ、いや、単に興味がなかっただけで」
前の世界では着る機会はあったのだ。
水をさしては悪いので、桜はゴニョゴニョといいわけする。
簡単に言えば、真っ白なシャツワンピースのような服に、豪華な刺繍の羽織ものだ。
普段着ているものに比べて格段に着心地がいい。
「桜さん、こけしも持って行ってください」
柳楽の言葉に一瞬固まる。
脳裏に笑いながら崩れ落ちた雷太が浮かぶ。
「え?何故ですか?」
いやだ、と顔に書いて柳楽を見つめる。
「お金持ちの子供に見えますから」
「お金持ちの子はそんな事するんですか?」
「小さな子は人形を持ち歩いたりしますよ。それにあれは桜さんのために特注で作らせたように見えるでしょう?」
でしょうと言われても。そんな簡単にじゃあもって行きますとはならない。桜は高校生なのだ。
何となく胡散臭い柳楽の笑顔を見つめていると、部屋の外から声がかかった。
「由羅さんの準備ができましたよ」
現れた由羅の姿を見て、桜を着付けてくれたお母様方から小さく吐息が漏れる。
濃い色のシャツのような服に、グレーのズボン。その上に、足首まである長い羽織だ。
贅沢に布を使うのが、貴族だそうだ。
「柳楽さん、こんな高価な服、頂くわけにはいきません」
「いいんですよ、私の若い頃のお古で申し訳ないですが」
さらに言い募ろうとした由羅は、着飾った桜に気づき、目を見張った。
「桜、見違えたな」
「由羅様もとても良くお似合いですよ」
桜の返答に由羅が笑った。その姿に皆んながほうっとなる。 その立ち姿は、どこから見ても高貴な身分の人だ。
だからこそ、その隣に並ぶ桜も、高貴でありたいと思う。
「あの、本当に人形持って行くんですか?ちょっと邪……、手が塞がってしまって……」
諦めきれず、柳楽に訴える。
「はい、持って行ってください」
有無を言わさぬ上司の笑顔に、桜は人形を抱いて出かける事になった。
人生初の馬車に乗り込もうとすると、背後から柳楽に声をかけられた。
「桜さんは、姿勢もいいですし元々言葉も丁寧です。服装さえ整えたらそれなりの身分のお嬢さんに見えますよ。自信を持ってください」
「じゃあ人形はいらな……」
「持って行ってください。そして柳屋を宣伝してきてください。店員の勤めですよ」
「ぐっ、わかりました」
密かにパワハラを疑いながら腰を下ろした桜の耳に、いつもより切実な柳楽の声が聞こえる。
「由羅さん、どうか桜さんをお願いします」
蝶子も柳楽も、桜の安全管理への念押しが凄い。
そんなに心配なら、柳楽が一緒に来てくれても良さそうだと思った。
「柳楽さんもどこかへ行くんですか?」
ほんのわずか、柳楽を良く知る者のみ気づく程度の間の後、柳楽が答える。
「お客さんに食事に誘われていますので」
その割には、柳楽は普段着なのが不思議だった。
(集会に行くのかな)
「柳楽さんも気をつけてください」
微笑む柳楽に、桜の胸はなぜかざわついた。




